第886回:抜きん出た女性たち その5
ジェーン・グドール(Jane Goodall;1934年~)
ジェーンは小柄で、細面、とても気品のある顔立ちをしています。私にはとても彼女のような気品はありませんが、よくジェーン・グドールに似ていると言われます。そのために特別な近親感を抱いているわけではありませんが、彼女の記録映画、記事はよく観、目を通します。
ジェーン・グドールは言うまでもなく、チンパンジーの研究というのか観察で有名な動物行動学者です。
ジェーンはロンドンっ子でアウトドア、自然に溶け込むような環境で育ったわけではりません。幼少の頃から動物好きな普通の少女だったようです。大戦前の1934年生まれですから、少女時代を戦時下で過ごしたことでしょう。
私立高校を出てすぐにオックスフォード大学で秘書の仕事に就いています。その頃から彼女は何としても、動物、自然がいっぱいのアフリカに行きたい、間近に野生の動物たちを見たいという願望がつのり、アルバイト的な仕事もしています。
当時、イギリスでは女性の仕事は秘書か看護婦、小中学校の先生くらいしかありませんでした。しかも、看護婦も教員職も、大学を出て学位を取るなどの資格が必要でした。ジェーンは大学に行っていませんから、そんな学位もなく、あるのは溢れるばかりの情熱だけでした。
しかし、何かを成し遂げるのに必要なのは情熱です。情熱と対象に向かう真摯な集中力がなくては何事も成就しません。ジェーンのアフリカ、そして野生の動物に対する熱い思いは、他の人、とりわけアフリカ、動物に関係している人に伝わったのでしょう、高名な霊長類の研究者ルイス・リーキー博士がジェーンを秘書として採用したのです。
ジェーンの資質を見抜いたリーキー博士は、彼女をタンザニアのジャングルでチンパンジーの生態を研究させるため、現地に彼女を送り込んだのでした。
そして、そこで有名なチンパンジーが道具を使う事実を観察し、報告したのです。
それまで、いかなる動物も道具を扱うことなど、しない、できないとされていたのを覆し、細い木の枝を蟻の巣に入れ、その枝に付いてくる蟻をスーッとなめり取るようにして蟻を食べ、また同じ棒を蟻の巣に突っ込み、蟻が取れなくなるまで繰り返す様子は記録映画、ナショナル・ジオグラフィック誌にカラー写真で載り、我々に衝撃を与えたものです。
チンパンジーはバナナの皮を剥いて食べる、高等な草食動物と考えられていましたから、蟻を食べることもショッキングでした。確かに蟻、昆虫はそれだけで完全食品に近い食料なのですが。
日本サルの研究、フィールドワークで観察する時、個々のお猿さんに名前を付け、また、盛大な家系図、血統図を作るのが当たり前になってきていますが、それをジェーンは野生のチンパンジーに対して行い、チンパンジーにも人間同様のアイデンティティ、個性があり、個体差が大きく、それぞれの個体に応じて、チンパンジー社会の構成員?になっていることを見極めたのです。
正規の大学教育を受けていないジェーンは、当初、マスコミ受けのする写真入りのレポートを次々と発表する、ド素人のアマチュア動物愛好家だとみなされ、学会からは白い目で見られていました。
ですが、ルイス・リーキー博士はジェーンのフィールドワーク、それに基づくレポート、論文は動物学会で立派に通用する論文であると、ジェーンを後押しして、ジェーンのために特別基金を設け、ジェーンをケンブリッジのダーウィン・カレッジに入れ、大学を卒業せずにいきなり大学院に入れ、ジェーンは1966年に博士号を取得しています。
打ち明けて言えば、私は地方の大学で教職にありましたが、明晰な頭脳を持ち、かつひたむきな情熱を持っている生徒さんは滅多にいません。何百、何千という生徒さんに接してきましたが、2、3人いたでしょうか…。
ジェーンは、その後もアフリカから楽しいレポートをたくさん送ってくれました。
同時にあちらこちらで講演を行い、チンパンジーの社会を世に知らせました。同時に、文字通り世界中の大学から、それまで全く無視されていたのが信じられないくらい、まるで手の平を返したかのように、引っ張りダコで、名誉教授職が殺到するようになり、京都大学から名誉博士号まで贈られています。
そして、野生動物の研究、教育、保護団体『ジェーン・グドール研究所』を設立しました。また、2002年には国連の平和大使に任命されたり、故エリザベス女王から勲章を貰うまでになりました。男性の場合は“サー”になるのですが、女性は“ディーム”と呼ばれるようになるそうです。
彼女が取得した“賞”たるや、ノーベル賞以外はすべて?ではないでしょうけど、ここに羅列するのさえ、うんざりするほどの数に上ります。
またまた、ジェーン・グドールに関する種本ですが、自伝は『チンパンジーの森へ』(1994年刊)が読みやすく、率直に自分を吐露しているように思います。もちろんチンパンジーの観察記録は膨大な数に上ります。
ジェーンは子供向けの本、孤児になったチンパンジーと犬との物語なども書いています。また、フィールドワークの時の食卓、料理の本と、彼女の幅広い人格そのものを表すように、動物保護、アフリカの自然保護の活動、講演を行っています。
ロンドンの下町生まれの少女は、体こそやせっぽちですが、白髪頭を無造作に後ろに束ね、自分の信じることのため世界を飛び回っているのです。


ジェーン・グドール
(Jane Goodall;1934年~)
-…つづく
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