第336回:流行り歌に寄せて No.141 「銭形平次」~昭和41年(1966年)
いかにも時代劇の主題歌らしい、この曲のイントロを覚えていらっしゃる方も多いと思う。ダイナミックでスリリングな曲調である。ところが、もう30年以上前になるのだろうか、あるテレビ番組でこのイントロに歌詞をつけた人がいた。これはドラマの冒頭を彷彿させ、思わずニヤリとしてしまうものなので、最初にご紹介しておく。ぜひあのイントロを思い浮かべて、そこに歌詞を載せていただきたい。
「親分てぇへんだ」
「おっ八どうした」
「親分てぇへんだ 土左衛門が 大川に浮かんだ」
「そいつぁ捕物だ」
小銭を確認しながら出かける♪♪
その小銭を縄紐に通して捕物に出かけ、現場では「ビュン、ビュン」と飛ばしている。子どもの頃は、「お金を粗末に投げるなんてとんでもない」と教えられてきたので、最初は見ていて抵抗があった。しかし、そのうちに何か痛快な思いがして、真似て五円玉を投げているところを親に見つかり、しっかりと叱られた。
捕物で使ったあのお金はいったいその後誰が拾うのだろうかと友だち同士で語り合ったことがある。さすがに、平次親分が雑草の影とか水たまりの中に落ちた小銭を拾うことは格好が悪くてできないだろう。いつも「親分てぇへんだ!」と飛び込んでくる下っ引の八五郎の仕事ではないかというところで話は落ち着いた。
そう言えば、かなり派手に投げているが「寛永通寳」の一文とは、今で言えばどのくらいの価値があるかと今回調べてみた。長い江戸時代の時期によって異なるが、公定レートや蕎麦代などから換算して25円から40円というところのようである。もしどこかに隠れてしまって見つからなかったとしても、草野球でどこかに紛れ込んだ軟球を見つけきれなかった喪失感よりは、かなり軽いものだろうと思う。
「銭形平次」 関沢新一:作詞 安藤実親:作曲 編曲者(後述) 舟木一夫:歌
1.
男だったら 一つにかける
かけてもつれた 謎をとく
誰がよんだか 誰がよんだか 銭形平次
花のお江戸は 八百八町
今日も決めての 今日も決めての 銭がとぶ
2.
やぼな十手は みせたくないが
みせてききたい こともある
悪い奴らにゃ 悪い奴らにゃ 先手をとるが
恋のいろはは 見当つかぬ
とんだことさと とんだことさと にが笑い
3.
道はときには 曲がりもするが
曲げちゃならない 人の道
どこへゆくのか どこへゆくのか 銭形平次
なんだ神田の 明神下で
胸に思案の 胸に思案の 月をみる
さて、いきなりですが、ここで問題です。この曲が主題歌だった大川橋蔵版の『銭形平次』で平次親分の女房、お静を最初に演じた女優は誰でしょう?
正解は八千草薫。私の店でこの問題を出した時、60歳代以上のお客さんでも正解者は意外と少ない。「えっ、初めから香山美子さんではないの?」と言う声が上がる。八千草さんは、最近の話題作『やすらぎの郷』でも清廉な老女役を演じていたが、平次親分の奥さん役だったイメージは、みなさんの中には薄いのだろうか。
それでは二代目は?と尋ねると「それは、さすがに香山さんでしょう」との答えが返ってくるが、これも不正解。答えは鈴木紀子という人。彼女は昭和43年度、44年度のミス日本グランプリ受賞者で、実に美しい人だったが、しばらく芸能界にいたものの、すぐに結婚して引退をした。私も「そういえば、とてもきれいな人が奥さん役だったなあ」という実におぼろげな記憶があるだけで、はっきり思い出せない。
三代目がお待ちかね香山美子。この人の印象が強いのは、出演回数が他の二人を圧倒していることによるものだろう。209話から最終888話まで、実に680話のお静を演じているのである。ちなみに八千草薫は157話、鈴木紀子は50話。
下っ引の八五郎は林家珍平、三の輪の万七親分は遠藤太津朗のイメージが定着しているが、彼らも実は二代目。初代は、それぞれ佐々十郎、藤尾純が演じた。もっとも、二人とも初代は52話だけで、あとの836話は二代目というのだから、初代を覚えている人はよほどの時代劇通ということになる。
さて、この曲の編曲も時期によって異なる人の手により行なわれた。阿部皓哉→山路進一→阿部皓哉→津島利章→ 阿部皓哉と変遷している。
阿部皓哉は『柳生武芸帳』『新諸国物語 黄金孔雀城』『伊賀の影丸』など多くの時代劇映画の音楽を手がけた人である。山路進一は舟木一夫作品を多く手がけたことで知られている。『北国の街』は舟木の代表曲の一つで、私も大好きな曲である。津島利章は時代劇に限らず、『仁義なき戦い」などのヤクザ映画、ポルノ映画にいたるまで、420曲もの映画音楽を作った人だった。編曲者だけとっても、豪華なラインアップである。
作詞家の関沢新一については、このコラムで何回か書かせていただいている。話が逸れてしまうが、以前ご紹介した関沢作品の『柔』、そして今回の『銭形平次』、他の人の手によるものだが『人生劇場』『兄弟仁義』など、いわゆる硬派と呼ばれる作品には、なぜか二番に『恋』に関する詞を挟む。一つの手法だと思うが、多くの人がそれをしたがる理由が、私にはよくからない。
話を戻して、作曲家の安藤実親。この人はこのコラムでは初めての人だと思う。村田英雄の『姿三四郎』、北島三郎の『歩』、水前寺清子の『いっぽんどっこの唄』など、やはり硬派と呼ばれる曲を得意としている。都はるみのデビュー曲『困るのことョ』の編曲家としても知られている。
そして舟木一夫。自身38枚目のシングル・レコードである。デビュー以来ずっと青春歌謡を歌い続けてきた人にとっては異色の作品と言えよう。それにしても、「恋のいろはは見当つかぬ とんだことさと とんだことさと にが笑い」している平次親分の心情を歌うのが、まだ21歳の舟木である。早熟と言おうか、何と言おうか。
-…つづく
第337回:流行り歌に寄せて No.142 「悲しい酒」~昭和41年(1966年)
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