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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第858回:スマホはエゴイスティックな道具?

更新日2024/07/11


私たちの山裾の生活ではスマホやiPhoneがなくても別に支障はありません。第一、携帯やWIFIの電波、シグナルが不安定で、そんな道具を使えないからです。これはこの台地に住む住人、主に牧場関係の人たちにとっても同じで、誰もスマホなんか持っていません。下の谷間の町まで通っている人は持っているでしょうけど…。

病みつきになってしまったドイツ、ライプチッヒで開かれる『バッハ音楽祭』に行ってきました。この田舎町から旧東ドイツの中都市まで飛行機を4回も乗り換えての旅でした。それでも、音楽祭はとても素晴らしいものでした。

でも、ここで書きたいのは音楽祭のことではなく、一歩この森の高原台地を離れると、スマホ文化圏?に入ってしまい、スマホを持っていないと人間扱いされないことです。「私たちが住んでいる所に電波が届かないから…」と言うと、そんな地域がアメリカにあるのか、お前たち月の裏にでも住んでいるのかという顔をされます。
 
航空券や音楽祭の切符48枚は去年の11月に購入しているのですが、それらはすべてペーパーレス、印刷された紙はなく、スマホのバーコードではなく、なんというのかしら、例の小さな四角模様のスマホコードで済むようなのです。今回の旅行の第一歩、この田舎町の飛行場でチックインし、搭乗券を貰おうとした時、いきなりチエックインするスーツケースは1個75ドル、二人分2個で150ドルだと言われました。

今まで、国際線ですとスーツケース2個まで無料でしたから、私たちは大西洋を越えドイツまで飛ぶのだから無料のはずだと抗議したところ、航空会社のポリシーが変わり、エコノミークラスの乗客は大西洋を越える便においては75ドル徴収することになった、それは前もってテキストメッセージを乗客全員に送っているはずだというのです。

スマホを持たない私たちにはテキストメッセージを受け取ることができません。結局、私たちの小さなスーツケースは機内持ち込みにしました。150ドルをケチったのですが、これが大正解で、乗り換えの便、デンバーとワシントンDCでギリギリでしたから、とてもチェックイン荷物を積み替える時間などなく、私たちも、車の付いた小さなスーツケーを引っ張りながら、懸命の力走でやっと間に合ったのでした。
 

さて、ドイツ、ライプチッヒの飛行場について、飛行場から街の中心までとても便利な電車が走っていて(ヨーロッパ、日本のどこの街でも公共の交通がまるで当たり前のように飛行場と街とを結んでいますが…)それに乗るため、ホームにある自動販売機で切符を買おうとしたのですが、なんという自動販売機なのでしょう、その使い方が判明するのに30分はかかったと思います。これもクレジットカードかスマホがなければ現金ではお釣りがないからダメという表示が出てくるのです。

私たちが散々苦労しているのを見ていた地元のお兄さんが、ともかく電車に乗ってしまえ、もし検札の車掌さんが来たら、自動販売機が故障していたとかなんとか説明すれば良いし、飛行場から街まで駅二つの近い距離だから、それにあなたたちは外国人旅行者ミエミエだから、見逃してくれる可能性が大きい…との助言をしてくれたのです。結果、私たちはドイツの鉄道でタダ乗りしてしまったのです。
 
『バッハ音楽祭』のコンサートでは、教会の入口にスキャナーを持った若いボランティア風のお兄さん、お姉さんが一応入場者の切符をチェックしているのですが、まず90%以上の観衆はスマホをかざすだけで入場しているのです。私たちはインターネットでチケットを購入していますから、それを一度ダウンロードし、自分のプリンターで印刷し持参していたのですが、入口のお兄さん、お姉さんたち、あれ? 今時紙の切符、しかも自分で印刷したチケットなんか信用できるのかな~といった表情なのです。

なんとか演奏会場に入って驚きました。大昔日本で“携帯を持ったサル”という若者の携帯文化をバカにした本がチョットしたベストセラーになりましたが、こんな硬派のクラシックコンサートに来る人はお年寄りが圧倒的に多く、皆さんハゲか白髪、女性の場合、そうでなければ染めているご老体なのですが、彼らは揃いも揃ってスマホで写真を撮っているのです。

そしていざ演奏が始まると、その曲の楽譜、歌詞をスマホで見ているのです。ドイツ、プロテスタントの教会音楽ですから、歌詞は例外的にラテン語のものもありますがほとんどドイツ語です。顔見知りになった米国人、イギリス人、南米からやってきた人たちは、同時通訳のようにドイツ語から英語、スペイン語に翻訳されスマホに表示されるからとても素晴らしいと絶賛しています。日本人のマニアの方々はあらかじめ、日本語に翻訳された歌詞をプリントして持参していました。
 
でも、教会のコンサートでスマホ、大きめのタブレットの白い光の表示は他の人にとってとても迷惑です。さすがに携帯電話のピッピー音をたてる人はいなくなりましたが、スマホやタブレットで楽譜や歌詞を見る人が放つほのかな白い光は、ほとんど光の公害と呼びたいくらいです。
 
最近少なくなりましたが、携帯電話で初めの頃、ところかまわず大声で喋りまくる人がいましたが、スマホ時代に入り、スマホの画面に没頭し、周囲に目が入らなくなっている人種が増えたように見えます。それも“携帯を持ったサル”になったのは若い世代だけでなく、旧人類のご老体連が“スマホ持った類人猿”になってきたようなのです。
 
携帯の電波も届かない山奥に住んでいる山猿が何を言うか、お前の森に引っ込んでいろとスマホ族に言われそうですが……。

-…つづく

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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