犬山から名鉄小牧線に乗る。小牧から都心方面が未乗のまま残っている。3年前は犬山から小牧まで乗って、そこから桃花台新交通に乗り換え、さらにバスに乗り継いで高蔵寺へ向かった。桃花台新交通は赤字のため開業から15年で廃止となり、軌道の解体費用すら工面できなかった。小牧駅付近の車窓から、桃花台新交通の"遺跡"が見えた。しっかりとした構造物で、再利用のアイデアもいくつか出たらしい。しかしどれも実現には至っていない。いっそ屋上緑化の要領で緑の散歩道とし、万里の長城のように歩いて往来できたら面白いと思う。
犬山から小牧線の新車で出発
引退間近のパノラマカーに見送られる。
小牧線の車窓のハイライトは名古屋空港だ。牛山から春日井を通り、味美のちょっと手前まで、上り列車の右側、下り列車の左側にちらちらと見える。滑走路は遠いし、手前に民家と航空自衛隊のたてものがあるので飛行機はよく見えなかった。かつて国際線も発着した空港は、中部国際空港に役目を譲り、現在はコミューター便があるだけだ。発着機は旅客機よりも自衛隊機のほうが多いかもしれない。
電車は味鋺から地下に潜り、庄内川を潜って上飯田へ。そのまま地下鉄上飯田線に乗り入れて平安通まで到達する。ここで地下鉄名城線に接続する。上飯田線はたったひと駅の地下鉄で、名鉄小牧線を都心に導くために2003年に開通した。それまでの小牧線は都心の路線と接続せず、通勤には不便だったという。大型航空機の発着がなくなり、電車が便利になって、小牧線沿線はこれから開発がさらに進みそうだ。それはともかく、上飯田線に乗ったので、私は名古屋市営地下鉄を完乗した。めでたい。私鉄第3位の路線網を持つ名鉄も、残すところあと2路線である。
味鋺から先は地下区間。そのまま上飯田線に乗り入れる。
地下鉄名城線に乗り換えて栄駅へ。栄駅と名鉄瀬戸線の栄町駅は地下で隣接している。駅名を変えている理由は、乗り間違いを防ぐためだろうか。名鉄瀬戸線はかつて名古屋市営地下鉄と相互乗り入れする計画もあったそうだ。しかし今は独立した路線となっている。乗り入れどころか、他の名鉄路線とも線路が繋がっていない。これだけの路線密集地で独立を貫くとは珍しい。その理由は瀬戸線の出自にある。
瀬戸線は1905(明治38)年に開業し、戦前の1938(昭和14)年に名鉄に編入された。そう説明されるとこの状態は納得できる。東京で大東急が発足した戦時合併とは違い、名鉄が中小私鉄を合併した経緯は戦時政策ではなく、弱者の救済だった。物資が不足し経営が思わしくない中小私鉄が、名鉄に事業を譲ったという経緯があるという。だから戦後も分離独立という動きがなかった。名鉄もよくしたもので、取り込んだ路線については、なるべく名古屋へ直通できる列車を設定している。その便利さを捨てて独立しようなどとは、誰も望まなかったらしい。そんな名鉄にとって、唯一の心残りが独立したままの瀬戸線だっただろう。
瀬戸線の電車。新車と交代しつつあるという。
栄町発16時ちょうどの瀬戸線の急行に乗った。電車は次の東大手を出ると地上に出る。大手という地名は城の表玄関を示すところに多く、ここも名古屋城の近くだ。電車は城に背を向けるように右へ曲がり、駅を三つ通過して大曽根に停まる。JR中央本線と地下鉄名城線、ガイドウェイバスも集まるターミナルだ。瀬戸市側から発足した瀬戸自動鉄道が、最初にターミナルとして定めた駅である。瀬戸線は瀬戸物の出荷ルートとして建設された路線である。ここから乗ってくる人も多い。
大曽根から中央本線に平行しつつ高度を上げ、やがて線路をまたいで東に向かう。この先はほぼ瀬戸街道に沿う形で、線路はほぼ真っ直ぐになっている。しかし、ふいに瀬戸街道を踏みきりで渡り、その後も直線を走ったと思ったらS字に曲がる。真っ直ぐに線路を敷けない事情とは何だろう。鉄道への期待が大きく、出資者の要望で寄り道をしたのではないかと勘ぐりたくなる。しかし沿線はまんべんなく発展しており、今となっては、当時の集落がどこにあったかはわかりにくい。
矢田川を渡る。
急行電車は大曽根から3の駅を通過した。急行といっても、瀬戸線には追い越し設備がない。各駅停車で運行しても差し支えない列車である。終点の尾張瀬戸のまでの所要時間は急行が31分、準急が33分。各駅停車で38分だ。競合する路線との対抗策でもないし、すべて各駅停車にしてもいいだろうに、と思う。私は駅を通過し、追い越す速達列車を好む。しかし、今日は複雑な気分である。急行が通過する駅には清楚な女学生が多いからだ。運転台の後ろに立ってみていると、恨めしそうにこちらを見ている。なんだか私が悪いような気がしてきた。
住宅街の多い車窓が続いたのち、前方にひときわ大きな建物が見えてきた。新瀬戸駅である。ここで愛知環状鉄道と交差する。お互いの駅は少し離れていて、あちらの駅は瀬戸市という名だ。この距離なら同じ名前でもいいと思う。瀬戸線は次に瀬戸市役所前という駅もある。地元の人には当たり前のことだろうけれど、帰りに愛知環状鉄道に乗り換えようとした私は、旅程を作るときに少し迷った。もっとも、愛知環状鉄道のほうが後から営業しているから、合わせるならあちらの方か。
新瀬戸駅 愛知環状鉄道と連絡する。
電車はダイヤどおり、16時38分に尾張瀬戸に着く。ホーム1面、その両側に線路があって、さらに留置線が2本ある。この留置線が瀬戸物を積むための線路だったのかもしれない。線路の隣に駐車場があるから、きっとあのあたりが、かつての荷役場だったのだろう。瀬戸線の貨物営業終了は1978(昭和53)年である。貨物の廃止と同時に、瀬戸線は電車の電圧を600ボルトから1500ボルトに上げ、新型電車を投入して生まれ変わった。それから20年。もう瀬戸物輸送の面影はない。
尾張瀬戸駅。
瀬戸物で栄えた町を象徴する駅舎。
それでも尾張瀬戸駅は瀬戸物の町の駅だ。ホームの天井から瀬戸物の風鈴がいくつも下がっていた。小さいけれど、スイカや猫、鳥、金魚、急須、豚の蚊取り線香置き風など、いろいろな種類があって楽しい。そんな風鈴ギャラリーを眺めつつ改札へ向かった。この週末に『せともの祭り』が開催されるとのことで、駅周辺も飾り付けが施されていた。徒歩5分のところに『瀬戸蔵ミュージアム』があり、瀬戸線の古い電車が保存されているそうだ。しかし今は16時50分。博物館はたいてい夕方で閉館だろうから、今からでは見学する時間もなかろう。次の電車で引き返す。明るいうちにもうひとつの未乗路線に乗って帰りたい。
色とりどりの風鈴が楽しい。
(注)列車の時刻は乗車当時(2008年9月)のダイヤです。
-…つづく
第286回からの行程図
286koutei.jpg