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■店主の分け前〜バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第316回:流行り歌に寄せて No.121 「さよならはダンスの後に」〜昭和40年(1965年)

更新日2016/11/24

『下町の太陽』の下、ひそやかに生きてゆく若い女性、そんな姿を歌ってヒットしてから2年と少ししか経っていないのに、今度はぐっと大人の雰囲気を持つ、恋の終わりの曲である。

レコード・ジャケットも、大きなマイクの前で小首を傾げ、ひたむきに歌う可憐な女の子から、ネックレスを着け、ノースリーブで一輪の花を胸に抱く、大人の女性へと大きく変身しているのである。

NHK紅白歌合戦で言えば、『下町の太陽』は昭和38年、そして今回の『さよならはダンスの後に』は昭和40年に披露されている。昭和39年出場の時の『瞳とじれば』という曲は、岩谷時子:作詞 いずみたく:作曲の、嫁いで行く女性が、亡き父や故郷の妹たちに静かに想いを寄せた曲で、まだ充分に可憐さを漂わせている。

この大きなイメージの変わりように、彼女のファンは戸惑ったことだろう。何か置いていかれる様な気持ちになった人も少なくないと思う。いきなり「何も言わないで ちょうだい」はないんじゃないですか、チコちゃん。

余談になるが、当時小学4年生だった私は、この曲の「黙ってただ 踊りましょう」の詞の箇所を、なぜか「黙って花 を売りましょう」だと勘違いしていた。そして、花売りの娘さんと華麗なダンスにどんな関係があるのだろうと不思議に思っていた。少年だった私の中の倍賞千恵子には、ネッカチーフを被って健気に花を売っている印象があったのだろう。


「さよならはダンスの後に」  横井弘:作詞  小川寛興:作曲  倍賞千恵子:歌

1.
何も言わないで ちょうだい

黙ってただ 踊りましょう

だってさよならは つらい

ダンスの後にしてね

ここはお馴染みの クラブ

いつものように 踊りましょう

せめてキャンドルの 下で

泣くのだけはやめて

だれにも負けず 深く愛してた

燃えるその瞳(め)もその手も これきりね

何も言わないで ちょうだい

黙ってただ 踊りましょう

だってさよならは つらい

ダンスの後にしてね

2.
少しカクテルを ちょうだい

酔ったらまた 踊りましょう

だってさよならは つらい

ダンスの後にしてね

いまは懐かしい クラブ

気のすむまで 踊りましょう

せめて恋人の ままで

やさしく肩を抱いて

初めて聞いた 夜のささやきが

たとえ短い夢でも 忘れない

少しカクテルを ちょうだい

酔ったらまた 踊りましょう

だってさよならは つらい

ダンスの後にしてね


あなたがとても 好きなこの曲も

あすはどこかで独りで 聞くだけね

何も言わないで ちょうだい

黙ってただ 踊りましょう

だってさよならは つらい

ダンスの後にしてね


この歌は、曲の方が先にできてそこに歌詞をつけたという、いわゆる「ハメコミ」という形のものであった。

作曲家の小川寛興は、このコラムの第242回『月光仮面は誰でしょう』で少しご紹介したように、主題歌を始めテレビの創成期からのテレビ音楽の第一人者として大活躍した人である。

今回の『さよならはダンスの後に』は、歌謡界で多くの人が手掛けたルンバの中でも、間違いなく指折りの名曲と言える、美しく哀愁を帯びた曲に仕上がっている。そして、昭和40年の第7回日本レコード大賞の作曲賞を見事に受賞した。

さて、作詞家というものは実に達者なものである。『下町の太陽』(このコラムの第278回でご紹介)、『さよならはダンスの後に』ともに横井弘が手掛けている。キングレコードの意向なのかどうか、倍賞千恵子のイメージ・チェンジ企画に、実に柔軟に対応している。

ただ先ほど触れたように、ファンとはそう柔軟にはなれないものだと思う。保守的だからこそファンであるのだが。プロデュース側は、ファンをある意味裏切っていくことで、新しい展開を仕掛けていくのだろう。それが見事にハマった時、彼らは醍醐味を味わうのだろうか。

この曲は、その後再録音されて、倍賞自身が円熟味を増したことにより、さらに大人の雰囲気を持った曲になった。けれども、「ちょうだい」「つらい」という詞の部分の少し拗ねるような甘えた声は、最初の方が遥かに良かったと指摘するファンも少なくないようだ。

最初の『さよならはダンスの後に』のレコードのB面の曲名は『妹よ』。そして、昭和40年の第16回NHK紅白歌合戦でこの曲を歌った時のバック・ダンサーの中には妹の倍賞美津子がいて、姉同様SKDで鍛えた見事な踊りを披露していた。

-…つづく

 

 

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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