のらり 大好評連載中   
 
■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第708回:“Qアノン”への恐怖 その1

更新日2021/05/20


No.705とNo.706でコンスピラシー・セオリー(conspiracy theory)と極右グループとQアノン(QAnon)のことを書き、その時、最近の新聞、雑誌、インターネットでQアノン関連の記事を集めたところ、どうにも、またこのグループのことを書かずにいられなくなってしまいました。

秘密結社は中世からたくさんありました。有名なのは“フリーメイソン”でしょうか。モーツアルトも入会し、『フリーメーソン・カンタータ』を作曲し、オペラ『魔笛』はフリーメイソンの思想をオペラ化したものだと言われています。フリーメイソンのメンバーになるには入会試験を通らなければならず、秘密の文字やサインなどを覚えなければならなかったようです。

当時、カースト制度にも似た酷い階級社会でしたから、そんな制度の枠を離れ、身分制度のない自由なフリーメイソンが、一種、現存の階級制度を打ち壊して行くかのようでした。ですが、今から見ると、フリーメイソンの中に新たらしいランキングを設け、子供じみた役職名を付け、新たなヒエラルキーを組織しているのは奇妙に見えます。

アメリカ人は雑多な民族、文化の寄せ集めで成り立っている国です。そのせいでしょうか、逆にやたらとツルミたがります。会員を絞ったクラブを創るのです。会員をオープンにし、その活動も社会福祉的な“ロータリークラブ”、“ライオンズクラブ”のような団体もありますが、一体何の目的で、何をやっているのか分からないクラブもたくさんあります。丁度、近年になってゴマンと生まれた新興宗教のようなものです。秘密結社とまではいかなくても秘密めいたクラブが、私が働いていた大学町にさえ、堂々とした石造りの建物に意味ありげなギリシャ文字を刻んだ門を構えて建っています。

伝統文化が欠けているせいでしょうか、アメリカ人は“ナントカの会”のメンバーになるというように、グループを組織し、どこかに所属したがる傾向が強いように思います。それがソーシャルメディア、インターネットが普及し、雨後の竹の子のごとく、ありとあらゆるグループの誕生に繋がったのでしょう。

その波に乗ったのがQアノンです。“Q”とだけ名乗るオーガナイザーが初めてインターネットに現れたのは2017年の10月ですから、幾年も経たないうちに巨大な組織に膨れ上がり、共和党の集会に“Q”の文字にアメリカの国旗をブレンドした旗を振り回す情景を目にするのは当たり前になってきました。

“Q”は私の想像ですが、恐らく聖書のマタイ、ルカの福音の種本に“Q”とだけ呼ばれている語録というのか資料があり(これは現存していません)、そこから引いてきたのではないかと思います。それに“Anon”という古臭い中世英語をくっ付けのでしょう。“Anon”は不特定多数、匿名とか作者不明、読み人知らずの意味です。また、シェイクスピアは“Anon”を”もうじき、まもなく“の意味に使っています。でも、今ではほとんど死語に近い言葉です。このように不可思議な名前を付けるといかにも神学的、なんだか意味深長に響きます。アメリカ中の大学にあるメンバー制の寮“セロリティー”“フォルタニティ”がギリシャ文字のクラブ名を持っているのと同じ感覚なんでしょうね。

ミシガン州、ジェネラル・モーターズの工場のあるフリント市の郊外にある小さな町(人口8,200人)グランド・ブランク(Grand Blanc)での地方選挙で、Qアノンのメンバーが町議会議員に当選しました。アメリカの国会に乱入した時には、まだ影の組織だったのですが、堂々と表に出て選挙に勝ってしまったのです。

Qアノンが民主主義(アメリカ的な民主主主義ですが)に則った行動をするなら、それは一つの政治運動として認めなければなりません。しかし、彼らが信奉しているコンスピラシー・ セオリーでは、民主党委員、ハリウッド、マスコミ(ユダヤ系に牛耳られていると信じているようです)、ハイテック関係の人たちは、幼児を誘拐し、売買し、性交を行い、悪魔を信仰している、その筆頭である民主党党首のナンシー・ペローシーを殺さなければならない。

また、最近の大量殺人事件、警察官による黒人射殺は、マスコミによるデッチ上げで、実際にそんな事件は起こっていないと言うのです。よって、悪魔に操られている人たちを消滅させるため、殺さなければこの世は良くならない、とまで言うのです。それができる人間、救世主がトランプ元大統領だ、こんなコンスピラシー・セオリーを信奉する共和党員が29%もいると、NPRの統計にあります。

ラスベガスのあるクラーク郡の学区は、3万人以上の子供たちが学んでいる大きな学区です。そこの教育委員に元ミス・ネヴァダ(ラスベガスのある州です)のケーティー・ウイリアムズさんが選ばれました。女盛りの30歳になるとても魅力的な女性です。ところがケーティーさん、大変な極右で、Qアノンの強い信奉者だったのです。口憚ることなく、コロナウイルスを中国ビールス、中国の陰謀で、アジア人バッシング、ユダヤ人排斥を公開の席で主張し始めたのです。

とんでもない人を教育委員に選んでしまったと気づいても後の祭りです。幸いというか、7人いる委員は、彼女がマスクを拒否しているので、会合に出席させない状況ではありますが…。

カリフォルニア州のハティントンビーチ(人口20万人です)の市会議員に、ティト・クオティズさんが当選しました。ティトさんは元ウルティメイト・ファイト(金網の中で試合をする、なんでもありの喧嘩格闘技)のチャンピオンで、政治経験ゼロでした。

彼も、絶対にマスクをしない、コンスピラシー・セオリーを楯に、コロナウイルスは民主党政府の陰謀であると公言しています。そんな人に投票するQアノンのシンパサイザーがたくさんいることに呆れてしまいます。ティトさんは2022年の選挙には一挙に市長になる…と意気軒昂です。

もちろん、ハティントンビーチの住人の皆が皆、Qアノンのサポーターではありません。同市の市会議員、ダン・カルミックさんは、ティトさんのような人間が市会議員になることは私たちの町の恥とコメントしています。 

北西部のワシントン州、風光明媚なオリンピック半島にあるセグイムという小さな町で、2020年から市長を務めるウイリアム・アルマコストさんは、市長選の時、愛国、真実で自由な情報公開、子供たちを悪魔の手から救えをキャッチフレーズに当選しました。彼がまた熱烈なQアノン信奉者で、コロナ禍の真っ最中に大型モーターサイクルで徒党を組み、ツーリングに出かけたり、市議会でも、どこでもマスクはしない、マスクは必要ない、悪魔の煽動に踊らされるな…とインターネットに書き込み、言明しています。

カリフォルニア州、サンルイスオビスポという市の7,500人の学生、生徒さんがいる学区の教育委員、元教師のイヴ・ドブラー・ヅリューさんはコンスピラシー・セオリーのプロパガンダ動画をインターネットに流し、公然と1月6日の国会議事堂乱入、殺害を支持しています。

来週に続きます……。

-…つづく

 

第709回:“Qアノン”への恐怖 その2

このコラムの感想を書く

 


Grace Joy
(グレース・ジョイ)
著者にメールを送る

中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

■連載完了コラム■
■グレートプレーンズのそよ風■
~アメリカ中西部今昔物語
[全28回]


バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第100回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで
第301回~第350回まで
第351回~第400回まで
第401回~第450回まで
第451回~第500回まで

第501回~第550回まで
第551回~第600回まで
第601回~第650回まで
第651回~第700回まで

第701回:銃を持つ自由と暴力の時代

第702回:命短し、恋せよ、ジジババ
第703回:美味しい水のために… その1
第704回:美味しい水のために… その2
第705回:家族崩壊の危機、非常事態宣言 その1
第706回:家族崩壊の危機、非常事態宣言 その2
第707回:ミニマリストの生き方


■更新予定日:毎週木曜日