第19回:西部奇談 ケイト・ベンダー その4
それにしてもベンダー家の人たちは、どうして殺人に走ったのだろう。ケイトが一種の精神異常者であったことは間違いないにしろ、なぜ家族全員でケイトの人殺しを後押しし、手助けまでしたのだろうか。一体何のためにという疑問が付きまとうのだ。ベンダー家に立ち寄ったパイオニアたちの金品、所持品を奪うためだけではないだろう。人を殺すことが先行し、殺しの証拠隠滅のために馬、馬車、家財道具などを処理しているようにもとれる。
ケイトが神がかり的な強い性格の持ち主であったことは確かだ。チェリーヴェイルのレストランでウエイトレスをしながら霊媒をしていた時には、まだ殺人にまで及んでいなかった。いつ人を殺し始めたのか、最初の犠牲者は誰なのか、全く判っていないし、これからも知る可能性は絶無なのだが、ケイトが死んだ人の霊を客というのか依頼者の前で呼び寄せるための儀式のような手順を踏み、トランス状態になり、依頼主の身体、頭を揺り動かすように揺さぶり、死者が貴方を呼んでいる、すぐにそちらに送ってあげるとばかり、首を一文字に掻っ切ったのだろうと想像するだけだ。
トランス状態から覚めたケイト、そして両親と兄はとんでもないことが起こってしまったことに戦慄したに違いない。夜になってから死体を裏庭に運び、穴を掘り、埋めるのはケイト一人ではできない。文字通り、一家総出の仕事だった。
飛び散った血飛沫も痕跡を残さないよう、拭き清めなくてはならない。そして、犠牲者の遺品、西へ向かうパイオニアなら必ず持っていたに違いないミュール、馬、馬車、ある程度の資金、キャンプ道具、寝具などなど、相当な量に及ぶことだろう。それらがかき消したように消え失せているのだ。それも、十数人の犠牲者の馬、馬車を含めた所持品は、ベンダー家の小屋、地所から全く見つからなかった。
この謎はすぐに解けた。彼らが馬で移動できる範囲は至って限られていたからだ。ましてや、馬車で運べる金目の物、当時高価だった鞍、衣料品、キャンプのための調理道具、散弾銃などをさばける場所は周辺50~60マイル内だろう。それらを運び出し、近隣の雑貨屋、道具屋、果ては普通の農家に売り歩くのは父親のジョンと息子のジョン・ジュニアの仕事で、宿代を払えない客が借金のカタに置いていった物だと言う触れ込みで、激安で現金に換えていたと判明したのだ。大量殺戮が表面化してから、ベンダー父子が持ち込んだ品物を買ったと名乗りをあげる近隣の農家が続出した。
最初の犠牲者の処理を終えると、次の仕事、殺人、略奪は、定石を踏むようにパターン化していったのだろう。その過程でケイトがすべてを取り仕切り、両親も兄も、一旦起こしてしまった殺人が万が一他人に知られたら、一家の破滅になることを恐れ、ケイトの言いなりになり、次々と犯行を重ねていったと想像できる。
連続殺人事件として最も有名なのは、“ジャック・ザ・リッパー(引き裂きジャック)”だろう。ロンドンの下町、イーストエンドで短期間に5人の娼婦が刃物で滅多切りに殺された事件で、犯人が捕まらないところから、さまざまな憶測や推理が生まれ、数多くの本が書かれている。
犠牲となったアニー・チャップマンが殺害されたハンブリイ通り、
ロンドンの下町にある。写真は事件当時のものではないが、ロンドンの下町は
様変わりしないので、まず、当時の面影を存分に残していると思われる。
ケイト・ベンダーの殺人数は“引き裂きジャック”の3倍以上に及ぶ、西部だけでなく、アメリカの犯罪史上最大と言うのか、最高数の犠牲者を出しているのだ。だがそれも、近年になって頻発している銃の乱射事件で殺された人、子供たちの新記録が毎年のように塗り替えられている時世になってしまったのだが…。
ケイトが兄のジョンと性的交渉を続けたことも、当然、両親は知っていたはずだ。カーテンで仕切っただけの店と居住スペースの寝室の方にベッドは二つしかなく、それだけで一杯になる広さしかなかった。両サイドにダブルベッドとまでいかない少し大きめのベッドが2台置かれ、その間にどうにか人一人歩ける幅があるだけだった。その一方に、ジョンとエルヴィラ両親が寝、もう一方にジョン・ジュニアとケイトが寝ていたとすれば、1メートルと離れていないベッドで、自分の息子と娘が何を行なっていたか、両親が気付かないはずはない。
-…つづく
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