第48回:英仏刑事ドラマにハマる
更新日2005/04/07
私が仕事を終えて帰宅するのが、早いときで午前3時過ぎくらい、遅くなると5時をまわることもある。それから500mlのサッポロ・黒ラベルを2、3品のつまみとともに、呷りながらテレビをつける。以前地上波を観ていたときは、内容のない深夜番組か、やたら元気な早朝番組に閉口していたが、最近CS放送のミステリ・チャンネルと契約してから、この時間帯が何より楽しくなってきた。
このチャンネルは、「シャーロック・ホームズの冒険」「名探偵ポアロシリーズ」「ヒッチコック劇場」などの古典的作品はもとより、海外作品だけで30を越える(国内ものも数作品ある)ミステリを、原則として24時間放映している。推理ドラマファンとしてはこれを月々420円で見られるという、たいへんにお得なチャンネルだと思う。
そのなかで、英国刑事物だけで10作品以上もあり、いずれも名作揃いで全部観たい気持ちになるのだが、そうすると眠る時間も、仕事をする時間さえもなくなってしまう。彼ら刑事(主役は主任警部が多い)はみなたいへんに個性的なのだが、その描写がとても巧みで面白い。また活躍の場所がそれぞれいろいろな地域に分かれていて、その土地柄がよく表現されており、英国の風土を知る上でもたいへんに興味深い。
例えば、真っ赤なジャガーを乗り回す初老の独身貴族「主任警部モース」の舞台はオックスフォードであり、家庭では良き夫父親であり、人情家の「バーナビー警部」の本拠地は南イングランドのミッドサマー、かたや大女優ヘレン・ミレン演じるテニスン主任警部の活躍を描く「第一容疑者」は首都ロンドンでの物語だ。
私が今凝っているのが「タガート」シリーズで、1983年からすでに20年以上続いているという、あちらでもたいへんに人気のあるドラマだ。工業都市グラスゴーという乾いた土地で起こる様々な犯罪をタガート警部以下スタッフが解決していくというもの。これを一番にあげたのは私がスコットランド贔屓と言うことだけでなく、実に緻密でていねいにドラマが作られているからだ。
私は店のお客さんに紹介いただきこの作品を知り、ミステリ・チャンネルを契約するきっかけになった。実はこのシリーズ30作ほど制作された時点で、主役のタガートを演じる役者さんが実際になくなってしまい、作品中でも死ぬことになる。後任はジャーディン警部という人が務め、タイトルも「新タガート」として始まったが、これがまたたいへんに好評でシリーズが続いているらしい。
私はタガート警部の時代の作品は見ておらず、このジャーディンがボスになってから見始めたが、そのジャーディンも何作目かで・・・という意外な展開で目が離せない。脇を固める刑事たちも、裏社会とかなり密接な繋がりがあるロス、ドラマの途中でゲイだったことが発覚する若者フレージャーなど、個性派の集まりだ。その中で紅一点の巡査部長ジャッキー・リードは、わし鼻でけっして美人とは言えないが、仕事熱心でとてもチャーミングな女性で、私などはすぐに感情移入して「ジャッキー頑張れ」と心の中で叫んでしまう。
工業都市グラスゴーだけあって、工場や倉庫、港湾などの乾いた風景の中で、刑事、容疑者、通報者などがかなり皮肉混じりで辛辣な言葉のやりとりをする。それは刑事同士でも同じことで当初はかなり激しくやりあうが、回を重ね、ともに捜査を続けていくうちに少しずつ信頼関係が築かれていく。ここらへんの機微の描き方が絶妙で、残念ながら日本の刑事ドラマのステレオ・タイプとは比べものにならない。
もうひとつ凝っているのが「女警部ジュリー・レスコー」。英国ものが大半の刑事ドラマの中で、これは珍しくフランスの作品。職場では辣腕の警部(警察署長)、家に帰ると生意気盛り、悩み盛りのサラとバブーというふたりの娘との母子家庭をきりもりするジュリーの姿が、男女ともに共感を呼んで、こちらも本国でも大変に人気の高い作品のようだ。
描かれる内容はドメスティック・バイオレンスや、少女売春などの若者の性犯罪、麻薬、強盗、殺人と今フランスで実際に起こっている現実的な出来事が題材になっている。主人公のジュリーは喜怒哀楽をはっきりと表し、強いリーダー・シップを持ちながらも、部下たちに暖かく接する姿勢、そして内に秘めた色気がとても魅力的な女性だ。また、先ほどの「タガート」同様、部下たちの人間的な魅力もよく描かれている。
アフリカ系フランス人のウンゲマはクレバーで、しかも気は優しくて力持ち、凄腕の刑事でありながら、カブランは辛い2度の失恋を引きずり、パソコンおたくのモタはすぐに女性を好きになるが、ほとんどうまく行ったことがない。そこに新任のアラブ人女性刑事ゾラが所属され、その美しさに署内は色めき立つ。さすがにフランスのドラマだけあって、部下同士での軽妙な口調のやりとりが楽しいが、あまりお洒落な会話に流されない、どちらかといえば骨太の会話が多いようだ。やはり、昔よく観たフランスの恋愛映画とはかなり趣が違う。
英仏の刑事ドラマを観ていて少し驚いてしまうのは、さすがというか恋愛に関してはかなり奔放なところだ。刑事が容疑者と恋仲になることは珍しくなく、主人公の女性の警部であっても素敵な人に出会えば恋に落ち、食事をともにしていたかと思えば、次のシーンでは相手と一緒にベッドの中にいるというのも普通に見られる。それが不倫であっても、好きになれば厭わない。
苦境に陥ったジュリー・レスコーが元夫に電話で悩みを打ち明けようとしたが留守で、考えぬいた末に、娘たちをパーティーに送り出した後、好きな人に話を聞いてもらいに会いに行き、最後は同衾してしまう。
「第一容疑者」のデニスン主任警部も、上司の妻の旅行中に彼の部屋で一夜をともにする。主役を演じる英国の大女優ヘレン・ミレンは、このシリーズが始まった当初で45歳は越えていたと思うが、往年の色気が色褪せていないのはさすがだと思わせる。
これが、日本の刑事物で、例えば片平なぎさなどが警部になって同じことができるかと言えば、やはりかなり無理があるし、視聴者の多くに非難を受けることになるかもしれない。国民性の違いということなのだろうか。
とにかく私は今、おばさまたちの国民的な「韓流ドラマ」ブームを後目に、ごく個人的に「英仏刑事ドラマ」にハマっている。
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