第810回:退役軍人“ベテラン”のこと
日本で“ベテラン”というと、その道の達人、熟練した人を指しますね。例えば「あの看護さんは大ベテラン」と言えば、経験を積んだ、優れた人の意味になるのではないでしょうか。
アメリカではそのような意味に使われることはほとんどなく、“ベテラン”と言えば退役した軍人のことになります。「あの人はベトナム・ベテランだ」と言えば、ベトナム語が話せ、ベトナムの事情に詳しい人のことではなく、ベトナム戦争に駆り出された退役軍人を意味します。
私の父は実際に韓国の戦場に行っていませんが、朝鮮戦争の時召集され、軍役についています。ですから、朝鮮戦争ベテランに分類されます。おかげで、全米にある軍人病院をタダで利用できますし、わずかですが恩給も入ってきます。その上、耳が遠くなったのは訓練で大砲の音が原因?だとされ、その保証も月々の恩給に加算されます。さらに、非常に高価な補聴器もタダで支給されています。
プエルトリコに住んでいた時、恩給暮らしのベテランが多いのに驚きました。実際に立派に働ける肉体を持っていながら、偏頭痛がする、神経痛が起こる、手先が痺れる、心理的に戦争のトラウマが残り落ち込むなどの医学的に証明できない症状で、私の給料と同じくらいの恩給、補助金を受けているベテランがたくさんいたのです。
父が受けている軍人恩給、軍人健康保険は実にありがたいもので、貰えて良かったと思っていますが、それらはすべて私たちが払う税金から出ているのです。
退役軍人、ベテランは、第二次世界大戦の18万人、朝鮮戦争で80万人、ベトナム戦争の565万人、湾岸戦争の400万人、そしてワールドトレードセンター爆破以降でも400万人に及び、そんな膨大なベテランを税金で養っているのです。これには現役の職業軍人の給料などは含まれていません。
ウチのダンナさんに言わせれば、「アメリカの政治でいかなる進歩派、社会主義的政党でも、このベテランの補償と無税で野放しになっている宗教団体への課税に手を付けることができない、腐った因縁だ」ということになります。
ベテランへの優遇を止め、国民全体を広く視野に収め、ベテランだけを特別に扱わず、軍人関連の人だけを対象にせず、本当に必要な人々に医療保険を受けられるようにするのが本筋でしょう。その医療保険の中にベテラン、軍人も含めるべきなのです。アメリカ人全体が軍人、ベテランを甘やかしすぎているのです。
ついでに言わせて貰えば、宗教団体のことです。アメリカ国内を車で旅行するとすぐ気づくことですが、小さな町にも立派で豪壮な教会がいくつもあることです。たとえそれが信者たちの寄付金で賄われているにしろ、よくぞこんなに立派な教会を建てることができるものだと、呆れるほどです。それは、宗教団体が税制の外にあるからです。もちろん固定資産税など払っていません。寄付する方もその分税金が控除されるので、所得税として税務署に取られるくらいなら、教会に寄付しよう…ということになります。
アメリカは信仰の自由を大看板に掲げて生まれた国ですから、その本筋を固持するのは分かります。ですが、宗教団体に名を借りた政治的色付けの濃い団体が生まれ、伸びてきているのです。政教分離を見極めるのが難しくなり、分離どころかますますビッタリと癒着する傾向が強まっています。
そんなことは分かっていても、誰も、今までどの大統領も手を付けることができません。ベテランへの補償、年金制度も同様です。
アメリカの儲け主義医療システムの中において、ベテラン病院だけが全米ネットワークで患者さんのデーターをシェアし、どこの町のベテラン病院へ行っても、過去にどんな治療を受けたかなどの病歴が分かり、お医者さんが即適切な治療を施すことができるようになっている優れたものです。それをベテラン病院に限らず、全米ネットワークにし、日本の国民保険のように、誰でも利用できる方向に持っていくべきだと思うのですが、ベテランたちは、一度掴んだ既得権益を国民全部に拡大しようとは夢にも思っておらず、ひたすら一度掴んだ権利を固持し、自分の取り分だけを多くすることしか考えていません。
退役軍人、ベテランはもちろん軍と結びつき、異常に大きな圧力団体になっています。もし、勇気ある政治家が軍の政策、ベテランへの恩給を見直す、変えるとでも言い出したら、確実に暗殺されるでしょうね。なにせ彼らは銃の扱いにおいてはプロ中のプロなのですから…。
自分の父親が享受しているベテランへのサービスをありがたいことだと感謝しながらも、退役軍人、ベテランへの扱いは、やり過ぎで、いつか変革しなければならない大問題だと思っています。
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