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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第18回:ギュンター 5 “暖炉とガスボンベ事件”

更新日2018/05/03

 

losmollinos-03
La Apartamento de Gomez, Los Mollinos, Ibiza

イビサがディスコやパーティーの島になるのは夏の3、4ヵ月のことで、長い冬はホテルも閉まり、船便も航空便もパタリと途絶え、騒音に満ち満ちていたカジェ・マジョール(メインストリート)のバー、レストラン、それにサリーナスのビーチもツワモノどもの夢の跡のように静まりかえる。その上、イビサの冬は湿度が高いこともあり、骨身に浸みるような寒さが夜を覆う。イビサの家やアパート(ピソと呼んでいる日本のマンション)にエアコンの冷房は必要ないが、冬場を火の気なしで過ごすのは意外と厳しい。

春先、長い休暇からイビサに帰り、一歩自分のアパートの部屋に足を踏み入れた時、私は古い火事場に迷い込んだような錯覚に襲われた。煙が充満しているわけではなかったが、部屋中に焦げた臭いが漂い、ベッドのマットレスも毛布も、小さな洋タンスの中も、すべて燻製にしたような焦げた煙の臭いが浸み込んでいたのだ。

原因は明らかだった。ギュンターが冬の間に暖炉を炊いたのだ。私たちのアパートには1階から3階まで同じつくりの広いワンルームで、さらに屋上に大家のゴメスさんが住むアティック(attic;屋根裏部屋)があった。各階には申し訳程度の飾りのような暖炉が付いていた。全く実用的でない代物で、ローソクでも立てるか、ワインやリキュールの瓶を並べるしか使い道がないスペースだった。

暖炉自体のデザインがまるでなっていないことは住人は承知していた。1階からゴメスさんのペントハウスまでが一つの大きな空洞の穴で繋がっていて、そこに個々の暖炉の煙抜きが差し込まれているだけなのだ。結果、どこか一軒で暖炉を燃やすと、逆流した煙は全アパートに充満することになる。そんなことはギュンターも知っていたはずだった。他の住人はプロパンガス(スペインではブタンガス)の20リットル入りのオレンジ色のボンベを運び込み、ガスヒーターで冬の夜の暖をとっていた。

その足でギュンターに厳然と苦情を申し入れに行った。滅多なことで腹を立てたり、強い口調でものを言わない私の剣幕を見て取り、ギュンターは、「そりゃ、すまなかった。だけど、それは暖炉の煙突が一軒一軒独立していないからで、これは建物自体の問題だし、大家のゴメスの責任だ。一緒にきちんとした煙抜きを敷設するよう言いに行こう」と、早口でドモリながら弁明したのだった。

ギュンターの口調から、私は彼が私のアパートがどういう状態になるか、なったか知りながら、自分の部屋を暖かくするために、他一切を無視して、火を燃やしたことを悟った。

彼の暖炉には鋳物のストーブの一流品、ジョツール(JOTUL)のインソート(押し込み式ストーブ)が設置されていた。一体どうやってこの重い鋳物のストーブをここまで運び上げのだろう。たぶん、ペペが友達を集めて運び込んだのだろう。

その時、台所の方に、ホントウに何気なく目をやってさらに驚いた。オレンジ色のブタノガスのボンベが8本から10本ほど並べてあったのだ。『カサ・デ・バンブー』で営業用に使うブタノガスをギュンターにチョイチョイ回してやっていた。彼は車を持っていないし、運転もしない。私もオンボロのべスパ(VESPA;スクーター)を交通手段、荷物運びに使っていて、重いブタノガスボンベを運び込むのは一仕事だった。普通の住宅地ならトラックでの配達があるのだが、ここは崖に張り出したアパートで、車道がなく、300メートル近く離れた軍人病院から担いでこなければならないのだ。

ブタノガスボンベを何十本も積んだ配達トラックは軍人病院前にくると、鉄の棒かレンチで空のボンベをカンカンと鳴らし、それを聞きつけた私が空のボンベを担ぎ、満タンのものと交換してもらうのだった。それでも、そこまで来てくれればありがたいことで、夏場の忙しい時期には港近くのブタノガス集配所まで買いに行かなければならいことが再三だった。べスパの後ろの席に微妙なバランスで20リットルのボンベを縛り付け、『カサ・デ・バンブー』へ運び込むのだった。

ガスはレストラン商売の生命線だった。このロスモリーノスのアパートでは貴重品でさえあった。だから、店にはいつも3、4本の予備を置いてた。ギュンターが溜め込んだブタノガスボンベはすべて『カサ・デ・バンブー』経由のもので、私が気安く、むしろズボラにギュンターに貸し与えていたものだった。

ボンベの本数を捉え、きちんと貸し借りの管理をしなかった落ち度はむろん私にある。満タンのボンベを貸し、その時必ず空のボンベを引き取るべきだったのだ。ガス会社にボンベ1本に付き、デポジット(保証金)を何がしか払っていたし、ボンベと同じオレンジ色のツナギを着たガス配達のオジさんには、毎回チップ以上の心付けを渡すことで何とかガス切れを免れていたのだ。

ギュンターにガスボンベをこんなにたくさん、普通のアパートに置くことは非常に危ないし(『カサ・デ・バンブー』の調理場は消防署の基準どおりドアの上、下に20センチばかりの丸い穴を開け、ガスが中にこもらないよう換気対策をしていた)、これからのシーズンに向け店で必要になるからと、ギュンターの料理用に1本だけ残し、他のすべてを『カサ・デ・バンブー』に担ぎ降ろしたのだった。

-…つづく

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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