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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第464回:あいまいな分水嶺 - 芸備線 三次~広島 -

更新日2013/03/28


09時20分に三次駅到着。東西に芸備線が横切り、三江線が北へ分岐して日本海に向かう。芸備線で東側へふたつ目の駅が塩町で、そこから三次まで福塩線が乗り入れてくる。ここは中国山地の中心であり、旅人たちの分岐点だ。

道路は広島と松江を結ぶ国道54号が南北を貫き、ここから米子へは国道183号が通じている。広島の呉市と島根県大田市を結ぶ国道375号も通る。南側の山地からは江の川が水を集め、ここで西城川、馬洗川と合流する。水運もあり、古くからの街道もあり、鉄道も集まる。まさに要衝。人も物もここに集まり、運びだされた。


三次は中国山地の要衝

高速道路は中国自動車道が東西に通り、続いて南北方向から中国横断自動車道尾道松江線が伸びてきている。人口5万数千人の三次市にとって、道路の充実に前途洋々だが、三江線ほか旧国鉄時代からのローカル線にとっては穏やかでない。すでに競争力を失ったかもしれないけれど。

三江線から三次に到着して、同じ線路を戻らないとするなら、次に向かうルートは3方向だ。芸備線で南西方面の広島へ、芸備線で南東方面の福山へ、芸備線を東へずっと進むと、中国山地を横断して、姫路か鳥取に出る。どのルートも未乗区間である。計画を立てるときに迷ったが、列車の接続時間を比較すると広島行きに決まった。広島行きは10時03分発。芸備線備後落合行きは13時12分発、福山行きは14時09分発。広島行きが最も早い。


待合室に水槽が幾つか
オヤニラミ、メダカ、スズムシ……

広島行きの列車は快速列車、みよしライナーである。約1時間半の乗車で広島には昼前に着く。広島から日没までの時間があれば呉線に乗れる。要衝の三次には申し訳ないけれど、時間を使うなら広島や呉のほうがよさそうだ。

快速列車みよしライナーは国鉄型気動車のキハ40系。色違いの2両編成で、片方は上半分が黄色、下半分が白。広島色と呼ばれた塗り分けだ。もう片方は全身朱色の首都圏色。JR西日本は車両の塗り分けを簡素化する方針だから、どちらも見納めになるかもしれない。あるいは塗り分けを待たずに廃止されるだろう。

昼前の広島行きの乗客は少なかった。空いているボックスもある。三次と広島の間は中国自動車道の高速バスの頻度が高い。この列車は三次と広島というより、途中の各駅でお客を拾って広島へ集めるという役目だと思われる。私のボックスと通路を隔てて隣のボックスに若い女性がひとり座っている。セミロングの髪の先に窓からの光が透けている。免許を取れる年齢ではないのか、帰りは友達とお酒をいただくか。ちょっとお話をしてみたい気もするけれど、携帯電話に夢中である。

列車は川岸を走り、二度、鉄橋を渡った。これは江の川である。三江線で遡り、芸備線に引き続き遡る。路線単位としては芸備線の途中駅から乗り、東側を乗り残す形になった。締まらないルートである。しかし、江の川沿いという筋を通しているから、みよしライナーの選択は悪くない。


意外にも平坦な沿線

中国山地の山越えが近づき、空を見れば雲が厚みを増している。風景も暗くなったようだ。そういえば台風が接近していた。今日の旅はずっと暴風圏だった。しかしまだ、雨も風もない。中国山地の向こうに出れば天候も変わるだろうと思っていたら、やっと雨が降り始めた。列車は甲立という駅に停まった。ここがみよしライナーの最初の停車駅である。

芸備線は芸備鉄道によって広島側から建設され、三次を通って備後庄原駅までが1923(大正12)年に開業した。みよしライナーが走る広島と三次の間は1915(大正4)年の開業である。つまり、私は約100年前に作られた線路を通っている。地図を見て、山地を進むと思っていたけれど、乗ってみると穏やかな地形が続いている。

いったん離れた江の川が車窓に戻ってくる。川幅が細くなり、本流か支流かわからない。地図を見る限り、次の停車駅の向原駅あたりに分水嶺があると思うけれど、分水嶺にありがちなトンネルがない。なるほど、だから民間で作ったかと納得する。費用がかさむトンネルや鉄橋が続くようなら、芸備を結ぶ路線の民間建設は難しかっただろう。


分水嶺? 向原
ポスターのネタは若い人には通じないような……

分水嶺ははっきりしない。しかし山陰から山陽へ出たとはっきりわかった。このあたり、いや、どこからか気づかなかったけれど、屋根瓦の色が黒くなっている。実際は三次ですでに黒かったかもしれない。赤い石州瓦には江津市が補助金を出していて、三次市の家には適用されないはずだからだ。

志和口で三次行きのみよしライナーと交換したのち、下深川まで、この列車は七つの駅を通過する。下り勾配が多いこともあり、快速列車らしい走りである。時おり幅のある川と並ぶ。これは江の川ではなく三條川。瀬戸内に注ぐ流れである。


みよしライナー同士のすれ違い

下深川に着くと、広島行きの各駅停車が待っていた。単線のローカル線で追い越しをやるのか、と思って時刻表を調べてみる。あの列車は下深川駅で折り返すダイヤであった。下深川と広島の間は都市近郊路線であり、運行本数も1時間あたり3本に増える。

下深川を出発すると列車は左へカーブする。トンネルをふたつ過ぎると大河に寄り添う。広島市内を流れる太田川だ。三條川は少し上流で太田川に合流したようだ。太田川を遡れば可部線に出会う。可部から三段峡まで、廃止された区間の風景を思い出す。そういえば、可部から少し北まで、廃線跡を整備して復活させるという話がある。次は太田川をテーマに旅してみようか。


こちらは三條川

みよしライナーは二つ先の安芸矢口でまたすれ違った。あちらの列車は3両編成だった。単線で運行本数が増やせないから、連結車を増やすのだろう。そして最後にひと山越えるようなアップダウンがあり、トンネルをくぐった。上流より下流のほうがトンネルが多い。芸備鉄道は、建設の序盤で費用を使いきったかと邪推する。

正面に新幹線の高架、その下に山陽本線が見えて、左から合流する。広島貨物ターミナルにコンテナが整然と積み上げられて並んでいる。その向こうは2009年にオープンした新しい広島市民球場がある。さらその先のローソンは内外装が赤い。広島球団のテーマ色に合わせているようだ。


広島市に入って丘を超える

広島着11時29分。浜田から約6時間で中国地方を縦断した。高速バスなら2時間しかかからない。しかし、私は4時間も余計に列車の旅を楽しんだ。満足である。


広島駅到着

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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