第844回:冬山での雪崩の恐怖
今年のスキーシーズン、無事に終え、帰ってきたところです。
私たちが過ごすスキー場はロッキー山脈の分水嶺に近く、標高が富士山のテッペンくらいの高さがあります。スキー場自体管理がとても良く行き届いていて、ゲレンデ・スロープ、林間コース、冬山歩くスキー、山スキーができるところなど、とてもバラエティーに富んでいます。ヨチヨチ歩きの子供から、エキスパートまでのスキー教室も開かれていますが、ほかに山林自然ツアーとか、冬の動物たち、小鳥を観察する雪山散策などがあり、私たちも二度そんなロッキーの自然をもっとよく知るための雪山ツアーに参加したことがあります。
そんな様々な企画の中でユニークなのは、雪崩を知り、どう対処するかのクラス、研修会です。
自分で参加したことがないのに、語るのはチョット気がひけるのですが、何度も雪崩研修会の実地を見ているし、すぐ近くで、何をやっているのか観察しましたから、マアー、ほんの少し語ることができると思います。それに大きな雪崩を体験したことこそはありませんが、夏山で、雪崩の爪痕を目にすることは始終あります。
通常、雪崩のイメージは急な斜面やVの字になった山峡を雪煙をあげて真っ白い大量の雪が流れ落ちてくるというものでしょう。ですが、その真っ白い雪煙の下に倒された木々、大量の岩が同時に猛烈なスピードで雪と一緒に転がり落ちて来ているのです。あんなモノに巻き込まれたら、一巻の終わりだと思わせます。
私たちの老雪ヤギグループのメンバーではありませんが、この界隈ではチョット知られたベテランスキーヤー、とりわけ、冬山のプロ的な存在だったエリックが雪崩に巻き込まれ死亡しました。
こちらでバックカントリー・スキーと呼んでいる、冬山のスキー、幅の広いスキーに滑り止めのスキン(昔はアザラシの皮、今では人造の薄い帯状の布をスキーの裏に貼り付けて登り、降る時には取り外す)を装填して40~50度くらいの急斜面をジグザグにではなく、直接登ることができます。
降りる時には、貼り付けたスキン(シール)を外し、深い雪を滑り降りてくる山スキーの醍醐味を味わうと、もうゲレンデスキーなんかバカらしくてできないといいます。そんな感覚は十分わかります。
市や国が管理している公園の散歩と山登りの差と言って良いでしょうか。冬山のスキーは一面真っ白な処女雪を踏み締めて登り、降りてくるのですから、道やコースなどありません。どうしても人里離れた、奥へ奥へと進むことになります。
エリックは4人のスキー仲間と一緒でした。彼が先頭でラッセルと呼んでいる、スキーの幅の道をつける役を担っていました。そこへ雪崩が発生し、先頭を行くエリックだけが爆雪に巻き込まれたのです。
小規模の雪崩でしたが、運の悪いことに、ほんの20~30メートル下ったところが崖になっていて、エリックはそのまま滑落し、頭と首を強く打ち死亡したのです。
せめての慰めは、雪に埋もれ、圧迫され、窒息したのではないことです。後の調査で、エリックと彼の仲間たちは冬山の経験も豊かで、装備も万全だったことが判りました。
冬山に登る人はショックがあると自動的にパーンと膨らみ雪崩の表面に浮いているような仕掛を、車に装備されているようなエアーバックを背負っており、それがほとんど標準装備になっています。それでも冬山の事故、遭難は起こるものなのです。
先週、羊蹄山の北の急斜面で地元の山岳ガイドが付いていた5人のパーティーが雪崩に巻き込まれ、ニュージーランドから来た二人が亡くなりました。また、利尻富士でも8人のグループが東斜面で雪崩に遭遇し、44歳の女性が亡くなりました。
スイスのツェルマットで5人の家族が猛吹雪のため、進退できず、動けなくなり、雪洞を掘って風を避け、吹き荒れるブリザードが治まるのを待とうとしましたが、全員凍死しています。そのうち一人の遺体が見つかっていません。おそらく救援要請のため、下山しようとしたのでしょう。1ヵ月前にも同じ場所でイギリス人が亡くなっています。
暖房の効いた家にいる人々は、「冬山を甘くみるから遭難するのだ」とよく言いますが、冬山に足を踏み入れる人で、“冬山を甘くみる”、そんな人はまずいません。皆山を愛すると同時に畏怖しているのは確かです。それでも、山の事故は起こるのです。
私たちが堪能しているスキー場でも、積雪がある度に人口雪崩を起こすための大砲の音が響き渡っています。身を安全なところに置き、遠くの雪崩を見るのは、実に壮観です。大自然のドラマを観ている気持ちになります。
現場に偶然からにしろ居あわせた人にとっては、それが悲劇になるのですが…。
-…つづく
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