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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第514回:一般化してきた男性の化粧

更新日2017/05/25



昔、プエルトリコで暮らしていた時、テレビを持たない私たちにわざわざ声をかけ、日本のサルサバンドが当地に来ており、演奏ステージの中継をテレビでやっているから観においでと、友人が呼んでくれたことがあります。行って観て驚いたことに、このバンドのメンバー全員が顔を真っ白に塗り、まるで舞妓さんか歌舞伎役者のようなメイクアップをして、中南米のダンス音楽サルサを歌い、演奏していたのです。バンド名は“ラ・ルーツ”(光)と言います。はじめ奇妙に見えていたのが、じきに、舞台演奏にピッタリとはまっているように見えてきたから不思議です。もっとも、彼らの演奏は地元プエルトリコの人たちを唸らせるほど巧みですし、スペイン語の発音もとても上手でした。

このように、一種の仮面を被ることによって、逆に内在する個性が発揮できるケースもあるものだと感心させられました。考えてみるまでもないことですが、舞台に上がるヒトは大なり小なり、女も男も舞台化粧をしています。中にはフォークシンガーやロックシンガーで、あんたたち、人前に立つんだから、少し髭でも剃って、髪も梳かして、少なくとも小奇麗にした方がイイんじゃないの…と言いたくなるグループもいますが…。

でも、一般の男性が化粧して出歩く現象はアメリカでは見られませんでした。と、過去形で書くのは私の生徒さんで、アイラインを入れたり、眉を剃ったり、抜いたり、描いたり、整えて授業にくる男性が珍しくなくなってきたからです。

スペインのイビサ島で暮らしていた時、同性愛の男性天国のようなところでしたから、薄化粧をし、クッキリとアイラインを入れた男性が大勢いました。ひと目でそれと分かるゲイ専門の化粧でした。それが、ゲイだけでなく、ごく一般的な社会現象として男性の化粧が広がり、受け入れられてきたようなのです。化粧が女性だけのモノという通念は、偏見だったのです。

アフリカのポロロ族(ヴォダヘ族)は男性が目を大きく見開き、できるだけ白い歯を見せ、おまけにべったりと化粧をし、着飾って踊る、それが女性を引き付ける鍵になっています。何でも、痩せ型で背が高いのがイイ男という基準なので、彼らの美男コンテスト(ゲレウォールと呼び、年に一度開かれます)では、彼らはひたすら体を垂直に保ち、タダタダ思いっきり飛び上がります。『ナショナル・ジオグラフィク』で取り上げられたり、テレビで中継されたりで、今では世界中から観光客が訪れる程です。その影響がやっと西欧社会に及んできたのかどうか、男性が化粧をするのが認められるようになってきたのでしょうか。

イギリスに本拠を置く広告会社 JWT社がアメリカ、イギリスの男性を対象にして、アンケート調査を行いました。たった1,000人だけを対象にしていますから、それほど広範囲、全般的な調査とは言えないかもしれません。この調査で、女性が1年間に化粧品、ビューティーサロンなどコスメティックに使うお金は2,462ポンドになるが、それに対し男性も1,786ポンド、後一歩で女性を追い着け、追い越せというばかり使っていると言うのです。これは考えてみるまでもなく、膨大な金額です。

ウチのダンナさんなどは、ほとんどゼロでしょうけど。そんなにケチらなくてもいいのに、身についた貧乏性のせいか、チョイチョイ出かけるシゴトの旅で、ホテルに付いているシャンプー、石鹸などを待ち帰り、それを使っていますし、第一、シャンプーするだけの髪が頭の上に残っていないのですが…。

世の男性がどんな風に化粧を、自分を美しく見せるために何を使っているのか、その調査によると、スキンケアが54%、ワックスなどでの脱毛33%(体毛が多すぎるのは、ゴリラチックで最近流行らないのです)、リップクリームなどが39%、そして驚いたことにマニュキアに29%と…ほぼ3人に1人の男性がマニュキュアをしているというのです。

日本なら、それにアデランスなどのカツラ、そして毛染めが首位近くを占めるのではないでしょうか。さすがにハゲを隠すためのバーコード風ヘアスタイルは最近見なくなりましたが…。

ダンナさんによれば、「ドダイ、ないものをあるように見せようとすること自体に無理があるわけで、カツラや毛染めは、本人の精神の貧しさ、ミミッチサを表現しているだけだ。人間、現実を受け入れる潔さを失くしたら、ますます醜くなるだけだ」と禿げ頭を撫で上げていました。

先日、『桜の花』、HANAMIとサブタイトルを付けたドイツ映画を観ました。奥さんを亡くした初老の男性が、ドイツのド田舎から、息子を頼って日本にやってきて、そこでホームレスのストリート前衛ダンサーと知り合いになり、若い繊細な少女のようなダンサーに導かれるように、桜の花を観、そして最後、念願の富士山を眼前にし、少女の踊りを見よう見真似で踊りながら死んで行く、奥さんの元に成仏していく…という、なんだか、観阿弥ばりのストーリーでした。

その最後の場面で、頑強なドイツの田舎のお爺さんが、顔を真っ白に塗り込める場面がありました。踊る前の死に化粧と言えばいいのでしょうか。人は未知の世界に足を踏み入れる時、解脱などというと辛気くさいですが、言ってみれば変身する時、今まで引きずってきた生き方を変える時、その象徴としての顔を作り変えてきたのでしょう。

こうなると、男性の化粧は気味が悪い…などと言う方がオカシイですね。変身願望は誰にでもあるし、少しでも美しく、逞しく見せようというのは、いたって自然な感情なのですから。

 

  

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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