第371回:流行り歌に寄せて No.176 「伊勢佐木町ブルース」~昭和43年(1968年)
伊勢佐木町四丁目のイセザキモールにある、グランドピアノを象った『伊勢佐木町ブルース』の歌碑の五線譜には、あの有名な 『アァ アァ』というため息の部分、二分休符記号の上に括弧書きで、ただ(タメ息)と書かれているだけである。
川内康範の発案で、実にユニークな形でため息を曲の中に入れたこの名曲も、当時は「お色気過多」と考える人も少なくなかったようだ。2年ぶりに第2回出場を果たしたこの年の『第19回NHK紅白歌合戦』では、ため息部分を「カズー」という膜鳴楽器の一種を紅組司会の水前寺清子や、佐良直美など、他の出場者数人が吹いてその代わりとした。
まだ中学1年生の私にも、その光景は奇妙に映った。白組司会の坂本九は「ダチョウのため息ですか」と表現した。それから14年後の昭和57年『第33回NHK紅白歌合戦』で再びこの曲を披露した時は差し替えが行なわれず、ため息を聴くことができた。その時の紅組司会の黒柳徹子が、「『ため息』紅白初出場です」と紹介した後、青江が歌い始めたという。
「伊勢佐木町ブルース」 川内康範:作詞 鈴木庸一:作曲 竹村次郎:編曲 青江三奈:歌
アァ アァ アァ アァ アァ アァ
あなた知ってる 港ヨコハマ
街の並木に 潮風吹けば
花散る夜を 惜しむよに
伊勢佐木あたりに 灯(あかり)がともる
恋と情けの ドゥ ドゥビ ドゥビ
ドゥビ ドゥビ ドゥバ 灯(ひ)がともる
アァ アァ
あたしはじめて 港ヨコハマ
雨がそぼ降り 汽笛が鳴れば
波止場の別れ 惜しむよに
伊勢佐木あたりに 灯がともる
夢をふりまく ドゥ ドゥビ ドゥビ
ドゥビ ドゥビ ドゥバ 灯がともる
アァ アァ アァ アァ アァ アァ
あなた馴染みの 港ヨコハマ
人にかくれて あの娘が泣いた
涙が花に なる時に
伊勢佐木あたりに 灯がともる
恋のムードの ドゥ ドゥビ ドゥビ
ドゥビ ドゥビ ドゥバ 灯がともる
今回改めて聴き直してみても、実に艶のある曲だなあとしみじみ思う。こんな曲、最近もうほとんど聴けなくなった。
この曲で第10回日本レコード大賞・歌唱賞を受賞した。そしてまた、この年から始まった第1回日本有線大賞(全国有線音楽放送協会・主催)のスター賞、第1回全日本有線放送大賞(讀賣テレビ放送、大阪有線放送社・共催)の優秀スター賞も併せて受賞している。
作曲の鈴木庸一は、このコラムNo.74 渡辺マリの『東京ドドンパ娘』でご紹介しているが、この後も佐伯孝夫と組んで青江には何曲か曲を提供している。
編曲の竹村次郎の仕事ぶりも、それはもう素晴らしいものである。代表的なものを挙げてみても、五木ひろし『ふたりの夜明け』、大川栄策『さざんかの宿』、加藤登紀子『知床旅情』、牧村三枝子『少女は大人になりました』、都はるみ『北の宿から』、八代亜紀『愛の終着駅』などなど。
歌手のステージ用のビッグバンドの編曲も数多く手掛け、まさに歌謡界では重鎮と呼ばれる人である。また、東京出身でありながら阪神タイガースの大ファンで、タイガース関連の曲もいくつか作っているという一面もあるようだ。
さて、私の小学校の終わりから中学の初めにかけて現れた青江三奈、子供心をドクドクと揺さぶったのは、その声とともに髪の色であった。金髪に近い色合いで、その艶(なまめ)かしさにはほとほと参ってしまった。その髪を見るだけで、とんでもない大人の世界に引き込まれるようで、とても怖がっていたのである。
-…つづく
第372回:流行り歌に寄せて No.177 「ゆうべの秘密」~昭和43年(1968年)
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