「エッフェル塔が嫌いなヤツはエッフェル塔に行け」という諺がある。エッフェル塔はパリのどこからでも見える。それが気に入らなければエッフェル塔の下に行けばいい。そこなら天を突き刺すような塔の姿は見えない、という意味だ。それと同じように、SL列車に乗ってしまうと、SLの走る姿は眺められない。だから私が作った日程では、会津若松で2時間の余裕を取っておいた。のんびり街を散策しよう、ではなくて、新潟方面に少し進んで、会津若松行きのSLを眺め、再び会津若松に戻ろうと思う。
だから私たちは会津若松で降りず、『AIZUマウントエクスプレス』で喜多方まで乗り通した。到着は定刻より約10分遅れている。運転台から聞こえてくる列車無線によると、新潟県との県境、豊美あたりで豪雨になり、会津若松行きの列車が遅れているようだ。磐越西線は単線だから、遅れた列車だけではなく、とすれ違う逆方向の列車にも影響がある。私はもう少し先の小さな駅でSLを迎えたかったけれど、不安になったので喜多方駅付近で待つことにした。豪雨でSLが運休すると困るが、そこまでの荒天ではなさそうだ。
喜多方駅前の風景。
喜多方はラーメンで有名になった街だけれど、それ以前は"蔵の町並み"で知られていた。駅前には蔵巡りの馬車が客を待っていた。バケツにニンジンがたくさん入っている。「やっぱり馬の前にニンジンをぶら下げて走らせるのかなあ」とTさんが笑う。しかし、私たちにとっては会津若松駅のライブカメラ画像が"ニンジン"だったわけで、馬を笑うのはどうかと思う。黙っていたけれど。
地図を確認すると、新潟方面に線路をまたぐ陸橋があり、会津若松方面に踏切がある。私とMさんは踏切に向かった。陸橋から取れば架線が邪魔だし、こちらのほうが少し近い。Bさん、Tさんのバイク組は駅のそばに留まった。そんなに離れてはいないけれど、SLに対する思いの深さが、この距離に現れたように感じる。
踏切付近は意外と撮りづらく、私たちは線路の脇の駐車場に踏み入れた。厳密には不法侵入である。カメラを構えると、ここもなんだかしっくりこない。さらに進んで畑に入った。最近の農作物泥棒事件が脳裏をよぎる。客観的にも私たちは怪しい。しかし、ちょうどよい場所がようやく見つかった。見渡せば農家の真裏で、いつ叱られてもおかしくない。
田舎の人は優しいから許してくれるだろう、と思うのは勝手な理屈だ。SLの写真を撮る人たちには、農作物を踏み荒らす人もいると聞く。地元の人は迷惑しているかもしれない。なるべく音を立てずに、背の高い作物の陰に隠れて構えてみるけれど、やはり後ろ暗い気持ちがある。プロの取材者として、やはり土地の持ち主に了解を得るべきではないか、と思ったとき、携帯電話が鳴った。
C57がやってきた!
なんでこんなときに! とビクビクしながら電話を取り出すと、Bさんからだった。駅の放送によると、豪雨の影響でSL列車も15分ほど遅れているらしい。それで私の気持ちは定まった。畑の間を進んで民家の窓に声をかけ、主らしき人に立ち入りの許可を願い出た。許可どころかもう侵入しているわけで、現行犯の状態である。玄関から訪問すべきだったと思ったがもう遅い。主人は呆れたのか、雨でぬかるんでるから気をつけなさいよ、とだけ言った。
筋を通したので安心してカメラを構える。あまり線路に寄ってはいけない。私は走るSLが見たいのであって、私のせいで止まられては困る。それこそ列車往来妨害罪で現行犯逮捕だ。土地の境界標識を確認し、ベストなアングルを見つけて列車を待った。
私にとって、SLの走る様子を見る初めての機会だ。大井川鉄道のSL列車に乗った時も、駅に停まっているSLしか観ていない。テレビやビデオでは何度も観ているけれど、実物の迫力はどうだろうか。期待と緊張が増してくる。しかし列車はなかなか来ない。
駅の放送が風に乗って耳に届いた。いよいよか、とカメラを構え直すと、ふぉおおおっ、と汽笛が聞こえた。その響きは線路の遙か遠くから発し、駅の向こうの雷神山に反射して、機関車を先導するように喜多方駅の構内を通り過ぎ、私たちを包んだ。
こちらに向かってくる……。
それから機関車が姿を見せるまでの時間も長かった。汽笛はずいぶん遠くへ届くのだな、と思う。ようやく線路の奥から顔を出したC57型蒸気機関車は、何度も短い汽笛を発声し、ゆっくりとホームに停まった。私はその様子をファインダー越しに見ている。喜多方に静けさが戻った。踏切を渡るクルマの音がそれを遮る。
思い出したように踏切が鳴り始めた。いよいよヤツがやってくる。さっきより長い汽笛が街に響く。白い煙を身体中から吹き出して、黒い機関車がだんだん大きくなる。速度が乗って加速をやめたのか、ぱたりと煙が出なくなった。それは少し残念だが、ガシャガシャ、キリキリという、いかにも機械が動く音が近づいてくる。文学に登場するような、周囲を威圧する感じはないけれど、大きな車輪と腕のようなロッドを動かして、自らが機械であることを誇るがごとく、生き物のようなデカイ物体が通り過ぎていった。
これがSLの迫力だ!
-…つづく
第62回~ の行程図
(GIFファイル)