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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第681回:選挙権は誰のものですか?

更新日2020/10/29


アメリカの大統領選挙が近づいてきました。それに伴い、私たち宛ての私書箱にごっそり選挙運動のジャンクメールが入ってくるようになり、電話攻勢も盛んになり、かかってくる電話の大半が選挙がらみのものになりました。

アメリカの大統領選挙は“最大多数の最大幸福”ではなく、州ごとに割り当てられた選挙人を選び、その選挙人が大統領に投票するという、およそ複雑怪奇な前時代的なやり方で、その選挙人の数を誰がどう決めるか、どうにもすっきりしません。

スパッと人口10万人に対して一人の選挙人を割り当てる、というような合理性もなく、最近の選挙でも、獲得した投票数が多いのに選挙人獲得数で及ばず、大統領になれなかった例が2件あります。アル・ゴアとヒラリー・クリントンです。どうにも、アメリカの大統領選挙のやり方を理解するのは、アメリカ人にとっても不可能に近く、外国人には中国の経済、億万長者続出と共産主義の関係を説明する、もしくはできないのと同じように、頭から、ムリ、ムリなのです。

アメリカの選挙の特徴は、ハデハデしいお祭り騒ぎと、相手を臆面もなく中傷することでしょうか。ウソでも、ウワサだけでもいいから大声で叫び捲った方が勝ちという図式ができ上がっており、自分の主義を訴えるより、相手をいかにやり込めるかだけが争点になってしまったようなのです。それに拍車をかけたのが“Twitter(ツイッター)”です。“ツイッター”は無責任放言ですから、事実の裏付けなど問題にせず、相手を中傷するにはもってこいのツールと言えます。“ツイッター”が政治を駄目にしたと思うのですが、どうでしょう…。

私たちが住んでいる高原台地は、もともと牧場と放牧地だけのところでした。そこへ谷間の町から離れ、高原の森に住もうという人が現れ、私たちもその一員ですが、住み始め、およそ200軒を占めるようになりました。そのうち一年中住んでいる人は70~80軒でしょうか。後は夏の避暑別荘かハンティングのためのロッジです。

牧場主、牧童には圧倒的に保守的なトランプ支持者が多く、谷間からの移住者は民主党バイデン支持者とかなりハッキリとした線を引くことができます。大勢でいけば、ここグレードパークは圧倒的なトランプ支持、保守的な地域です。牧場の入口やドライブウェイに不動産広告のように、“トランプ”と書かれた看板が目立ちます。

この時期には、政治色のない結婚式、お葬式、会社のパーティーなどで、政治の話をするのは禁止です。というのは、まず互いに相手政党の悪口、個人的な中傷に終始し、会話が成り立たず、互いに軽蔑し、嫌悪し合うことになるからです。ウチの仙人のように、「色んな意見があるのは良いことじゃないか。意見、主義を交換するのは悪いとは思わんけどね~」などという、ノンキな態度は許されないのです。

私にしてから、積極的に民主党支持というより、トランプ大嫌い、どんなことがあっても再選されないことを祈っていますし、いつも卵を買っているマクドナルさん、特に奥さんのベティーは歯に衣着せないトランプ支持者で、車と家のドアにオバマ元大統領のカリカチュアである“黒いサル”を貼っているくらいです。マスクもトランプと大きく書かれたものを愛用しています。とてもベティーと静かに、何ゆえに汝はトランプを支持し、私はバイデンを支持するのか話し合える状況ではありません。

マッカーサーが日本人の精神状態は12歳程度と言ったとか言わないとかで、一時期日本国内で、喧々囂々(けんけんごうごう)騒がれましたが、アメリカ人の精神も、白黒、単純明快なのをよしとし、それしか判らない12歳以下なのです。まるでどちらの政党を支持するかが、その人格のすべてであるかのようなのです。

事前に申し込んでおくと、コロラド州の投票の手引き冊子が送られてきます。Booklet(冊子)と呼んでいるけど、A4サイズ、110ページに及び、しかも細かい字でびっしり印刷された、写真、イラストなしの週刊誌のようです。こんなものが必要なのは、大統領、州知事、上下国会議員の投票と同時に、警察署長、カウンティー(郡)の長官、州の教育委員長、州の法務長官、それに現在就任している裁判官を継続させるか、罷免するか、全く耳にしことのない人たちにマル、バツ付けなければなりません。

他に不在地主の固定資産税を住民固定資産より高くするか、ビンゴなど小規模ギャンブルを州の役人の立会いなしで開催できるようにするか、現行しているカジノの最高賭け金の上限を上げ、それに課税するか、E-cigaretteにもタバコと同率の課税をするか、妊娠何ヵ月までの堕胎を合法とするか、川の水の水利用、使用権のことなどなど、すべて合わせると28項目の投票をすることになります。

その中に、州に住み、州に税金を払っている人に、州政治に参政する、投票権を与えるか、否かという条項もあり、合衆国政府はウチのダンナさんのように、日本国籍でアメリカの労働許可証、在留権を持っている人に対し、国税、州税を支払う義務を負わせていますが、投票権を与えていませんので、他人事ではありません。彼は選挙の季節になると、いつも「オイ、高い税金を取られているのに、投票権がないのはどういうこった…」と愚痴っています。 

この投票の手引き冊子は、この手のお役所発行のものとしては、各条項を丁寧に説明してあります。しかしながら、一体この冊子を初めから最後まで読んで理解できる人が何人いるのか、大いに疑問です。ましてや、事前に郵送してもらわずに、投票場で投票用紙とこの冊子を渡され、それから読み始めたら、たぶん半日かかってしまうでしょう。分かり易く説明してあるとは言っても、こんな文章をすんなり理解できるアメリカ人はむしろ少数派かもしれません。

このように、投票が事細かになっているのは、できるだけ住民に密着した政策を行う意図から発したものであるのは分かります。しかし、それらの各条項を誰がどのようにして賛否を問う投票にまで持っていったのか明らかでありません。裏にどのような圧力団体がいて、署名を集め、州議会議員を動かしているのか、なかなか見えてこないのです。

それでも、事前に選挙の手引き冊子、カタログが手に入るのは大いに助かります。ところが、私の実家のあるミズーリー州では、そんな投票の手引き冊子を郵送してもらうには、申込用紙にサインをし、公証人のスタンプ(印鑑)とサインを貰わなければなりません。早く言えば、誰に、どのように票を入れるかを事前に検討したり、不在者投票をするな…ということなのです。共和党が知事であり、州議会を牛耳っている州は、と言うことは、全米の3分の2の州はそのような遣り方なのです。

そして肝心な大統領選挙です。
立候補している人は、トランプ、バイデンのほかに20人もいます。ですが、アメリカ的な二大政党制の下では、民主党、共和党以外の候補者が大統領になる可能性はゼロです。それでも、20人の候補者が名前を連ねているは良いことなんでしょうね。私個人としては、色々な人種、人間がいて、様々な意見があるのは素晴らしいことだと信じているのに、どうにもトランプ大統領のやることなすこと、彼の全人を全く信用していません。それどころか、彼が、極右の警察国家、独裁者を目指していることがハッキリと見えていると思うのです。

先日、ミネソタ州に住む大学時代の同級生で、政治意識が高く、彼自身、民主党員であり、州議会議員を務めたこともある友達に電話をしました。万が一にも、トランプが勝ってしまったらどうするの? 私たちは、本格的にアメリカ脱出しようとさえ思っていると言ったところ、 彼、スティーブは、自分はたとえどんな状況になってもアメリカに留まり、民主主義を守るため、ほんの僅かのことしかできないにしろ、戦い続けると言うのです。

これには、一発ガーンとやられた気分になりました。トランプが再選されたら、どこか他の国に行く、というのは手の良い逃げで、自分の国を良くするどころか、悪くすることにしかならない、自分のことしか考えていない卑怯者のすることなのです。

今度の大統領選挙は、私個人の政治意識の根本を問われることになりそうです。

-…つづく

 

 

第682回:手の大きさとピアニストの関係は?

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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