■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

金井 和宏
(かない・かずひろ)

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice

 


第1回:I'm a “Barman”.
第2回: Save the Last Pass for Me.
第3回:Chim chim cherry.
第4回:Smoke Doesn't Get in My Eyes.
第5回:"T" For Two.
~私の「ジュリーとショーケン」考 (1)

第6回:"T" For Two.
~私の「ジュリーとショーケン」考 (2)

第7回:Blessed are the peacemakers.
-終戦記念日に寄せて-

第8回:Ting Ting Rider
~マイルドで行こう

第9回:One-Eyed Jacks
~石眼さんのこと


■更新予定日:隔週木曜日

第10回:Is liquor tears, or a sigh? ~心の憂さの捨てどころ

更新日2003/09/25


このコラムのタイトルからすると、もっと酒についての蘊蓄(うんちく)を傾けるような内容か、酒場の情景を描く話かと思って読み始めてくださっても、毎回あまりにピンボケな内容でがっかりされる方がいらっしゃるかも知れない。もともと蘊蓄というのが大いに苦手な方で、店でもそういうことはほとんど語らず、仕事熱心とは決して言えない。

それでもたまには酒のことなども書かなくては申し訳ない気がするので、今回少し書かせていただきたいと思うが、例によってためになるような話はまったくないことを予め断っておく。その方が、この稚拙な文を読んでくださる方に対しての、礼に適っているのではないかと思う。

まず自分のことを書くと、最近は仕事柄、やはりウイスキーを飲むことが多くなったが、以前は、ビール飲みだった。6本目より7本目の方が旨いと思う質だ。ビール党は、だいたい私と同じことを言う人が多い、飲めば飲むほど旨いのだ。「最初の一杯のビールは旨いけど、あまり飲むと腹一杯にならないか」とよく聞かれるけれど、不思議とそんなことはなく、何杯飲んでも旨い。

4年半ほど前、今の仕事を始める前にスコットランドに約1ヵ月遊びに行ったときも、毎晩身体の続く限りパブに行ってはビールを飲んでいた。あちらでは濃い色のいわゆるエールが主で、常温でパイントグラス(568ml)に注いでもらったものを、時間をかけてチビチビと飲る。スコッチ・ウイスキーの国なのに、どこのパブに行ってもウイスキーを飲んでいる人は少ない。10人お客さんがいるとすると、そのうちの7、8人は専らビールなのだ。

置いてあるウイスキーも、モルトなどはまずなくて、ベルズかフェイマス・グラウスなどのいわゆるFINESTと呼ばれる最も廉価なものが多い。シーヴァス・リーガルなどを飲んでいれば、「何か今日いいことがあったのか?」と聞かれるくらいだと、あながち冗談ではない口調で教えてくれた人もいた。彼の国では、全体的にはウイスキーはかなり高価な飲み物のように思えた。

私もその頃(今もたいして知らないが)はスコッチ・ウイスキーに関してはまったく無知で、実はほとんど興味がなかった。それでもせっかくスコットランドくんだりまで来たのだから、蒸留所の1軒くらいは訪ねてみようと、港町オーバン(OBAN)に滞在したときに、オーバン蒸留所を見学させてもらった。ここは町の中心にあったから足を運んでみる気になったのだと思う。

外見もシックで落ち着いた佇まいだったが、室内に入ってよりその感を強くした、清潔で気持ちのいい蒸留所だった。上品でとても頭の良さそうな30歳代くらいの女性が、所内を案内してくれた。ポット・スチルと呼ばれる蒸留釜が、ピカピカに磨き込まれているのがとても印象的だった。

見学の最後に、この蒸留所のメイン・モルト、「オーバン14年」をワンショットご馳走になった。いい酒だった。モルト・ウイスキーとはこんなに旨いものだったのかと、初めて知った。この出会いの瞬間が、その後の私の身の処し方を決めたのかも知れない。私は、今でもバランスがよく気品のあるこの酒が最も好きで、モルトが初めてだとおっしゃるお客さんには、まず最初にお勧めしている。

私の店内では約100種類を超えるモルト・ウイスキーがあるので、「店にはこれだけモルトが置いてあるけど、家にもたくさん持っているんでしょう? 何を飲まれるの?」と聞かれることがよくある。実は家ではときどきジョニー・ウォーカーの黒ラベルを飲んだりすることもあるが、まずウイスキーは置かない。同じ黒ラベルでも、サッポロの方を飲む。家でくつろいで、半ばだらしなく飲みたいときは、やはりビールに限る。逆に言えば、ウイスキーを飲むときには、適度な緊張感が必要なのかも知れない。

よく「酒を飲ませるとその人の本性が出る」という話をきくが、私はそうは思わない。酒を飲んだくらいでは、その人の本性が出るわけがない。その人の酔った側面が出るだけだ。ただ、本性は出ないけれども、品性は表れる。昔からよい酒飲みと言われ、私たちがカッコいい飲み手と思うのは、やはり、品位のある飲み方をする人たちなのだ。

いい服を着こなして、高級な酒を気取って飲んでいる人たちにも、恐ろしく品のない人たちは少なくないし、ガード下の薄暗い飲み屋で、鼻を真っ赤にして大声で飲んでいる人たちの中にも実に品のよい酒飲みは確かにいる。そんな楽しい酒飲みたちの隅っこに座り、いろいろな話に耳を傾けながら焼酎を呷るひとときは、まさに至福の時間だろう。

私も、毎回飲んだ翌日に起きるたびに後悔をするような情けない酔っ払いではあるが、酒飲みの端くれとして、品位のある飲み手でありたいと思う。ただ、目指す理想は高くても、まだまだ修行が足りないようだ。

そんな私が店を始める際、どんな店にしようかと思い悩んで、先輩のバーマンに相談したことがある。その時の答えが、「あなたが行ってみたいと思える店にしたらどうだろう」ということだった。

聞いたところによると、自由が丘だけでバーは60軒ほどあるそうだ。かなりの数に驚いたが、中にはバーマンの個性でお客さんをぐんぐん引っ張っていく店もあれば、自分の存在を感じさせないのが理想だと考える、控えめなバーマンの店もあって、そのスタイルは様々だ。

4年近く店の営業を続けていて、自分の行きたい店になっているのか、正直なところまだよくわからない。また、酒飲みの姿勢と同じで、店の姿勢にも品位は不可欠だと思う。私の店は、その辺のところはどうなっているのだろう。

なかなか客観視することは難しい。今度私のエイリアスを作って、営業中にフラッと訪ねさせてみたい気もする。彼は「また来たい店だね」と言ってくれるだろうか。

 

 

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