第648回:ペスト、流感、コロナウイルス…
今どき、中世のペストを持ち出すと、婆さん歳を食い、さらにボケてきたのかと言われそうですが、頭ごなしにそう言わず、まあ聞いてください。読んでください。
ペスト(Pest;ドイツ語)は、英語で“Plague”とか“Black Death Disease”(黒死病)と呼ばれています。とりわけ有名なのが、14世紀にヨーロッパ全土を襲ったもので、1348年から1420年にかけて広がり、8,000万とか1億と言われている人々が亡くなりました。これが名作『デカメロン』(Decameron)を生んだ背景です。ジョヴァンニ・ボッカッチョの名作は10人の男女がペストを逃れ、森の館に閉じ篭り、マスクを着けて暮らし、慰みとして一晩一人ずつ取って置きのお話を披露し、10日後マスクを外したところ、皆黒死病に犯されていたというお話です。
ペストは周期的にヨーロッパを襲っています。早いところでは、ローマ帝国(東ローマ帝国のコンスタンチノーブルですが)では541年から翌年にかけて、全人口の40%が死んでいますし、ロンドンでも1655年にぺストが大流行しました。
14世紀にヨーロッパに大恐慌をもたらしたペストのミナモトは、中国からシチリア島のメッシーナに輸入された毛皮に付いていた“ノミ”がミナモトで、それがアレヨという間にヨーロッパ全土のネズミに取り付き広がったとされています。
ネズミの行動範囲たるや驚くべきものがあります。当時の町の多くは城壁で囲まれた城塞都市で、恐慌に陥った町では余所者を一切中に入れず、町をペストから守ろうとしましたが、城外から持ち込む食べ物、小麦や芋、野菜に紛れて入ってくるネズミにまで検疫が及ばなかったのでしょうね。ゴーストタウンがたくさん生まれました。
ちなみに検疫を意味する英語は、元々ラテン語から来ていて“クワレンチーン”(Quarantineは40日の隔離検疫期間)は、ペストが大流行した当時、ベネチアでそれまで30日が隔離検疫期間だったのを、10日延ばし40日間にした時から始まります。
面白いことに、ポーランドだけが中世ペストの大流行から免れているのです。それは、ポーランドに森林大火災が発生し、野ネズミの餌になる木の実、根がなくなったせいだとされています。当然、人間も餓死していますが…。
人間が大都会に住み、100年前には想像できないほど気軽に移動することができるようになった現在、伝染病のコントロールはますます難しくなってきました。
アメリカのCDC(Centers for Disease Control and Prevention;アメリカ疾病管理予防センター)の発表では2018年から2019年のシーズンに3,500万人が流行性感冒に罹り、うち1,650万人が入院し、34,000人が死んでいます。
今シーズン幕開け、昨年の10月1日から2月15日までで、流感に掛かった人は400万人を越したとみられ、すでに40,000人が亡くなったと推定されています(※注1)。亡くなった人の大半は体力のない、衰えた老人が肺炎を併発し犠牲になっています。
超老人のダンナさんを持つ身としても、他人事でなく、やれ肺炎の予防注射だ、今年の流感の予防注射だと、医療費のメチャ高いアメリカにしては、異例の“タダ”の予防接種に送り込んでいます。「こんなモノ、ホントに効くのか? それより美味いモノを食って、体力をつけた方がイイんじゃないか…」とか、ゴタクを並べるダンナさんを、「アナタには、これ以上の体力なんか必要ないの。もう自分の体力を持て余しているんでしょう?」と、送り出しています。
毎年のように、姿、形、タイプを変えて流行る流感は、まるでパリ・コレクションのファションショーのようにめまぐるしく変わります。それに対応する毎年の予防接種にも当たり外れがあり、良くて50%の確率と言われています。でも考えてみれば、50%というのは大変立派な高い確率で、この予防注射で救われた人が何千万人もいることになります。
毎年のように繰り返される流感、肺炎には、抗ウイルス剤が有効とされていますし、4月の終わりともなると、流感シーズンも終わり、記憶の持続時間が極めて短いアメリカ人は、流感? そんなものあったか? と、10月に流感シーズンが到来するまで、忘れ去られてしまいます。「ハールになれば、シガコ(※注2)がとけて…」という歌のごとし、なのです。
中国に端を発した新型コロナウイルス騒ぎ、南極の観測基地とまでは言いませんが、人里離れたコロラドの山の中で暮らしていると、実感が沸きません。むしろ日本の保健行政の貧しさ、判断力、決定力のなさが曝け出されたようで、滑稽に見える程でした。
中国の武漢で新型コロナウイルスが発生し、武漢市を封鎖にした時点で、日本政府はまだ対岸の火事程度の認識しかなく、すぐに日本にも入り、拡散するという当たり前の予想をもしていなかったとしか言いようがありません。この際、昨年12月に警鐘を鳴らした中国人眼科医師、李文亮(リー・ウェンライング)博士までさかのぼらなくても、十分情報を得る時間があったはずです。
そして、可哀相なのはクルーズ船“ダイヤモンド・プリンセス号”です。
当然、日本政府は乗客、クルー全員を自衛隊の基地、もしくはホテルを貸し切るか、一番良いのは使っていない部屋がたくさんある議員会館に即座に収容し(あそこは警備体制が整っています)、専門医療機関の管轄下に置くべきでした。そんなお金は、今になって経済的損失は何兆円と騒ぐことに比べれば微々たるもので、これだけは国が責任を持って対処すべきことでした。それが、クルーズ船を追い出すように洋上に出したり、また入港させたりを繰り返し、自分だけ良ければそれで良い、疑わしきは島に入れるな、という嫌な島国根性がミエミエでした。
ダンナさんは会う人ごとに、「日本政府はどうして、乗客、クルー全員を即座に日本の施設に収容しないのか?」と訊かれ、「ウーム、もっともなことだ。日本の政治家、役人、ただオタオタして、場当たり的処置しか取れない本性が明らかになっただけだ。日本の政治家、役人を信用するな…」とか答えていました。
ド素人の私が考えても、“ダイヤモンド・プリンセス号”に閉じ込められた乗客、クルーは、細菌の培養器の中で、どれだけ細菌が広がるかの人体実験をさせられたようなものです。第一、3,000人以上の人間に三度の食事を作り与えている調理場、様々バリエーションに富んだグルメクッキングの調理師たちに、ウイルス感染に対応できる衛生管理の行き届いた病院食(味のことは別問題ですが…)をいきなり作れと言う方がドダイ無理なのは常識でしょう。日本政府も衛生管理官をクルーズ船の台所には送ってはいません。
いつものことですが、貧しい政治的判断のツケを払わされるのは弱い者です。
それとも、安倍さん、この際、年金喰い虫の老人を一掃しよう、新型コロナウイルスで死んでもらいましょうと目論んだのかしら……。
-…つづく
※注1:推定なのは、「インフルエンザでは、罹病ケースを完全に監視することは不可能なため」ということで、合併症で亡くなるケースが多いようです。(注釈:のらり編集部)
※注2:しがこ(すがこ)=東北地方の方言で「氷」のこと
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