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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第528回:大隅半島横断バス - 三州自動車 志布志駅上~垂水港 -

更新日2014/10/30


鹿児島湾、垂水港行きのバスは13時50分発。30分ほど時間がある。看板の観光案内図を見ると、四つの散歩コースがあった。しかし最も近いお寺と門前町コースは興味がわかず、庭園と湧水群コースを歩きたいけれど時間が足りない。私たちはとりあえずバスの停留所に向かった。

私たちは気づかなかったけれど、行き止まりになった線路の延長線上、つまり大隅線の線路跡の道を歩いて行くと志布志鉄道公園がある。そこにはC58蒸気機関車と、車掌車、キハ52形気動車が保存展示されているそうだ。観光案内図の志布志駅は左下にあり、鉄道公園の方向は記載されていなかった。そこに行けば、私の旅らしい、ちょうどよい時間つぶしができたはずだった。


三州自動車の路線バス
行き先表示器に船のマーク。志布志港と垂水港を陸路で結ぶ

駅の案内所で聞いたとおりに駅前広場を右折し、郵便局前交差点を左折。丸看板の小さなバス停を見つけた。近くにファミリーレストランがある。食事には半端な時間。その向かいの本屋で時間をつぶす。地方の書店では地域性豊かな本を見つけられると期待した。地元の出版社や地方新聞社が地元の人向けに刊行しており、アマゾンなどオンラインショップには登録されない本。しかし、この書店にはなかった。

バス停に戻ると若い女性が立っていた。小さめのスーツケースを持っている。「垂水行きのバスはここで良いんですよね」と話しかける。知っているけれど、会話のきっかけだ。鞄を見て、旅行ですかと聞いてみたら、家族が鹿児島市内で入院しているという。私たちと同じルートになりそうだけど、物見遊山の私たちとは旅の温度に差がある。


車内はガラガラ。病院へ行く女性は最前部に乗車
会話の機会はなかった

「鹿児島中央へ行くにはこのバスしかないんです」と彼女は言った。私たちの日程では鹿児島市内入りまで3時間かかる。失礼ながら、連れて行ってくれる彼氏はいないのかと思う。各停留所に停まるバスより、乗用車のほうがすっと早いはずだ。今日は平日だけど、私が彼女の恋人なら、きっと仕事を休んで同行するだろう。

私が彼女とドライブする妄想を始めたところで、お目当ての路線バスがやってきた。白い車体のノンステップ型である。都内の路線バスでも見かける形だ。短距離区間用の形式だと思うけれど、垂水港まで約2時間も走る。観光バスを路線用に改造したような車両がくるという予想は外れた。


町から町へ、ときとぎ自然の風景
平坦な道を行く

ノンステップ車両にして乗降の良さに配慮するということは、途中に相当数の停留所があるだろう。九州のバス時刻検索サイトによると、乗降する停留所を含めて84もある。お客のいない停留所は通過するとしても、かなり多い。バスの走行時間は約2時間。停留所数で割ると、約1分半ごとに停留所が現れる勘定だ。つまり、それだけ人の多いところを走るというわけだ。

その予想通り、バスは国道220号をひた走る。大隅線の線路のやや北側にあたる。車窓は自然を残すところも多いけれど、おおむね街路である。内陸の平野部だから地形の変化も乏しく、日南線とは全く異なる趣だ。通り過ぎる建物や看板を楽しむ旅となった。もっとも、これといった珍しい看板はなかった。建物は低く、空は広い。


鹿屋市街地に入った。整った商店街が続く

志布志を出発して1時間ほどで鹿屋市街に入った。商店街に潜り込み、やっとこのバスの車体に似合う景色になってきた。定時運行である。長距離路線バスとしては見事だと思う。途中で渋滞しなかったし、道路工事もなかった。時間を読める路線と言えそうだ。


鹿屋市街の乗客は多い。鹿屋市内のバスも多いのだろう
この中の何人が長距離バスだと気づいているだろうか

バスの乗客が増えて立ち客もいる。鹿屋市街は広く、沿道は志布志よりも賑わっていそうだ。鹿屋市は大隅半島の中心部にあり、人口は約10万人とのこと。なぜ大隅線が廃止になったか不思議である。当時は人が少なかったか、線路を廃止して道路を整備したら移住者が増えたかと、皮肉なことを考える。温暖な鹿屋は農業と畜産業で栄えたという。いわゆる薩摩の黒豚はこのあたりが産地だろうか。しかし畜産を連想する看板はない。


海上自衛隊の航空基地をかすめる

鹿屋バス停を出て数分で、航空隊前という停留所を通り過ぎた。航空隊とはいうけれど、海上自衛隊の鹿屋航空基地である。第二次大戦時は特攻隊の出撃基地となった飛行場だ。現在は対潜哨戒機や救難ヘリが所属しているといい、沖縄県普天間基地所属の米軍空中給油機が駐留する予定もあるという。鹿屋基地には資料館があり、日本海軍航空隊や特攻隊に関する資料があるらしい。大隅線の鹿屋駅跡地には鹿屋市役所が移転し、隣接地に鹿屋市鉄道記念館がある。どちらも見たかった。しかしバスを降りるわけにはいかず、また宿題を残した。再度訪問する機会はあるだろうか。もう訪れないかもしれない。今回の旅でJR九州を完乗する予定である。


バスの後部窓から。国道220号は市街地を迂回する

バスは基地に沿って走ってくれるかと思ったら、敷地の隅をかすめただけだった。市街地を抜けて国道220号に復帰。バスの後部窓から眺めると、この道路は片側1車線ながら緩やかな曲線の良い道である。景色も良い。オートバイやオープンカーで走りたくなる。現役の鉄道路線に乗り終わったら、オートバイで廃線めぐりでもしてみようか。道路は海沿いになり、ますます運転したくなってきた。


緩やかな道、丘を越えると海岸沿いになった

バスは定刻より5分早く、15時35分に垂水港に着いた。地方のバスは時間に正確で助かる。しかし鉄道の定時性の優位がなくなっているとも言える。鉄道はやっぱり大量貨物輸送のための装置だと思う。それはともかく、バスが発着する広場から桜島が見えた。白い噴煙をモリモリ上げている。

桜島を見て、大隅線に乗った記憶が閃いた。あれは30年以上も前の夕刻。車窓に映った桜島に畏怖を感じた。赤い空に黒いシルエット。東京で生まれ育った高校生と、この山と噴火を見て育った高校生は、自然に対する感じ方や根性が違うだろうと思った。それが薩摩隼人という言葉の真の意味だと。その後、鹿児島県出身者には出会わなかった。

数年前から、あるWebメディアで、私の担当の編集者が鹿児島出身とわかった。ふだんは荒々しさを見せないけれど酒好きである。きっと彼は薩摩隼人の本性を隠しているに違いない。


垂水港に到着


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。
<<杉山淳一の著書>>

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■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

■著書
『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』
~日本全国列車旅、
達人のとっておき33選~


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