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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第519回:流行り歌に寄せて No.314 「赤ちょうちん」~昭和49年(1974年)1月10日リリース

更新日2026/02/19



『神田川』で、「上京願望」に火がついてしまった私は、この曲がさらにその気持ちを煽り、東京に行かなくては何も始まらないと思うようになった。この曲のような哀しい恋愛に、今振り返れば不思議なくらい、強い憧憬を持ったのである。ちょうど自分が大学受験をしている頃、この曲がラジオからよく流れていた。

南こうせつとしては、同じ世界観が続くことを嫌ったのか『神田川』の次のシングル・レコードとして、実は『なごり雪』か『22才の別れ』(いずれも伊勢正三:作詞・作曲)を考えていたが、後述の映画『赤ちょうちん』が制作されたために、業界の人々にその相乗効果も狙われ、意に反して『赤ちょうちん』を出したらしい。

私はこのことを最近知ったが、それが『なごり雪』でも『22才の別れ』でも「上京願望」は決して弱まってはいなかったはずだ。

この曲の内容は『神田川』と同じ恋人たちの話と言っても、不自然さはない。あの頃の、時代の雰囲気が詞の中によく表現されている。

「裸電球」私が初めてアパート暮らしを始めたときは、粗末ではあったが電球に傘をつけていたが、裸電球だけという友人も何人かはいた。

「貨物列車」私のアパートの前にはバスの停留所があったため、始発のバスによく起こされたものだが、貨物列車ともなればその揺れは著しいだろう。おそらく、木造モルタルの建物だと想像できるからなおさらである。

「赤ちょうちんの屋台」めっきり減ってしまった。平成の初め頃までは、いたるところにあった。渋谷駅沿いにも赤ちょうちんがたくさんあって、冬の日など手を擦り合わせながら、よく入ったものだ。

ただ、この歌は、おでんをたくさん「買いました」とあるから、その場ではなく持ち帰ってアパートで二人で食べたということか。それにしても、月に一度の贅沢と言っているが、雨の日も職を見つけていれば、もう少しお酒は飲めたはず。それほど酒好きではない恋人同士なのだと思ってしまう。

「キャベツばかりをかじってた」これは、全く余談になるが、昨年の1、2月キャベツが異常に高騰したことがあった。あのような事態があったとすれは、彼らはひたすら何をかじりながら生活(くら)したのだろう。

「公衆電話の箱」作詞家の喜多条忠の学生時代で考えると、電話ボックスは、クリーム色のボディーに赤い屋根、ドアも、手を差し入れるところは、丸くくり抜いていたものだった。私が上京した頃は、すでに四方が透明なガラス張りになっているものが多かった。

どちらのイメージで詞が書かれたのか。私は、個人的にはひざをかかえて泣くのは、透明なボックスの方が似合うような気がするのだが。

 

「赤ちょうちん」  喜多条忠:作詞  南こうせつ:作曲  石川鷹彦:編曲  かぐや姫:歌


あのころふたりの アパートは

裸電球 まぶしくて

貨物列車が 通ると揺れた

ふたりに似合いの 部屋でした

 

覚えてますか 寒い夜

赤ちょうちんに 誘われて

おでんをたくさん 買いました

月に一度の 贅沢だけど

お酒もちょっぴり 飲んだわね

 

雨が続くと 仕事もせずに

キャベツばかりを かじってた

そんな生活(くらし)が おかしくて 

あなたの横顔 見つめてた

 

あなたと別れた 雨の夜

公衆電話の 箱の中

ひざをかかえて 泣きました

生きてることは ただそれだけで

かなしいことだと 知りました

 

いまでもときどき 雨の夜

赤ちょうちんも 揺れている

屋台に あなたが いるような気がします

背中丸めて サンダルはいて

一人でいるような 気がします

 

この曲が主題歌として使われた、藤田敏八監督の日活映画『赤ちょうちん』は、この年の3月23日に封切られた。昭和46年(1971年)日活ロマンポルノに移行した日活が、それ以降制作した初めての一般映画である。この作品の助監督は、先日亡くなった長谷川和彦だった。音楽は石川鷹彦。映画の音楽を手掛けたのは初めてのことである。

私は、この年の秋に上京し、おそらく東京暮らしで初めて観た映画だったと思う。10月くらいだったか、新宿の2番館か3番館に行って観た。当時の男子の若者に、すでにかなりの人気があった秋吉久美子の裸身が、あまりにも眩しかったのをよく覚えている。

ふとしたきっかけで同棲生活を始めた久米政行(高岡健二)と霜川幸枝(秋吉久美子)。若い二人が、互いの心の行き違いを抱えながら、引っ越しを繰り返していく中で、周りの人間たちとも馴染めずに、徐々に女性の心が病んでいく姿を描いた作品だ。

単細胞の私が、この映画を観たことで、さらに「哀しい同棲生活」に惹かれて行ったのは言うまでもない。

それから、10年くらい経ってからのことだろうか。私は深沢七郎の小説を少し読むようになっていた。そして手にした新潮文庫版『楢山節考』の中の短編小説『月のアペニン山』を読んだとき、本当に驚いてしまった。

その小説が、映画『赤ちょうちん』の内容と酷似していたからである。いや、小説の方が早く発表されているのだから、その逆だ。けれども、原作どころか、この映画のクレジットのどこにも深沢七郎の名前も『月のアペニン山』という作品名も出てこないのである。

「脚本ー中島丈博、桃井章」とあるだけなのだ。彼らは、明らかにこの小説を読んで題材にしているはずだ。深沢七郎に承諾を得たのだろうか。深沢七郎は、この映画のことを知っているのだろうか。あるいは、映画の世界ではこんなことは普通に行なわれていることなのだろうか。何だか、とても後味の悪い、しっくり来ない思いが残った。


閑話休題。その後、私が憧れの哀しい同棲生活を送ることができたかどうかは、あまりに詮無いことなので書くことでもないが「背中丸めてサンダルはいて、一人で酒を飲む姿は、あなたとっても似合っている」と、何人もの方々から言われたことはある。その度に何だかな、とは思うが、あまり悪い気もしない。

-…つづく

 

 

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice
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※2024年11月30日、「BAR Lismore」は閉店いたしました。


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