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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第713回:メンソレータムとメンターム - 近江鉄道本線 八日町~日野 -

更新日2020/06/11

 

地図アプリで近江八幡行きバスを調べたら、来たときとは別のバス停の方が早いと出た。離れているけれど、バスの運行時刻がちょうどいいらしい。ちょっとだけ町歩きだ。白雲館という洋風建築があった。登録有形文化財だ。明治10年に八幡東学校として建てられた。近江商人は儲けた資金で教育に力を入れた。長い目で見れば後継者の育成になるし、カネを動かす仕事について顧客になってくれるかもしれない。

01
近江商人が建てた学校の建物

なるほどねぇ……と頷きながら先へ進むと、こんどはメンタームと大書した建物が現れた。そうだ、軟膏のメンタームの販売会社は近江兄弟社だ。近江に縁のある会社だ。ここが本社だ。3階建ての小ぶりなビル。薬品業界だし誰もが知っているブランドだけど、佇まいは慎ましい。あれ、そういえば私が子どもの頃はメンソレータムと言った。いや、いまでもメンソレータムはあるな。どういうことだろう。バスに乗ってからスマホで調べてみた。

02
メンタームの本社

もともと近江兄弟社が米国のメンソレータム社の看板商品を販売していたけれど、1974年に経営難となって販売権を失った。翌1975年にロート製薬がメンソレータム社と契約、販売権を獲得した。企業再生後の近江兄弟社は、メンソレータムの略称だったメンタームを商品名として販売を開始した、という経緯だ。メンソレータム社は後にロート製薬に買収される。メンソレータムとメンタームは材料のワセリンの種類が異なるという。本家が手放した製品のジェネリック版を作った、という感じだろうか。

近江兄弟社は1910年にウィリアム・メレル・ヴォーリズが作った会社だ。ヴォーリズはキリスト教の普及や慈善事業に熱心で、その資金を得るために作った会社のひとつだった。ヴォーリズの活動は建築、学校、病院など多岐にわたり、地元の人々から青い目の近江商人と親しまれていたらしい。本来、類似品を出されたロート製薬としては困っただろうけれど、ヴォーリズに敬意を表してメンタームの販売を許したとしたら美談である。

03
西武顔で終点へ

近江八幡駅からガチャコンの旅を続ける。八日市まで戻って貴生川駅へ向かおうとして、いや待て、来た道を戻るなんておもしろくない。JR東海道線で草津へ行き、草津線に乗り換えても貴生川駅へ行ける。遠回りだけど、JRの方が早く着くかもしれない。乗り換え検索アプリで所要時間を調べたら、乗り換え0回というルートが現れた。近江鉄道には、近江八幡から貴生川まで直通運転する列車がある。15時44分発。これに乗ろう。

04
冬の日差しがもう傾く

そもそもフリーきっぷを持っているから近江鉄道に乗る方が安上がり。JRに乗ればきっぷ代が余計にかかる。近江鉄道のフリーきっぷは安い。近江鉄道本線の米原~貴生川間の運賃は1,050円。ところが1デイスマイルチケットは880円である。フリーきっぷは往復運賃よりちょっと安いくらいが相場だと思っている。これは安すぎる。

ふたたび"西武顔"の青い電車に乗って八日市駅に到着。八日市線の発着は3番のりばだと思うけれども、この電車はスイッチバックで貴生川に向かうせいか、1番線に入った。停車時間は15分。のんびりしている。

05
大学前駅の向こうに大学が見える

八日町駅からは真っ直ぐな線路だ。民家の裏庭を通り抜ける。大学前という駅は文字通り、びわこ学院大学に隣接する。1990年の開学で同時に駅もできた。もし近江鉄道がなくなったらハシゴを外された形になってしまう。車窓の緑が増えて、やや上り勾配である。直線区間が終わって県道が並び、高速道路を潜り抜けると京セラ前駅だ。京セラドームへ行く人が間違えるという京セラ前。京セラどころか、コンビニしかない。コンビニ前だ。ドーム球場を目指してこの景色を見たら、確かに驚く。

06
山が近づいてきた

京セラ滋賀蒲生工場はどこかといえば、線路際の森の向こうだ。発車してすぐに森が途絶えて広い駐車場が現れ、その向こうに建物が見える。京セラ発足2年目に操業開始した工場で、ここで開発した製品を地の工場に量産を移管していくという。京セラ公式サイトでは「マザープラント」と紹介している。それにしても、企業や大学のそばに駅を作っても、鉄道は経営難である。

07
京セラ前駅前にコンビニがぽつんと

08
車窓から京セラ工場をチラリ

林のトンネルをいくつか通り抜けて、人里離れた感じになっている。冬空から柔らかな日差し、車内の暖房もあって眠くなる。メンタームを目元に塗りたい。ふと町が現れて日野駅着。ここで対向列車を待つ。木造の立派な駅舎で、中に喫茶店があるようだ。暖かな色の灯りが見えて、ますます空腹感が強くなる。目をそらし、運転席の向こうを見る。遠くに森だろうか。緑の壁ができている。近江鉄道本線は、いよいよ山の中へ向かっていくようだ。

09
田畑、民家、そして山なみ

10
日野駅で三面鏡顔とすれ違い

-…つづく

 


第713回の行程地図

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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