第21回：気長な強盗
更新日2007/06/29
災難は忘れたころにやってくる。しかも、いかにも親切面をしてやってくる。
マニラはキリノ駅前のマクドナルドでホットケーキを食べていて声をかけられた。それは忘れもしない二度目のフィリピン。南米帰りでなければ、はめられていたかもしれない。実際、日本人の観光客はよくこの手に引っかかっているようだ。第一、こんな手口は日本にはありえない。
フィリピンではもっぱらタガログ語で話しかけられることが多い。特にルソン島に多い中国系に見えるようだが、『地球の歩き方』を読んでいたので日本人だとばれたらしい。隣のテーブルにいた60代と40代の姉妹とおぼしき二人組みに英語で声をかけられた。
「あなたは日本人ですか。私は以前、ダバオの日本人会館で働いていました」と妹。レガスピに住んでいる姉がマニラに来たので、親戚と待ち合わせているのだという。そこに甥だの姪だのが登場。みんなしてフレンドリーであるがわざとらしさはなかった。
バクラランマーケット
実はこの前日もバクララン駅前でタガログ語で声をかけられていた。英語で「タガログ語はわかりません」と答えた。普通はこれで終わるのだが、その40代くらいの女性は、「日本人ですか」と訊いてきた。適当にかわして電車に乗り込む。車内は混んでいた。するとさっきの女性が、親戚だか友達だか女性二人とまた声をかけてきた。
「私の妹は日本人と結婚して日本に住んでいます」と、片言の日本語を話す。駅前では一人でいたのに３人になっているのがどうも怪しい。適当に受け流しておく。目的地に着いたので人波に流されるようにして降りると、それ以上はついてこなかった。うまくまいた。
女性３人、男性一人の家族は、「今日はこれからどうするのか」と訊いてきた。もし、この人たちが人懐っこく、親切な人たちだとしても、ついてこられるのは困る。一人でずっと旅してきたような人間は、自分の好きなときに好きなようにしたいのだ。たとえどこかを案内してくれるにしても、同行者がいるなんてのは重くてかさばる荷物が増えたのに等しい。
「美容院で髪を切る」と言うと、案の定案内してくれるとのこと。ありがた迷惑なのだが、うまく断れなかった。ジプニーに乗せられ、料金まで払ってくれた。
レガスピから来たおばさんは、向こうで仕入れてきたものをマニラで売っていると言う。レガスピに来ることがあればぜひ寄るようにと住所をくれたが、通りの名前だけで番地がない。バンコクに行ったことがあるとも言っていたが、その割には歯は抜けているし、眼鏡のつるは壊れている。羽振りがよさそうには見えない。やっぱりこれはおかしい。
美容院で待っている間、おばさんは携帯メールで何度かやりとりをした。家族の誰かが入れ代わり立ち代わりやってきて、他の人は店の外で立ち話をしている。これは見張られているのかも。ひっきりなしに話しかけてきて、こちらを観察している。しかも、目を合わせようとしない。一度だけ妹と目が合った。彼女は憐れむような目で私を後ろから見ていた。私が振り返るとすぐに目をそらしたが、その彼女の目で確信した。
彼らは親切な姿勢を最後まで崩すことはないだろう。ちょうどある商材を安く買える場所を探していたので試しに訊ねてみた。すると、彼らはあっさりそこへ連れて行ってくれた。これは大助かり。おかげでてこずるだろう仕事があっという間に終わってしまった。しかし、最後までこのままだまされるわけにはいかない。どうやって終わらせようかとずっと考えつつも、彼らがどんなオチをつけるのかにも興味があった。
グリーンヒルズショッピングセンター
まだ案内したいところがあると、ジプニーを３回乗り換える。もうそこがどこだかはわからなかった。最後にトライシクルに乗せられ、住宅街の細い路地に入る。これはやばいのだが、出会ってからここまで４時間かかっていることを考えると、この先いきなり撃たれたり刺されたりということはなさそうだ。商用で来ているため、腹には100万円の現金を巻いていた。一眼レフのデジカメも持っている。ともかく冷静でさえいればなんとかなる。
一軒の普通の家に通された。商材の卸しかと思えば、ドライマンゴーを安く売っているのだと言う。下手なオチだ。ドライマンゴーはセブあたりで作っているし、この家のどこにも見当たらない。冷えたビールとオレンジジュースが出てきた。遠慮しているふりをして手をつけず、持参のボトルドウォーターを飲む。さて、どうする。
「ところで、今、何時？」
14時にグリーンヒルズで待ち合わせがあると出てきた。トライシクルに乗り込もうとする私を家族が総出で見送る。睡眠薬入りの飲み物に一口でも口をつければ成功したのにと内心では悔しがっているに違いない。
それにしても気の長い強盗である。なるべく傷つけることなく、恐怖も与えない穏便な手口。目を合わせなかったのは、仕事がやりづらくなるからだろうか。彼らはそれほど悪人ではないのかもしれない。
第22回：バシランからの手紙
片岡 恭子
