■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

金井 和宏
(かない・かずひろ)

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice

 


第1回:I'm a “Barman”.
第2回: Save the Last Pass for Me.
第3回:Chim chim cherry.
第4回:Smoke Doesn't Get in My Eyes.
第5回:"T" For Two.
~私の「ジュリーとショーケン」考 (1)

第6回:"T" For Two.
~私の「ジュリーとショーケン」考 (2)

第7回:Blessed are the peacemakers.
-終戦記念日に寄せて-

第8回:Ting Ting Rider
~マイルドで行こう


■更新予定日:隔週木曜日

第9回:One-Eyed Jacks~石眼さんのこと

更新日2003/09/11


私が東京に出てきてから、この9月で29年になる。上京当時生まれた人たちが、今は結婚して子どもが二人いる、だいたいそれぐらいの時間が経過した。この間実に多くの人に出会い、私の名前もみんなにいろいろな呼ばれ方をしたが、ただ一度だけ、なぜか「八兵衛」というあだ名がついたことがある。私が石眼(セキガン)さんと出会ったのは、ちょうどみんなに八兵衛と呼ばれていた頃のことだ。

なぜ「八兵衛」だったかということについては、あまりよく憶えていない。私が20歳になる前の年のことで、その頃時効になりそうな3億円事件の犯人を追っていた平塚八兵衛刑事から取ったあだ名だということははっきりしているが、なぜそれが私についたかは、今は思い出せない。

二浪の身でありながら、その頃は受験勉強よりも社会勉強の方がはるかに忙しかった、今考えれば「一体何をやっていたんだか」という時期である。中目黒にちゃんとアパートを借りていながら、ほとんどそちらには帰らず、西武新宿線の上石神井と、東伏見のちょうど中間にある知人のアパートに、何人かで転がり込んでいた。

アパートの近くに行きつけの「S」という名のスナックがあって、元トラック運転手で、27、8歳のご亭主と、24、5歳のママがご夫婦で経営していた。そこでアルバイトをしている、二つ年長で21歳のバーテンダーが、私を弟のようによく面倒を見てくれて、私は毎日のようにその店に通っていた。

石眼さんも、その店のお客だった。彼は、ひと目で度数の強いことがわかる近眼用の角張った黒縁の眼鏡をかけていて、それが四角い顔によく似合っていた。そして、毎日ほとんど同じジャケットとズボン、ノーネクタイで白いワイシャツを着て、下駄履きで姿を現した。「喜多川石眼」というのが正式なペンネームの小説家で、当時平凡出版(現在のマガジンハウス)の「ポケットパンチOh!」に『黒いシカゴ』というギャンブラーが主人公の連載小説を書いていた。

石眼という名の由来を聞くと、「俺は左目がほとんど失明しているので、見える右の眼だけで世間を見てやろうと『右眼』とつけたんだが、最初の本で印刷を間違えられて石眼にされた。まあ。左の方の眼は見えなくて石みたいのものだから、これでもいいかなって」という答えが返ってきた。今考えると、「隻眼」という意味もあったかもわからない。

いつの頃からかよく話すようになって、彼の方が先に飲んでいて私が入っていくと、隣の席に座るよう促してくれるような間柄になった。彼の年齢は聞いていなかったが、おそらく当時30歳代の半ばぐらいだったと思う。今までに40以上職を替えてきて、パチンコ屋の店員、高級クラブのマネージャー、不動産ブローカーなど、一通り人間の裏が見えるような仕事はやってきた、と話してくれた。

時々、「俺は、好きな女と一週間、飲まず食わずで抱き合ってみたが、あれは虚しいものだったね」と、当時の私には刺激的過ぎる話をしたかと思うと、突然、「八兵衛、おまえ、俺の弟子になれ。小説を一から教えてやる」と真顔で問いかけてくる。そして、いつも口癖のように、「俺は、権威主義というのが大嫌いで虫酸が走る。人の気持ちも理解しようとせず威張り腐っていたり、汚いことをする奴はゆるさん。徹底的に叩き斬ってやる」と言っては、刀を振り下ろして人を斬る真似をしていた。

ある日、私がSに入って行くと、石眼さんは珍しくカウンターに座らないで、ボックス席で誰かと話をしながら飲んでいた。その日はママが一人で営業していて、私を認めると、目でカウンターに座るように促した。そして、小声で、「大事なお客さんらしいわよ」と私に呟いた。石眼さんも私の入ってきたことはわかっていたようだが、私の方に顔を向けることはなかった。

二人の話の内容では、お客はW大学の教授のようだった。50歳代半ばぐらいか、年齢のわりには大きな人だった。そう言えば、石眼さんが以前、「W大学の教授に自分の小説を気に入っている人がいて、今度彼と話すことになっている。それでも彼はなんだか偉そうな男らしいので、つまらんことを言ったらバッサリと叩き斬ってやるさ」と言っていたのを思い出した。


そのうち教授が「ママ、ハイライトない?」と聞いてきたが、あいにく店では切らしているようだった。「僕はハイライトしか吸えないんだよね」と大きな声で独り言を言う。たまたま私が同じ煙草だったので、「よかったらどうぞ」と差し向けると、私の顔をジロッと見て、「すまんね」と言って受け取ると、その後はずっと自分の煙草のように次々と火を着けていた。

尊大な態度の男だった。「誰々君は私がかわいがってやって文壇にデビューできたのに、最近は挨拶にも来ない、あの男も終わりだ」などという類の話を延々とした。そんな話を石眼さんは、微笑みながら聞いていた。石眼さんは教授を「先生」と呼び、教授は石眼さんを「喜多川君」と呼んだ。

“どうしたんだ、石眼さん”。私は、苛立って石眼さんの方に目を向けた。“叩き斬ってくれよ、こんな権威主義の塊のようないやな奴はバッサリとやってよ”。石眼さんも私の視線にはとっくに気づいているはずだったが、なかなか目を合わそうとしない。

教授はだらしなく笑いながら話を続ける。そのうちにだんだんと石眼さんの顔が険しくなった。心を少しずつ決めているようだった。しばらくすると、今度は自分から私の目を見てきた。その日初めて二人の目が合った。一瞬石眼さんの見えない方の目が光った気がした。

「そろそろ、そのくだらない話をお終いにしたらどうですか」、石眼さんがゆっくり言った。何か聞き違いをしたのではないかと怪訝そうな顔で見つめ返す教授に、石眼さんは辛辣な言葉を浴びせる。そして最後に、「間違いなく、間違いなくあんたたちが日本の文学をダメにしているんだ」と言った。

「失礼な奴だな、俺は帰る。わかっているだろうが、おまえはもう終わりだ。哀れな奴だ」。
教授は憤慨して出ていった。興奮していたが、ハイライトをしっかり鞄に納めていた。私は、彼に貸しを作った。

「ママ、俺も帰るわ」。石眼さんはポツリと言って店を出た。すぐに追いかけようとする私に、ママが、「八兵衛、待ちなさい」と呼び止めた。「少し話があるの、ちょっと聞いて」。幸い他のお客はいなかった。

ママの話は、石眼さんから聞いている話とはだいぶ勝手が違っていた。石眼さんには、今の雑誌の連載が終わるともう仕事がない。ただ、たまたま彼の才能をいくらか認めている文壇の人物がいて、彼は今日来た教授と懇意である。以前からある程度石眼さんの顔は知っていた教授との面談で、適格な人物と認めれば文壇に紹介してあげてもいいという話らしい。そして、これが文筆業を続けていけるかどうかのラストチャンスだろう、と石眼さん本人が言っていたそうだ。

私がそのチャンスを潰してしまった。事の重大さに、私は情けなくも泣き出してしまった。子どもだったのだ。本当に子どもだったのだ。「八兵衛、いいから、もういいから。男でしょう、もう泣き止みなさい」。そう言ってくれたママの肩を借りて、私はまたしばらく泣いた。


その夜、私は石眼さんのアパートを訪ねた。彼は炬燵に入って日本酒を飲んでいた。「ママから聞きました。僕はとんでもないことをしてしまった、本当に申し訳ございません」。私は深く頭を下げた。「何言ってるんだ。あんな男に頭を下げなきゃ世に出られないくらい、俺の小説がまずいと言うことだ。あれでよかった」。

そして、しばらく黙った後、石眼さんは眼鏡を外し、指で瞼を何度も揉みながら、「俺、田舎に帰ろうと思う」と言った。「おまえを弟子にできなかったな、それが結構残念だ」。

引っ越しを手伝うことを約束して、当日軍手を持って彼のアパートに行ったところ、すでに部屋には何もなかった。大家さんに聞くと、その前日に引っ越しを済ませたらしい。引っ越し先は告げていかなかった。住んでいるときはかなり乱雑にしていたようだが、最後は隅々まで丁寧に雑巾がけをしたのだろう、埃一つ見あたらなくて、私にはそれがとても哀しく思えた。

 

 

第10回:Is liquor tears, or a sigh? ~心の憂さの捨てどころ


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