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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第588回:オーレナイト・トレイン - 寝台特急カシオペア 2014秋 2 -

更新日2016/05/19


鉄道趣味的に、この後の見どころは函館駅と青森駅の機関車交換。真っ暗な青函トンネルだ。それまでラウンジに居ようと思ったけれど、その時までにY氏をラウンジに連れ戻したい。一旦戻ろうと通路を歩いているとき、列車が減速、そして停車した。伊達紋別駅である。

時刻は18時24分。発車は18時29分。通過列車を待つため、約5分間の停車。そうだ。ここも見どころのひとつだった。私はスマホの時計を確認し、ホームに降りた。


伊達紋別に停車。後続列車の到着を待つ

傍らに列車が居る。しかしこの静寂。空は群青色。プルシアンブルーともいう。プラットホームに立つ柱の先に電灯があり、満月のように見える。人工の満月が、銀色のカシオペアを照らし、鈍く反射している。客車列車ならではの、静かな駅の情景である。

伊達紋別の見どころは特急列車である。すれ違う列車ではなく、後から追いかけてくる“スーパー北斗14号”だ。札幌駅をカシオペアより39分後に発車して、ここで追いつく。そしてカシオペアより先に発車する。「特急列車が特急列車に追い越される、おもしろいでしょう」
とY氏に言いたかった。しかし、ここには居ない。残念だ。


スーパー北斗14号が到着、先行した

ディーゼル音を響かせて、青い特急列車が到着した。同じプラットホームを挟んで並ぶ。乗り換えるお客さんはいないようだ。札幌でカシオペアに乗り遅れたら、スーパー北斗14号で追いかければいいわけだ。時刻表トリックに使えるだろうか。特急列車は18時27分発。見送ってスイートに戻った。Y氏は駅弁を食べていた。
「あれ、晩飯ですか。パブタイムには行かないんですか」
「行くよ。でも10時だろ、腹減ったわ」
そうか。これが“いらち”か……。


函館で機関車交換。青函トンネルへ

もう一度ラウンジに行き、函館駅で機関車の連結を見物する。ここから青森まではラウンジ側が先頭車だ。車窓はすっかり暗くなり、街頭も民家の明かりも少ない。信号機と踏切が現れては後ろに飛んでいく。明かりがないな、と思ったらトンネルである。青函トンネルかと思えば、また外に出たようだ。さて、食堂車に行くとしようか。


車窓から見えた機関車に北斗星ヘッドマーク

Y氏はビール。私は梅酒。カシオペアの梅酒は前回も飲んでうまかった。つまみとしてピザとソーセージの盛り合わせ。メインの食事はY氏はビーフシチュー、私はハンバーグ。魚介類一切なし。私にはコースよりこちらの方がいい。Y氏も上機嫌だ。コース料理への未練は消えたようだ。いい酒とうまい料理があれば、たいていの人は現状に満足する。

満席のパブタイム。食も進み、話も弾む。遠くはない昔話。共通の知り合いの消息を交換する。そして持病と健康の話、老後はどうするか。まさに中年男同士の酒席である。Y氏の語り口は軽妙で、互いに笑うことも多い。そして暗い話から逃げ出すように、小説や漫画、映画の話に移る。Y氏は雑誌の企画でネットラジオ番組を担当したこともある。今日はY氏のトークを独り占めだ。


待望の夕食。ハンバーグうまし

「鉄道場面が印象的な作品を紹介する記事を書いているんですよ」
「それならおまえ、漫画の『月舘の殺人』はいいぞ」
私もY氏も推理小説のファンだ。もっとも、私はトリックよりも物語重視。Y氏は本格派。トリックをしっかり構築した作品を好むようだ。『月館の殺人』の原作は綾辻行人さん。○○館の殺人という密室殺人系の連作がある。ただし本作は小説版はない。漫画だけの作品だという。

食堂車を辞去してスイートに戻る。もっと話の続きをしたいと思いつつ、酒も入って眠くなってきた。ベッドに身体を投げ出す。
「鉄道で有名な推理作家の作品なんですけどね、新幹線が開業するたびに時刻表が単純化されて、もうトリックが使えないようです」
「そやろな……」
「こないだドラマ化された作品なんて、犯人のアリバイトリックはヘリコプターですよ。もう時刻表なんかいらない世界……」
「そやろな……」
あっ、そうだ。寝る前に青森駅で機関車を……。それが最後の意識だった。


ベッドサイドに田園風景が流れていく

静かな気配で目覚めた。福島駅だった。Y氏は2階のリビングにいた。眠りが浅かったか、仕事をしていたのだろうか。列車が走り出してしばらくするとドアがノックされ、モーニングコーヒーが届く。車窓は田園地帯である。曇り空。日の出は望めなかった。
「たらったったったたーららー」
「なんだっけ、それ」
「世界の車窓からのテーマです」
「いらんわ(笑)」


白いコーヒーカップの清々しさ

そんな会話で目覚めたところで食堂車へ。Y氏は洋食、私は和食。
「列車の中で温かい朝飯、これがいいんですよ」
Y氏は、そうだな、という顔でナイフとフォークを動かす。給仕係の女性が声をかけてくれて、私たち二人の様子を撮ってくださるという。カメラを預け、シャッターを押していただく。
「相棒ってドラマがありまして」
「あったなあ」
「カシオペアの回」
「おぅ」
「食堂車の場面、実物でロケしたかと思ったら、セットでした」
「そうなの?」
「窓ガラスと照明が違うんです。でも、うまく作ったなあと思いました」


朝は和食と洋食で好みが分かれた

ラウンジに向かった。長い通路で朝の散歩だ。30分ほど明るい展望を楽しむ。宇都宮、新幹線の高架の下を走っている。少し遅れているかもしれない。定刻なら、あと30分ほどで上野に到着する。私たちはスイートに戻った。


展望ラウンジまで朝の散歩

カシオペア車内の最後の会話は、鉄道ミステリー小説の未来。一緒に何か書こうという話になった。アイデアを出し合う。時刻表トリックを使うなら、過去の時刻表のほうがおもしろい。それを現代の事件と結ぶには……。お互いに日々の仕事に忙殺される身である。いつになるかはわからない。しかし、これは前に進めたい案件である。

上野駅の到着は20分ほど遅れていた。車内の会話は車内で終わる。二人のプロジェクト、次の打ち合わせはどの列車になるだろう。


上野駅に到着、機関車は銀色だった

 

第588回の行程地図

 


2014年09月17-18日の新規乗車線区
JR: 0.0km
私鉄: 0.0Km

累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):20,652.9km (92.68%)
私鉄: 6,202.4km (87.34%)

 

 

 

 

 

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
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デジタル時事放談
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マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


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