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第415回:流行り歌に寄せて No.215 「真夜中のギター」~昭和44年(1969年)

更新日2021/03/11


千賀かほるという名前を聞いてすぐに思い出される方は、今ではほぼ還暦を越えた世代になっているだろう。「千賀」と言えば、最近では福岡ソフトバンクホークスの千賀滉大投手の名前が浮かぶ人がほとんどである。しかも彼は「せんが」という読みであり、かほるさんの「ちが」ではない。今回PCに「chiga」と入力しても、残念ながら「千賀」とは変換はされなかった。

千賀かほるは、昭和23年9月25日に鹿児島県大島郡知名町に生まれる。小さい頃の彼女の情報はないが、長じて神戸市の高校を中退、日本歌劇学校を経て、OSK日本歌劇団に入団している。

OSK(Osaka Shochiku Kagekidan)日本歌劇団と言えば、宝塚歌劇団、松竹歌劇団(SKD)と並ぶ三大少女歌劇団の一つである。同じ松竹のSKDのお姉さん格ではあるが、その棲み分けのため、SKDの活動拠点を東京に置き、OSKは関西圏での公演に限られていたため、東京での興行にも力を入れていた宝塚歌劇団には、人気と知名度で大きく差をつけられていたようである。

千賀かほるのOSKの先輩には、笠置シヅ子、京マチ子、安西響子、林美智子らがいる。

歌劇団に所属していた千賀が、どのような経緯で20歳の夏、昭和44年8月10日に、コロムビアから『真夜中のギター』でデビューしたかは、今回わからなかった。この人の資料はもっとあってよいはずだが、かなり少ないのは残念なことだ。

『真夜中のギター』も、この時代の特徴である、深夜放送でくり返し流され多くの若い世代の心を掴んだ曲の一つである。この曲が紹介されたYouTubeの投稿コーナーにも「あの頃、深夜によく聴いていた」というコメントが実に多い。

蛇足だが、この曲が発売された8日後に、夏の甲子園決勝戦、松山商業対三沢高校、延長18回を0−0という球史に残る壮絶な試合が行なわれている。そんな時代の曲だった。



「真夜中のギター」 吉岡治:作詞  河村利夫:作・編曲  千賀かほる:歌


街のどこかに 淋しがり屋がひとり

いまにも泣きそうに ギターを奏いている

愛を失くして なにかを求めて

さまよう 似たもの同士なのね

此処へおいでよ 夜はつめたく永い

黙って夜明けまで ギターを奏こうよ

 

空をごらんよ 淋しがり屋の星が

なみだの尾をひいて どこかへ旅に立つ

 

愛を失くして なにかを求めて

さまよう 似たもの同士なのね

そっとしときよ みんな孤独でつらい

黙って夜明けまで ギターを奏こうよ

 

愛を失くして なにかを求めて

さまよう 似たもの同士なのね

そっとしときよ みんな孤独でつらい

黙って夜明けまで ギターを奏こうよ

ギターを奏こうよ

ギターを奏こうよ

 

作・編曲の河村利夫は、ベニー・グッドマンに憧れてジャズ畑に入ったアルトサックス奏者。また、邦楽の世界でも、いわゆるお琴(箏)を、ソプラノ琴、ベース琴など、あたかもサックスのように、音階によりいくつか考案し、箏曲界に新しい風を起こした人でもある。

LP20枚に及び、世界の名曲を、考案した琴の合奏でレコーディングした『琴・世界を回る』は画期的なレコード全集で、個人的には一度ぜひ聴いてみたい曲集である。

作詞の吉岡治は、美空ひばりの『真赤な太陽』の項でもご紹介したが、石川さゆり『天城越え』、五木ひろし『細雪』、大川栄策『さざんかの宿』。島倉千代子『鳳仙花』、瀬川瑛子『命くれない』、都はるみ『大阪しぐれ』など、ビッグヒットを常に生み出している大御所である。

そんな大人(たいじん)の作った詞に、私がコメントするのは大それたことであり、おこがましいとは重々承知で、中学2年で聴き始めた頃から率直な疑問を持っていたことを書きたい。この詞を語る立ち位置と視点が、どうもよくわからないのである。

「街のどこかに 淋しがり屋がひとり いまにも泣きそうに ギターを奏いている」
まず、語り手は「街のどこかに」と場所はわからないのに、「いまにも泣きそうに」と目の前で見ているように語る。そして「此処へおいでよ」と語りかけ、「ギターを奏こうよ」と誘っているのは、その語り手なのか、あるいはギターの演奏者なのか。

2番になると、空の流れ星について語った後「そっとしときよ」とある、これはギター奏者を気遣っているわけだから、語り手なのだろうが、また「ギターを奏こうよ」と結んでいる。どうもよくわからない。

もちろん、辻褄であるとか整合性というのは、歌詞にとって不可欠だとは今は思っていない。それに、こんな七面倒臭い疑問を持つ人は、ほとんどなく、詞のすばらしさを味わっているはずだ。

もしかしたら、どちらにでもとれるものの言い方が、立体感を作る役割を果たすことになり、それが違和感なく受け入れられる。作詞家の、卓越した技術なのかも知れない。

千賀かほるは、この『真夜中のギター』で昭和44年、第11回日本レコード大賞の新人賞を獲得している。ただ残念なことに、NHK紅白歌合戦には、未だに出場の機会がない。その後『いつか何処かで』『マリアンヌ』など、河村利夫作曲の歌などをコロムビアで昭和47年まで、昭和51年と53年はテイチクに移って、それぞれシングルレコードを残している。

LPレコードは、『青春のシルエット=千賀かほるの世界 』を昭和45年に出したのが、一人では初めて。その前に『ポップス三人娘 大いにハッスル!』と『ポップス三人娘 ゴールデン・アルバム』の2枚のLPが出ているが、これは、当時コロムビアで期待されていた弘田三枝子、ちあきなおみとの3人のヒット曲が入ったレコードだった。「まとめて、どうだ!!」というような立売商売のようであり、時代を感じさせる。

千賀かほるは、割合最近にFM世田谷などに登場したりしているが、あの清楚なイメージは今も変わらないと聞く。店では、有線放送を流しているので『真夜中のギター』を聴く機会も少なくないが、今度お客さんが帰られた後、ただひとりカウンターに座って聴いてみたいものである。

-…つづく

 

※お詫びと訂正:前々回のこのコラムでの末尾で、アン真理子のソロデビューを今回の千賀かほると同じ昭和44年と書いてしまいましたが、文中にもあるように、それ以前に『藤ユキ』名義でソロ活動をしておりました。誤りをお詫びして訂正させていただきます。

 


第416回:流行り歌に寄せて No.216 「あなたの心に」~昭和44年(1969年)


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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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