■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から


Grace Joy
(グレース・ジョイ)



中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。




第1回~第50回まで

第51回:スポーツ・イベントの宣伝効果
第52回:国家の品格 その1
第53回:国家の品格 その2
第54回:国家の品格 その3
第55回:国家の品格 その4
第56回:人はいかに死ぬのか
第57回:人はいかに死ぬのか~その2
第58回:ガンをつける
第59回:死んでいく言語
第60回:アメリカの貧富の差
第61回:アメリカの母の日
第62回:アメリカの卒業式
第63回:ミャンマーと日本は同類項?
第64回:ミャンマーと民主主義の輸入
第65回:日本赤毛布旅行
第66回:日本赤毛布旅行 その2
第67回:日本赤毛布旅行 その3
第68回:スポーツ・ファッション
第69回:スペリング・ビー(Spelling Bee)
第70回:宗教大国アメリカ
第71回:独立記念日と打ち上げ花火
第72回:ティーンエイジャーのベビーブーム
第73回:アメリカで一番有名な日本人
第77回:ロパクってなんのこと?
第78回:派手な政治ショーと選挙


■更新予定日:毎週木曜日

第79回:「蟠桃賞」をご存知ですか?

更新日2008/09/25


大阪府が贈る日本文化の研究や紹介に業績のあった人に送られる「バントウ(蟠桃)賞」という名前だけは知っていました。

日本文学の優れた翻訳者に贈られる「ドナルド・キーン賞」と並び日本に関心を持つ外国人に知られている賞です。歴代ドナルド・キーン、ジョイス・アクロイド、フィリッツ・フォス、金思、エドワード・サイディンステッカー、アール・マイナーなど、呼び捨てにするにはあまりに偉大な人たちが蟠桃賞を受賞しています。

それほどすごい賞なのですが、日本の友人、大学関係の人たちに聞いても誰もそんな賞のことを知らないのです。おそらく山片蟠桃の郷里、高砂の人か、賞に関係している大阪府文化部の人くらいしか知らないのではないでしょうか。とはいっても私も、蟠桃は福島県の美味しい桃で、蟠桃賞は番頭さんのバントウ、日本の文化の番頭さんだと思っていましたから、偉そうなことは言えないのですが。

古い、あまり現実的でない雑学を妙によく知っているウチのダンナさんに、「山片蟠桃って誰? 何をした人」と教えを請いました。以後、ダンナさんの請け売りですから、ホラが入っているかもしれません。

何でもバントウさんは江戸時代の終わり頃の人で、播州の田舎から、大阪の升屋へ丁稚奉公に出され、そこで"番頭"さんになったそうです。ですから、わたしの思い違いもまんざら的を外れているとは言えません。番頭になった蟠桃さんは、潰れかかった仙台藩と升屋両方をお米の相場で建て直し、『聖人は米相場なり』という名言を吐いたそうです。

まだまだダンナさんの説が続きます。山片蟠桃の偉いところは、相場取引で大成功しただけでなく、大変な勉強家だったことです。その当時、お上公認の朱子学を学びましたが、彼の思想は幕府認定の学問の域を超え、"人に上下なし"という、ルソーばりの民主主義の基本とも言えるものでした。どこから仕入れたのでしょうか、地球は太陽系の惑星の一つであり、地球が動いていると、まるでガリレオかコペルニクス並みの科学的見識さえ持っていたようですし、山片蟠桃さん、現実から目をそらさない科学的な人権思想を持っていたようです。

私が、日本の側面を垣間見る時にいつも驚かされるのは、兵庫県のド田舎から出てきたお百姓の次男坊が、丁稚奉公を経て、当時の日本で最高の知性人となったことです。日本の歴史の奇跡だと思えるのです。そして日本の歴史には、その様な奇跡がよく起っています。

そんな蟠桃さんの名前を付けた賞を創るとは大阪府もなかなかやりますね。

今年の蟠桃賞は、エドウイン・クランストン教授に贈られました。日本の古典を学ぶ英語圏の人にとって、クラストン教授(ハーバード大学)は高くそびえる塔のような学者で、和泉式部日記の英訳や、詳しい解説をつけた『ワカ・アンソロジー』では1,578首の歌を英語圏の人に開いてみせてくれました。今回は、さらに2,724首を『ワカ・アンソロジー』の続編として英訳し、受賞の対象になりました。

和歌や俳句を翻訳する…と言うと、日本人は即座に、「そんなことは不可能だ。日本語の持つ韻律が失われてしまうから翻訳する意味がない」という理論を持ち出します。そんな人は、日本語に訳された西欧の詩がいかに大きな影響を日本の文学、文化に与えてきたかを忘れているのでしょう。フランス人もボードレールをフランス語以外に訳するのは不可能だとよく言いますが…。

もう一つの賞、「ドナルド・キーン賞」として知られている、日米友好基金日本文学翻訳賞は、カナダに住む鵜沢梢さんとオーストラリアに住むアメリア・フィールデンさんの共同作業で『観覧車』(Ferris Wheel)と名付けられた和歌の翻訳集に贈られました。こちらの方はグッと現代的な歌が主流で、寺山修司、河野裕子、俵万智の歌をリズム感よく訳しています。

古典文学部門では、アリゾナ大学の教授アンソニィー・チェンバースが『雨月物語』の訳で受賞しました。

偉い先生が何年もかけた偉大な仕事を見ていると、お相撲と日本食が好きなだけの我が身が情けなくなります。少しは反省し、もっと身を入れて真剣に日本語を勉強しなくては・・・と思ってはいるのですが・・・。

 

 

第80回:日本の国際化と国際化した日本人