第46回:古城の亡霊
更新日2003/01/30
チャイナマフィア事件以来、シスコ在住の日本人から変な依頼の電話が頻繁に入るようになった。同棲していた米国人の彼と別れたいが、怖いので一緒に来て引越しを手伝って欲しいとか、隣に住むギャングの住人の騒音がうるさいが、怖いので一緒に注意して欲しいなど、まるで私はボディーガード兼「武装可能な便利屋」だった。
このようなケースでは、やはり日本人同士の方が安心するのだろう。この時期ちょうど一人暮らしを始め、家賃を払う余裕がなかったので、特に危険なケースを除き、夜はそんな雑用に近いアルバイトをしてしのいでいた。
ある日、アパートで愛車のポンコツ・サニーの整備をしていると、電話が鳴った。油だらけの手で受話器を取ると若い日本人女性からの電話だった。
「あの、部屋に幽霊が出るので退治して欲しいのですが……」
「幽霊!?」
私は、思わず声をあげた。
「そうなんです。怖くて夜も寝れないので、何とかして欲しいの。お礼はしますから……」
半信半疑で、私は話を聞いていたが、彼女の恐怖に怯えたその声は冗談とも思えなかったのだ。とりあえず、彼女の住所を聞いて、明日の夜に彼女のアパートを訪問することにした。
すぐに、同僚であり、物知りの日系人アレンに電話をした。そして、彼女の住所を伝えた時、彼の口調が変わった。
「まずいな、あそこは出るよ」
シスコには、未だ古いアパートが多く、1906年の大地震の前から建っている19世紀以前の建物も多い。しかも心霊スポットも数多いらしいのだ。私には霊感のカケラもなく、まして幽霊に対する恐怖心は皆無だった。が、今回の依頼はあまりにも異色なため、彼と組むことにした。
20世紀もあと数年を残すだけのこの現代、そんな非科学的な現象が果たして起こるのであろうか?
マーケット通りにあるそのアパートは、ワトソン・プラザという古いアパートだった。その夜も辺りに名物の濃霧が立ち込め、肌寒い夜だった。アレンと私を乗せた古いエレベーターは、ゴーッと機械音をたてて4階まで上がった。建物内は暗く余計に不気味である。部屋をノックすると、ガチャリと鉄の錠前が開いて、依頼主のY子が姿を現した。
部屋に入ると、重厚なビクトリア調の古い家具が置いてあり、ここも間接照明のためか薄暗かった。それは、まるでヨーロッパの古城の中にいる感覚だった。我々は、革張りのソファーに座り、Y子に詳しい事情を聞くことにした。
毎晩、10時頃になると、リビングの家具やキッチンの食器が勝手に音をたてて動き出し、テレビも勝手についたり消えたりしてしまうらしいのだ。その話を聞いたアレンは、
「ポルターガイストか……」
と一言呟く。これは、西洋に多い一種の心霊現象で、原因は未だ解明されていない。しかも、Y子の表情を見ると、連日の恐怖のあまり精神的にかなり参っている様子だ。
アレンは、「これを…」と、バックからビンを取り出して机の上にゴトッと置いた。なんと、教会からもらってきた聖水らしい。そして、次は「これも…」と、銀色の十字架が3つ出てきた。そして、最後に私に手渡された物を見て驚いてしまった。
それは、何処で仕入れたのか、私とアレンが使用している45口径の実弾で、弾頭が銀でできているのだ。昔から銀の弾は、悪霊に効果があるといわれているのだ。しかも、部屋の中で発砲しても大丈夫なように威力を落としてあるらしい…。
霊の存在など信じない私にとって、極めて非常識な装備に思えた。が、当の本人は真剣だった。私は、言われるがままに、銀の弾を1911A1に一発装填して、安全装置を掛けてショルダーホルスターに差し込んだ。それを見ていたY子は、恐怖のためか十字架を手に震えていた。
夜9時、その夜はやけに部屋の中が冷え込むので、Y子は私たちのためにショットグラスにブランデーを注いでくれた。そして彼女もそれを一杯飲み干すと、よほど疲れているのか、我々が居るから安心しているためか、隣のベットルームに入り、寝入ってしまった。
夜10時、怪現象が起こる時間だ。が、静寂が我々を包んでいる。私も、未知への恐怖で少し落ち着かなかったが、それを見たアレンは、無言でブランデーを私のグラスに注ぎ足して、トランプをテーブルに広げた。今度の相手は、武装している訳ではない。気長に待とうということらしい。私たちはブランデーをチビチビやりながらポーカーをした。少しアルコールが廻ったので、リラックスできた。
11時を廻った時だった。なにか少女のヒステリックな悲鳴が、遠くで聞こえたような気がした。アレンもそれに気付いて、握っていたトランプをテーブルに落とした。ソファーから立ち上がると同時に、私たち二人は、ホルスターのGUNにすでに手を伸ばしていた。そして、互いをカバーするために背中合わせのポジションを取った。
私はキッチンエリアを注視していたが、思わず目を疑った。スーッと音もなく食器を収納してある扉が開いたのだ! 同時に後ろで、リビングにある本棚がギシギシと音を上げ出した。本棚に飾ってあった写真入れが、ゴトンとフロアーに落ちた。
「地震か?」
「いや、きたぞ!」
咄嗟にGUNを抜いたが、しかし当然、敵など見当たらない。我々が、その怪現象に躊躇している間にも、隣の部屋からY子の悲鳴が聞こえた。
「リカバーを頼む!」
と自分のGUNをホルスターに戻したアレンは、聖水の水を辺りに撒き始めた。部屋全体は揺れていないのに、家具や本棚だけが振動し続けている。私は何をしてよいかも分らず、GUNを持ってただ部屋の中を右往左往するだけだった…。
結局、このポルターガイスト現象を前に何も対処できなかった私たちは、翌日も同じ現象に襲われた。ただ、Y子にアドバイスできたのは、
「手伝うから引越しした方がいいよ」
と言うだけだった。
ポルターガイストの原因は、古い水道管の共振現象という説もあるが、人間の未知のエネルギーが生み出す人為的現象ともいわれている。
あの時、遠くで聞こえた少女のヒステリックな叫び声は、その原因なのだろうか? 何とも不思議な事件だった。
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