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■西部開拓時代の伝承物語~黄金伝説を追いかけて

 

第9回:ダニエル・ブルーの冒険 その2

更新日2024/06/20

 

人間の運命は時として予期せずに歩んだ道で大きく変わることがある、と大袈裟にいうまでもなく、そんなことは日常的に起こっているのだろう。それを後から、鳥瞰図的に眺め、あゝあの時こちらを選んでいたら、その後の人生は全く違っていただろうな…と、取り返すことができない自分の過去を愛しむだけなのだが…。

ジョン・ギッブス隊と分かれ、リパブリカン・ルートを取ったダニエルとチャーリーは2日後に春の雪に荒らされたルートを辿ることができなくなり、散々道に迷った結果、スモーキーヒル・ルートに引き返すことにした。

まだギッブス隊の足跡が残っているスモーキーヒル・ルートを辿るのは容易だったのだろうか、彼らはギッブス隊にすぐに追いついた。ギッブス隊もルートを掴めず、太陽と北極星から判断し、ともかく西に向かっていたから、行進のスピードが落ちていたのだろう。ということは、彼らは地図も磁石も持っていなかったのだろうか…。
 
こんなことはジョン・ギッブスが付けていた簡単な日記によって知ることができる。
フォート・レイリーを出て9日目、全員が飢えに悩まされ始めた時、運よく一頭のバッファローを仕留めている。

そこでどういう理由からか、ダニエル・ブルーと彼の兄弟、従兄弟、友人の5名とオハイオから来た2名はギッブス隊を離れ、先行するようにスモーキーヒル・ルートと思われる道なき道を行進することにしたのだ。

ジョン・ギッブスの確実な牛歩戦術があまりに遅すぎるとでも判断したのだろう。大きな食料庫のようなバッファローを仕留めるために一日、二日を費やす必要はない、簡単に獲れる野うさぎで十分だとでも判断したのだろうか。それより一刻も早くコロラドの金鉱山に辿り着くのが先決だと、相当焦っていた様子が窺える。ギッブス隊から抜け、やはり先行していた3名のメンバーとダニエル隊は合流し、総勢10名がむしろガムシャラな行進を続けた。
 
現代の長距離ハイキングでも同じだが、バックパックで持ち歩く荷物の量と1日に歩ける距離との兼ね合いがポイントになる。今では超軽量の簡易テント、羽毛の寝袋、クッキングストーブなど、優れたキャンプ用品を利用できるにしろ、食料と水を大幅に減らすことはできない。一つの基準は1日イッパイ歩いて、一晩寝て翌朝に疲れが残らず、またもう1日歩き通せる重さのバックパックにするのが基本とされている。早く言えば、いかに身を軽くするかが鍵になる。当然、運べる荷の量には個人差がある。

map of Kanzsas
1859年の至極簡単な地図
1850年代に発行されているから、案外ダニエルたちも同じ地図を持っていたかも知れない。
アメリカの州境はただ単に政治的意図で直線を引いたものが多い。
川の流域とか山脈の頂上に沿った箇所もあるにはあるが、
自然の地形など往々無視される。古地図でもカンサス領、北のネブラスカ、
南のニューメキシコとの州境は全くの直線だ。
州になる前のコロラドは“Gold Region(黄金の領域)”と総称されていた。
こんなラフな地図を頼りに何千、何万という若者が西に向かったのだろう。


1859年3月17日にダニエル隊は、現在のコロラド州(当時はカンサス領とだけ記されていた広大な地域だった)、バーリントンの南を流れるスモーキーヒル川沿いに着いている。途中吹雪に襲われたり、引き返したりしながら、23日間で直線距離にしても443マイル(約713キロ)歩き通したことになる。

だが、これは私が地図上で辿った直線距離で、実際に彼らが歩いた距離はこの1.3倍から1.5倍はあっただろう。川沿いに歩くのは一種、確実な方法ではあるが、川、クリークは著しく蛇行し、目的地までの距離が倍以上になることは珍しくないのだ。

彼らは、ただひたすら西へ西へと進むことだけを念頭に置き、他のことは一切意図的に無視した、無視しようとしたように見受けられる。だが、この地域に入ったことで、1日ウサギ狩りをしている。この地域は古い地図で「黄金の領域(Gold Region)」と記されているくらいだから、いよいよ佳境の黄金郷に入ったと、初めて楽観したのかもしれない。だが、ここからもロッキー山脈の東の山裾までは200マイル(約322キロ)の大平原が続くのだ。

今ではスモーキーヒル川は春の雪解け時期、大雨の後だけ水が流れる川とも呼べない乾いたクリークだが、当時はコンスタントに水が流れていたようだ。当時の流れをとどめるように細長い沼が点在している。

そこで、ダニエル一行は得体の知れない人物に、「ナーニ、デンバーまでは50マイルほどだ、二日の簡単な行程だぞ」と告げられ、それを頭から信用してしまった。これが彼の運命を左右することになる。人は信じたいことを信じるものだ、とりわけ窮地に陥っているときには、すがる思いで容易な道を取ろうとするものだ。

ダニエル一行は頭からそれを、デンバーまで50マイルを信じてしまったのだ。実際には直線でも160から170マイルはあるのだが…。ウサギ狩りを打ち切り、スモーキーヒル川を離れ、デンバーに向い西北西に進んだのだ。

今これを書いている5月の下旬でも、気温は毎朝氷点下になる、ロッキーの3,000メートル以上は雪が降り、積雪30から50センチと報じられている。春の積雪は往々にして12月を上回ることがある。整備、管理が行き届いているはずの幹線ハイウエー、アメリカ大陸を東西に貫く幹線I−70でさえ閉鎖を余儀なくされることがママあるのだ。
 
スモーキーヒル・ルートを離れてデンバーに向かって幾日も経たずして、彼らは寒波を伴う春の吹雪に襲われたのだ。厚い雲に覆われ、太陽が隠れ、取るべき方角が読めなくなった。春の雪嵐はダニエルたちを文字通りホワイトアウトに陥れ、目前を歩く同僚の影すら消し去ったのだった。おまけに、どこにでも入り込みへばり付く重い雪は、体力、体温を奪い、彼らは急激に消耗し始めた。

この時の吹雪、春のブリザートは、なんと4日間続いたのだ。
彼らは身体を寄せ合うようにして毛布を被り、今や黄金探しどころか生存を賭けた戦いに突入したのだった。  

-…つづく
 


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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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