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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第461回:大学キャンパスはレイプゾーンか? その1

更新日2016/04/21



私たちの地方大学の学長ティム・フォスターさんから、教職員全員に回覧板のようなメールが届きました。もっとも、これをマジメに読む先生はあまりいないでしょうけど、内容はアメリカ合衆国政府が義務付けている報告が主なもので、クレイリー・アクト(Clery Act)と呼ばれ、学内、キャンパス、すべての寮、ギリシャ文字を冠したメンバー制の寮(フォルタニティー・セロリティー)での犯罪を嘘、偽りなく公評しなければならという方針に基づいての報告書でした。

というのは、大学のキャンパス内での犯罪、窃盗、傷害、レイプ(強姦)などが増え、それらの事件を大学側が不名誉なこととして、将来の学生募集の障害になるからと、隠したりもみ消したりするケースが多いので、少しでも透明にし、学内をより安全な場所にしようという意図のもとに、クレイリー上院議員が提案し、法制化されたものです。

私が働いている大学は州立ですが、田舎町にある地方大学です。それでも、生徒数は1万人近くおり、年々増えていく学生を受け入れるための学生寮がドンドン新築され、一昨年サバティカル(研究休暇)で1年間学校を離れて、帰ってきてみたら、浦島太郎とまでは言いませんが、キャンパスがすっかり変わっていたのに驚かされました。私の部屋も新築のビルディングに移っていました。

田舎町のことですから、ノンビリ、ユッタリしていて、キャンパス内での犯罪は学生さんが、何かのパーティーで酔っ払って窓を割ったとか、暴れたとかいう程度の事件しかありません。また、学内に日本の交番のような警察の派出所があり、常駐のお巡りさんが、何かあればすぐに駆けつける体制になっています。日本の大学とは違い、このようにアメリカの大学では、キャンパス内に警察の派出所があるのは当然のことなのです。

大学が持つスクールカラーが失われつつあると、かなり以前から言われていますが、私立大学を中心に、エリート大学には独特の特色があります。コロラド州の中でさえ、ボルダーにあるコロラド大学は全米に知られるパーティー・キャンパス、それと相反するようなアウトドア学府として有名です。また、フットボール(アメリカンフットボール)やバスケット、野球で有名な大学、ノーベル賞受賞者を何人も抱えた研究機関の整った大学など、様々です。

大きな大学では、大きい分だけ抱える問題も多くなるのは当然のことでしょう。新入生集めに差し障るような評判、マスコミが飛びつくようなキャンパスでの銃撃事件、自殺などが起こると、次の年の入学生がグンと減り、先輩や企業からの寄付金もガクンと減ってしまいます。

今まで、ほとんどというより全く無視されてきたキャンパス内でのレイプ事件が、やっと表面に現れるようになりました。それまで大学が故意に握り潰し、モミ消そうとしてきた事実が出始めたのは、クレイリー上議員が法制化してからのことで、この法制化の運動を推進してきたのは、二人のレイプ犠牲者、アニィー・クラークさんとアンドレア・パインさんです。

彼女たちの告発で学生が立ち上がり、膨大な数になるレイプ犠牲者に呼びかけ、個々に訪問、インタヴューしたり、メールや電話で説得し、泣き寝入りせず、立ち上がるよう説得を続け、キャンパス内でのレイプをなくす運動を展開してきた結果、やっと連邦政府も重い腰を上げたのです。

アメリカのキャンパスは"狩猟場"と呼ばれるほど女学生が狙われ、レイプが頻発している現実に驚かされます。全女学生の16%が何らかの形で性的暴力を振るわれているというのです。ということは、6.25人に1人の女学生が犠牲者になっていることになります。全米での大学構内で起こるレイプは1年に10万件と見積もられています。

正確な数字が出ない理由は、犠牲者が名乗り出ないケースが多いからです。それと同時に、大学やキャパンパス内の警察に届け出ても、どうせ彼らは何もしないという風潮(これは事実で、ただ受け付けるだけで、犯人が判っていても訴訟まで待ち込むのに、半年以上、1年、2年かかるのが当たり前なのです)が蔓延しているので、その結果、泣き寝入りしてしまうのです。

これらの情報は、ドキュメント映画『The Hunting Ground』と、後で書く"ジェームス・ウインストン事件"を調べる過程で、私も初めて知り、幾日間も気が滅入るほどショックを受けました。

エリート大学の例を挙げると、カルフォルニアのバークレイ大学で78件のレイプが報告され、実際に起訴まで行ったのは3件、スタンフォード大学では259件のレイプの届出があり、起訴は1件、ノースカロライナ大学では136件に対し起訴0件、ヴァージニア大学では205件に対し起訴0件なのです。

このレイプ犠牲者の数字も非常に控えめで、大学当局、キャンパスポリスに書面で訴えた犠牲者だけですから、その数字の影にいる何倍かの"泣き寝入り組"は含まれていないのです。

それにしても、起訴率の低さを見れば誰でも、長い期間、警察や裁判所、大学当局との煩わしい関わり合いに時間を潰されたくない、それよりもレイプに遭ったことは交通事故のようなものだ、キッパリと忘れて前向きに生きようと思ってしまうことでしょう。

…つづく

 

 

第462回:大学キャンパスはレイプゾーンか? その2

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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