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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第775回:アルコール、この美味しくも痛ましい飲み物

更新日2022/10/20


私の義理の妹の母親が亡くなり、その葬儀に行ってきました。父親の方は数年前に死んでいます。夫を亡くしてから、彼女は一気に花開くように活動的、外交的になり、すぐにもボーイフレンドを見つけ、再婚するのではないかと思わせましたが、癌に倒れてしまいました。三人の娘さんが葬儀を司り、長男でかつただ一人の男の子が、と言っても62歳になりますが、葬儀に来ていなかったことに気が付きました。

彼は中年になる前から、制御装置が壊れたのでしょう、食べるだけでなく、アルコール依存症になり、超大デブになり、アル中リハビリセンターに出たり入ったりしていました。何度か絶望視されましたが、その都度持ち直し、どうにか生き延びてきたのです。ところが今回は、自分の足で歩くことどころか、車椅子にも座っていられない病状で入院し、母親の葬儀に出席すらできなかったのです。

私の甥っ子も一時酷いアル中でした。一時というのは、彼、離婚し?離婚され? 自分の好きな庭師というのか、大学の広大なキャンパスの木々、芝生、花壇の世話をする仕事に就いたのがきっかけになったのでしょうか、危ういところで、浴びるように飲んでいたビール、お酒をピタリと止め、同時にタバコも止め、休日には渓流下りにのめり込み、川沿いでのキャンプを楽しむようになり、アルコール中毒から脱出したのです。あのままでは、アメリカ的大デブ・アル中になると思われた身体も引き締まり、再生したのです。まさに危ういところでした。

ダンナさんの友達でも、アル中気味だった人はどんどん亡くなっています。と言っても、同級生はもう歳だから呑み続けたツケが出てくる頃だとは言えます。同じ歳で異常に元気なウチのダンナさんと比べると、その違いの大きさに唖然とさせられます。呑み続けている友人たちはヨレヨレそのもので、私がちょっと小突いたら、ひっくり返りそうな状態なのです。プツンときて、まだ生き延びている人もいますが…。身体に悪いと知りながら、どうしてあんなに飲み続けるのでしょうか。

私も一度、アル中のホンノお触り程度を味わったことがあります。カリブ海クルーズでしかもスイートのキャビン、レストランではワイン、シャンペン飲み放題、その上、毎日午後にカッコイイオードブルにカキっと冷えたシャンペンがひと瓶キャビンに届けられるという環境に2週間旅した時のことです。こんな身分不相応の待遇を受けたことがありませんでしたから、口を開けたシャンペンを残すなどできなかったのです。

ダンナさんの方はすぐにスッパリとシャンペンを止め、その分私の分が多くなり、毎日ひと瓶、プラス食事時のワインで2週間過ごしたのです。船を降りて、最初の何日間、アレっ、今日はシャンペンがないの、と口寂しい感覚が湧いてきたのです。呑み続けるのが身体に染み付き、習慣化していたのです。私は体質的にアルコールに強いらしく、酔っ払うようなことは今まで一度もありませんでしたが、あのまま飲み続けていたら…と思わずにいられません。

スペインで哺乳瓶に水割りのワインを入れ、赤ん坊に飲ませているのを見た時には本当にびっくりしました。あれはソムリエになるための一種の天才教育なんでしょうか。

ウチのダンナさんはビールでも何でもほんの僅かアルコールが入っている飲み物を一口啜るだけで全身が真っ赤になるほど、アルコールに弱く、強いリキュールなんか、匂いを嗅ぐだけで酔っ払うタイプです。彼は「人間が正直にできている体質なのだ」とか言っています。少し飲むと即ぶっ倒れる、アル中になり得ない体質のようなのです。半年以上前に私の従兄弟が来たときに買っておいた缶ビールが、未だに冷蔵庫に入ったままです。

歴史上、アルコールで身を縮めた人がたくさんいます。

ウェールズの詩人のディラン・トマス(Dylan Thomas)は、赤ちゃんの時にミルクよりビールに手を出したと言われるくらいアルコール漬けの生涯を送りました。素晴らしい詩を残してくれましたが、39歳で亡くなっています。ボブ・ディランはこのディラン・トマスの詩にイタク感動し、ディランの名を引き継いでいます。どこか酔っ払ったような歌い口のボブ・ディランの方はアル中ではなさそうですが…。小説家のジャック・ケルアック(Jack Kerouac)もシラフの時があったのかどうか、酔い続け47歳で亡くなりました。

ハリウッドと芸能界に目を移すと、いるはいるは、よくぞ酒瓶手にしないであんな演技ができたものだ、歌えたものだと呆れ果てるほどです。

往年の大スター、エロール・フリン(Errol Flynn)、リチャード・バートン(Richard Burton)、ウィリアム・ホールデン(William Holden)、歌手ではハンク・ウィリアムズ(Hank Williams)、ビリー・ホリデイ(Billie Holiday)、最近亡くなったアレサ・フランクリン(Aretha Franklin)、アルコールだけでなくコカインも併用していたジャニス・ジョプリン(Janis Joplin)、ジミ・ヘンドリックス( Jimi Hendrix)と時代はアルコールからヤクの時代に入っていくのですが…。

文学、詩の分野でなんと多くワインやブランデー、コニャックが謳われ、書かれていることでしょう。中国の大詩人李白も終生大酒を呑んでいて、最後酔っ払って池に映った月を取ろうと水にはまり、溺れ死んだと言われています。これを正に本望だと取るか、アル中の身の成りの果てと取るかは、あなたがどれだけアルコールの力、慶事を認めているか、知っているかによるんでしょうね。

李白が最後に観た池に映った月は、彼が掴もうとした瞬間にチリジリになり砕けたことは確かなことだと思うのですが…。

-…つづく

 

 

第776回:無視できない空気汚染、“オナラ”

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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