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第380回:新旧の終着駅巡り - 能勢電鉄 2 -

更新日2011/06/30


神戸電鉄日生線は山下-日生中央の1駅間、2.6kmの路線である。日生中央駅の名は、阪急日生ニュータウンの中央という意味である。阪急の名が取れた理由は、能勢電鉄の駅に阪急の冠が付くとややこしいからだろう。日生は日本生命の略だという。生命保険の会社がなぜ住宅開発かと思うけれど、集めた保険金を運用するための不動産投資であろう。何もない土地を安く買い、線路を敷き、住宅地として高く売る。


トンネルを出ると高架線

日本生命が不動産関連の子会社を設立した年は1953年。いわゆる"いざなぎ景気"の末期であった。マイカー、クーラー、カラーテレビが普及し、その器となるマイホームを実現する人も多かった。この時代、民間資本主導の住宅開発が参加だった。関東では東急の多摩田園都市計画が1959年から始まっている。日生ニュータウンの開発開始は1970年からで、分譲と入居開始は1975年ごろから。そのアクセス路線として建設が進められた日生線は3年後の1978年に開業している。

川西能勢口から山下までの妙見線は、川岸の地勢に合わせるような線路だった。ところが日生線は山下を出るといきなりトンネルになり、トンネルを出ると高架区間になる。いかににもニュータウン行きの新線だ。日生ニュータウンに住む人々を当て込んで、それなりの資金を投入して建設されたというわけだ。もちろん複線である。車窓は目論見通りの住宅地。ただし自然を残した部分もあり、高架の左手に森が見えた。もっとも、地図を見ると、この森の向こうはゴルフコースがあるようだ。つまりこの森は仕切り壁だ。住宅からもゴルフ場からも、お互いが見えると興ざめである。


日生中央駅。ラッシュ対策の広いホーム

トンネルもそこそこの長さだった。高架区間はその2倍くらいある。1駅間とはいえ、都市鉄道にしては距離がある。途中にもう1駅くらいあってもよさそうだ。森の手前に従来の農家が集まる集落があるから、好景気が続けば、あのあたりの開発とセットで駅ができたかもしれない。そこは線路の両隣を一方通行の道路が挟んでいるだけで、空間にゆとりがある。

日生中央駅は台地のトンネルを通り抜けた場所にあった。島式ホームが1本。そのホームの先にもずっと線路が伸びていた。電車の留置線として使われているようだ。ただし、ホームから延長した線路が並んでいるだけで、渡り線などはない。もしかしたら、ニュータウン開発が進めば、さらに線路を延長して開発を広げていこうという考えがあったかもしれない。それをとりあえず留置線に代用したという感じである。旅から戻って調べたところ、やはり南西の猪名川パークタウンへの延伸計画があったらしい。


日生中央駅前の広場

駅前に出てみた。ニュータウンというから、ピッタリと区画整理された地域があるかと思ったけれど、建物の数はそれほど多くはない。駅前広場は閑散としていた。住宅街から適度に距離があるようで、近くに日用品を売るような店もない。ニュータウンの奥様たちは、クルマでショッピングセンターにいらっしゃる。だから通勤通学時間帯以外はひっそりしている。

もっとも、電車の窓から建設中の高層ビルが見えた。まんべんなく一戸建てが普及したから、今度は駅に近いところに分譲マンションをつくろう、という段取りである。だから、しばらくすると駅前は賑やかになるかもしれない。ちなみに日生ニュータウンの人口は約1万5,000人。約6,000世帯だという。まだ開発は完了していないけれど、景気の停滞と都心の高層マンションに人気が移ってしまったようだ。もっとも、いまくらいの規模が自然と共生できてちょうどいいように見えた。


山下駅から妙見線へ

日生線を折り返し、山下で降りる。この電車は山下どまりだった。日生線と妙見線は交互に川西能勢口へ乗り入れていて、片方が山下で折り返すときは、他方の直通列車に接続している。日生線の下りはほとんど人がいなかったけれど、妙見線の下りホームには小さなリュックサックを担いだ老人が数人。妙見参りにしてはリラックスした格好である。向かい側のホームに上り電車到着し、川西能勢口へ向けて出発した。その後、こちらのホームに妙見口行きが到着する。車内は老人たちで賑わっていた。なにか催し物があるらしい。

お年寄りたちはすべてロングシートに座って談笑している。私は運転台の後ろに立つ。複線の線路はゆるい右カーブを進み、短いトンネルを通り抜けると単線に集束した。そのすぐ先に笹部駅がある。トンネルを複線で作っておいて、笹部駅まで複線にしなかった。なんだかもったいない。これは、路線の付け替え、つまりルート変更が行われたせいらしい。妙見線が当初、路面電車のような規格で作られた路線である。後に普通の鉄道に作り替えられた。トンネルのある部分は新ルートである。


トンネルの先は単線

笹部から次の光風台、ときわ台まで、車窓の右側は新興住宅地である。線路は町はずれにあるし、宅地と線路は樹々で遮られている。この部分も新ルートだ。旧ルートの痕跡はマス目のような区画整理で上書きされてしまっただろう。光風台、ときわ台という駅名は、いかにもニュータウンらしい響きだ。どちらも日生ニュータウンより後に開発された地域で、駅も開発に合わせて設置されたという。妙見参りの客だけではどうにもならなかった鉄道が、住宅開発のおかげで蘇った。その象徴のような駅である。


2ハンドルを操る


光風台駅は列車交換可能。トンネルは複線対応済み

ときわ台を出ると線路は森に迷いこむ。そして単線のトンネルに入る。昔ながらの参詣鉄道である。もっとも、このトンネルも新ルートだ。チラリと見えた道路が旧ルートの跡ではないかと思う。もともと道路として作られたなら、その東側に国道477号線を作る必要はなかっただろう。あちらが徒歩時代の妙見参りの街道を改良した道路のはすだ。


参詣鉄道に戻った

妙見口駅は行き止まり式で、ホームは2本。側線が1本あった。正面には山が迫る。ここからは電車では登れまい、といった立ちふさがり方だ。電車が停まる前からお年寄りたちがドアに並ぶ。なにやら楽しいことに向かって気持ちが急いているようだ。そんなお年寄りたちに囲まれながらホームを歩いた。改札を出るとさらにたくさんのお年寄りが集まっていた。ハイキングのイベントのようだ。先に来た人々は私が乗ってきた電車を待っていたようだ。


妙見口駅に到着

拡声器を持った男性が何か話しだすと、お年寄りたちの群れがゾロっと動き、吸い込まれるように道路へと消えて行った。あの人たちと行動すると、意図しない場所に連れて行かれそうである。私は彼らを見送りつつ、しばらくその場で佇んだ。ずっと曇り空だったけれど、ようやく晴れてきた。風は涼しい。たしかに歩くにはいい気候である。


お年寄りたちの波が引いたあと

-…つづく

 

第380回の行程地図
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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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