音羽 信
第8回: ブラザーズ・イン・アームス
by ダイアー・ストレイツ(マーク・ノップラー)
アルバム『ブラザーズ・イン・アームス』より
山々を隠して立ち込める霧。
ここが今の俺の居場所。
でも俺の本当の故郷は、あの低地。
それだけは変わらない。
いつの日かお前にも
帰る日がやってくるのだろうか
あの谷間に、あの農園に。
そうしたら、お前だって
もう燃え尽きなくていい
多くの戦友の一人として。
そこらじゅうが破壊された
炎に焼かれた野山
戦闘が激化する中で
俺の目に映ったのは
苦しむお前。
俺だってひどい重傷を負った。
そんな恐怖と不安の中で
俺を見捨てなかったお前。
俺の戦友。
あまりにもたくさんの世界。
そのたくさんの世界の上の
あまりにもたくさんの太陽。
本当は、地球という
たった一つの世界しかないのに
なのに、あまりにもたくさんの
異なる世界に住む俺たち。
太陽はもう地獄に沈んだ。
見上げれば夜空には月。
お前にサヨナラを言わなくちゃいけない。
誰だっていつかは死ぬ。
でもそれって
星の動きに書かれていることなんだろうか?
手のひらのシワに記されているんだろうか?
俺たちは馬鹿だ。
こちらの戦友とあちらの戦友とが戦いあう
戦争なんてものを
起こすのだから。
Brothers In Arms - Dire Straits [Mark Knopfler]
Album《Brothers In Arms》(1996)
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ロックがもう、何もかもやり尽くしてしまったと、誰もが思った1978年に、そんんなことを無視するかのように素知らぬ顔をして『Sultans of Swing』でデビューし、いつの間にか世界的スターになってしまったダイアー・ストレイツ、とりわけマーク・ノップラーほど粋なミュージシャンはいない。私はイビサ島に住んでいた時に、マーク・ノップラーを初めてテレビで見た。デビューしたばかりのダイアー・ストレイツはあまりにも素晴らしく、マーク・ノップラーのクールさに、私はただただ呆然となった。
カッコいいバンドはたくさんいる。エモーショナルなヴォーカリストもエキサイティングなギタリストもシャープなドラマーも、スタイリッシュなボーカリストもパワフルなベーシストもスリリングなキーボードもいる。ロックシーンには、スターの数だけのカッコよさがある。でも、マーク・ノップラーのような自然体の粋なロックスターはいない。
多くのロックスターたちは際立つことでスターになる。誰にもできないことを目立たせてスターになる。当たり前だ。目立たなければ埋もれたままになりかねない。マーク・ノップラーは違う。彼ほどさりげなくギターを弾き、そして自然に歌う歌手は稀だ。それはほとんど、カフェに座ってコーヒーでも飲んでいるかのようだ。まるで道をゆっくり歩いているかのような、あるいは、自宅のソファーに座ってぼんやりと流れるままの時を見つめているかのようだ。
なのに、彼の指が触れた弦が奏でるギターの音色は素晴らしい、聴く人の何かを溶かしてしまう。そして飽きない。静かに見える暖炉の火を見ていて飽きないように、流れる川の水を眺めていて飽きないように。どうやら彼のギターの音色には、命が宿っている。命とはつまり、当たり前のようにこの世に形を得て、当たり前のように消えていく美しさのことだ。
ダイアー・ストレイツがデビューした翌年、何かの用事でマドリッドに行った私は、たまたま立ち寄ったレコード店で、ディランの新譜『Slow Train Coming』が目に入った。手に取るとバックミュージシャンに、ダイアー・ストレイツの名前があった。そのタイトルはまさに、私の感覚にピッタリだった。ロックシーンにやっとSlow Trainがやってきた。それはまさしくマーク・ノップラーのことだと私は思った。そしてきっとディランもそう思ったのだと感じた。とっくの昔に生まれていいはずだったのに、なぜかどこにも現れなかった、そして現れた途端に、ずっと昔から走り続けていたかのような佇まいを漂わせた音。
マーク・ノップラーは『ロメオとジュリエット』や『テレグラフロード』などの物語性の高い歌でよく知られるが、考えてみれば『Sultans of Swing』だって、ロンドンのミュージックパブのひと時を実に見事に描いた一瞬の物語のような歌。演奏の中には、演奏の時間切れを知らせるベルの音まで入っていた。けれど使われている言葉はみんな繊細なまでにさりげない。そして『Brothers in Arms』。
確かに、世界には無数の太陽がある。どこかの場所で、誰かの上で、異なる場所で、そして一人ひとり違う人の上で、それぞれ違う場所の上で輝く、その人だけ、その場所のためだけの(ような)太陽。でも考えてみたら太陽は一つ。地球だって一つ。そして私たちの命だって。
この歌を聞くたび、「So many different worlds, So many different suns, and We have just one world」、そして「俺たちは馬鹿だ/ We're fools」という言葉が心に沁みる。
Brothers in Arms -Dire Straits
https://www.youtube.com/watch?v=jhdFe3evXpk&t=7s
Brothers in Arms ーMark Knopfler
(Live in Berlin, 10.9.2007)
https://www.youtube.com/watch?v=EMRJT2ebvAk

Mark Knopfler
<photo by Sebastien.gross>
-…つづく