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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第460回:人材の宝庫、イギリスという国の底力

更新日2016/04/14



最近、チャーチルの『My Early Life(わが半生) 』とアーネスト・サトーの『A Diplomat In Japan(一外交官の見た明治維新) 』を立て続けに読みました。

チャーチルはナチスドイツと戦争を収め、まさに戦争の英雄として終戦を迎えたところ、次の選挙で破れ、政治的不遇の時代に書いた"回顧録"で、ノーベル文学賞(平和賞ではありません)を貰ったくらいですから、話の展開だけでなく、文章も上手く、説得力もあり、とても読み易いうえ、とても面白い半生記を書いています。もっとも、チャーチルはモノを書くことが好きで、若い時、軍籍にありながらイギリスの新聞『デイリー・テレグラフ』に記事を盛んに書いています。

アメリカの大統領の"回顧録"が今だからこそ言える式の暴露と自己弁護ばかりで、将来読み次がれる可能性がなく、文学的価値がゼロに等しいのとは全く違い、チャーチルの"回顧録"は、シーザーのガリア戦記のように古典として残るとまでは言いませんが、歴史や政治を学ぶ人にとって、必読書になるでしょう。日本の政治家、政治屋さんも引退後メモワー=回顧録を書く習慣があるのかしら。

チャーチルの孫娘、と言ってもかなりの中年、老年の女性ですが、彼女がチャーチルの足跡を辿るテレビシリーズを作りました。もちろんBBC制作です。チャーチルの政治的な役割よりも、人間的な面に焦点を当てた番組作りで、貴重な古いフィルムがたくさん映し出され、6時間ほどの長編ドキュメンタリーでしたが、一気に見てしまいました。

それにしてもこの孫娘の叔母さん、アラブ諸国に行く時も、キューバや南アフリカ、北アフリカをおそらく数年かけて回ったことでしょうけど、いつも同じサファリジャケットのような上着にパンタロンを着ていたのに飽きれました。別に彼女のファッションを観るための番組でありませんから、それでいいのですが。服装、コスメテックの助手などを連れずに、カメラマンとデレクターだけで撮ったのでしょうね。

そして、明治維新を学ぶ人にとって欠かせない貴重な史料を書いたのが、アーネスト・サトーです。サトーと言うと日本人と間違えられかねない苗字ですが、Satowと書き、Ernest Mason Satowというスウェーデン系(父親がスウェーデン人)のイギリス人です。晩年サーの称号を貰っています。サトーと書くと思わず、「サトーさん」と呼びたくなってしまいます。

彼はチャーチルのような貴族ではなく、学校もイートン、ハーローのようなパブリックスクール(貴族、お金持ちのエリートが行くプライベート寄宿校)ではないし、大学もロンドンのユニバシティーカレッジ…と、外交官としては亜流の学歴しか持ちませんでした。しかし、学校での成績はずば抜けて良かったようですから、一種の天才だったのでしょう。彼の一生を決定付けたのは、ローレンス・オリファントが書いた日本についての書籍(この本、私は読んだことがありません。一体どんな本なのでしょう?)を読み、青年のロマンチシズムをかき立てられ、そのままイギリス外務省の通訳養成の試験を受け、合格し、18歳の時に日本(一旦、中国に行き、数ヶ月滞在しましたが)に向けて旅立っています。

一冊の本が青年に与える影響、その後、見事に結実するのはどこかシュリーマンが若い時に読んだホメロスがトロイヤの遺跡発掘に繋がっていくのに似ていなくもありません。

サトーは都合26年間日本に滞在し、イギリスの日本外交だけでなく、明治維新とその後の政権にそれはそれは大きな影響を与えました。彼の本ですが、いくら詳細な日記をつけていて、晩年になってそれを見ながら、思い出し書いたにせよ、あきれるくらい日本人の名前、人物評、時勢の判断が的確です。そして、いかなるチャンスも逃さずに日本中を歩き回っています。

幾度となく、彼自身の命がアワヤという事態に陥っていますが、彼の好奇心と日本に対する愛情とも呼べるような情熱を失っていません。それだけでも一種の天才と言ってよいでしょう。幕末時のお役人が自分の保身ばかり考えて、日本の将来を全く考えていないのに比べ、薩摩、長州、土佐の志士たちの毅然とした、身を挺して政体を変えようとする態度に早い時期から官僚的な幕府に未来はないと見切り、イギリスが革命勢力にテコ入れする政策を取ることになった要因は、サトーのヨミによるものだと言ってよいと思います。

また、彼が日本人の性格を見抜いた洞察力にも、苦笑させられると同時に、彼が単なる通訳官でないことが分かります。日本人は全般に服従の習慣がある、言ってみれば、オカミ、権威に弱く、強い指導者に盲目的に従う傾向があり、忠誠心が強い割には、上層部の頭がスゲ替えられると、抵抗なく次の権威に従う…などと言っています。将軍様からミカド(天皇)へ、そして神国日本の軍部へ、果てはマッカサー崇拝と…、ニヤリとさせられます。

チャーチルとサトーに共通しているのは、異常に強い好奇心と行動力を兼ね備えていることで、しかも、自己を客観的に見る目を持っていると同時に、その時点で時勢を見極める広く、冷徹な思考回路を持っていたことでしょう。このような人物が出たイギリスは確かに、大変な国だと思わずにはいられません。

そして、二人が一本の糸で繋がっているのは、イギリスへの絶対的な忠誠心、愛国心で、すべてはイギリスの利益、目先だけではなく、遠い将来を見越したイギリスの発展という一点です。イギリスの利益の前には、日本の将来、イギリスが持っていた膨大な植民地、インド、南アフリカなどの未来、まして人道主義などは無視されます。 

そんな、イギリス臭さにやりきれなさを感じ、うんざりしてしまうにしろ、強い個性と意志を持った人物を次々に輩出するイギリスは一体何なのだ?? と驚嘆せずにいられません。

 

 

第461回:大学キャンパスはレイプゾーンか? その1

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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