第49回:西部劇名作選 ベスト20 No.15
ジョン・ヒューストン監督 『黄金』(原題:The Treasure of the Serra Madre;1948年)
この映画はジョン・ヒューストンが満を期して作った映画で、シナリオも自ら書き、1935年に原作からのシナリオ起こしを終え、1941年には撮影に入る予定だった。ところが第二次世界大戦が勃発し、ジョン・ヒューストンは戦争の現場の記録映画を撮る政府の仕事のため招集され、自分の映画作りが伸び伸びになってしまい、終戦後1947年になってようやく制作にとりかかったのだった。
これは文句なしの名作、ジョン・ヒューストンらしさに溢れている秀作に間違いない。しかし、この映画を西部劇のカテゴリーに入れるかどうかは疑問が残る。
というのは、舞台はメキシコの金鉱であり、時代も一山組のゴールドラッシュではあるのだが、息を呑むような風景、モニュメント・ヴァリー、イエローストーンの山々、大草原も出てこないどころか、艶やかな馬ではなくロバが主役なのだ。おまけに決闘、ガンファイトもなく、お決まりのサロンバーでの殴り合いもあるにはあるのだが、迫力ゼロなのだ。
インディアンの代わりにメキシコの盗賊団が登場する。この盗賊団のボスがインディアン酋長とまるで違い、表情豊かな憎めない男だったりする。

しかし、これほどインパクトのないポスターも珍しい。
ただ、出演者の顔写真を貼り付けただけだ。
中学生の頃風呂屋さんにズラリと貼られたポスターを眺め、
少ない小遣いから、次はどの映画に行こうかと思案したものだが、
このポスターを見て、映画館に足を運ばなかったと思う。
ジョン・ヒューストンはヒッチコックほどではないにしろ、自作に顔を出すだけでなく端役として俳優業までこなす。この映画の導入部でハンフリー・ボガード演ずるホームレスの流れ者フレッド・ドビスにお金を恵んでやる男になって登場している。
ジョン・ヒューストンにとって、大型ハリウッド映画を撮るのは2本目で(シナリオライターだとみなされていた)一作目は『マルタの鷹』でハンフリー・ボガードと組み当たりを取った。この映画が2作目ということになる。そして名作中の名作と言われる『アフリカの女王』へと繋がっていく。
ハンフリー・ボガードほど汚れ切った、ヨレヨレの流れ者の役にピッタリフィットする役者も珍しい。この映画のフレッドはまさにはまり役だ。
くわえタバコで投げやりな話し方は、彼、日常生活でもそれをやっているのではないかと思わせる。それをヒューストンも百も承知で、コミカルな床屋のシーン、髭をきれいに剃り、髪もサッパリと撫でつけた小綺麗な様相に一変するシーンを挿入している。
だが、帽子、シャツ、ズボンは元のヨレヨレのままなのが笑わせる。ヒューストンらしさというのか、随所にクスリとさせられるユーモア、人間性がスクリーンに現れる。その呼吸がボガードとぴたりと合うのだろうか。
この映画には準主役として自身の父親、ウォルター・ヒューストンを起用した。老山師、金鉱探しの男でウォルターは喜劇役者としても天分を思い切り発散している。
ストリーはもう一人の山師、カーティスとの三人での心理的葛藤、金欲と人情が絡み合い、話が進み、自分だけの欲望に取り憑かれた男、ボガード=フレッドは殺され、老山師ハワードはメキシコの寒村に受け入れられ、カーティスはテキサスに帰る……。
掘り当てた砂金は猛烈な砂嵐で吹き飛ばされ、元の山シエラマドレに戻って行った……であろうという結末だ。
ロケの大半はメキシコで行われた。大戦後のハリウッドでは、アメリカ国外で大々的な撮影をすることがなかった。だがジョン・ヒューストンは、現地主義にこだわった。と言っても、実際のシェラマドレ山でこそなかったが、メキシコの小さな町タンピコの周辺で撮られ、メキシコの山村の雰囲気がじかに伝わってくる。また大勢のメキシコ人エキストラもフィルムの質を上げている。
この派手さのないヒューマンドラマは批評家からも絶賛され、興行的にも大成功をおさめ、ヒューストンとボガードの銘コンビを確立したのだった。
アカデミー賞の監督、シナリオにジョン・ヒューストン、助演賞に父親のウォルター・ヒューストンが受賞した。またゴールデングローブ賞でも、作品賞、監督賞、助演男優賞を受賞している。
ウォルター・ヒューストンは注目されることの少ない俳優だったが、息子の映画に出て一挙にスターダムにのし上がったのだ。
英国アカデミー賞をはじめ、ニューヨーク評論家サークル、全米映画批評協会など、その年の賞を総なめにした感があった。誰でもすぐに気がつくことだが、主役のハンフリー・ボガードがどこにも、ノミネイトすらされていないことだ。あれは演技ではなく地でいっているだけだ、という声もあるが…。
ハリウッドに背を向け、アカデミー賞そのもを無視しているかのような映画人、スタンリー・キューブリック、スパイク・リーらはボガードの演技を絶賛しているし、名優ダニエル・デイ=ルイスなどは、ボガードの演技に随分インスパイアされたとまで述べているのだが…。
ジョン・ヒューストンとボガードのコンビは、コンゴの現地ロケで『アフリカの女王』を創作し、絶賛を浴びるのだが…。
-…つづく
バックナンバー
|