■くらり、スペイン〜イベリア半島ふらりジカタビ、の巻

湯川カナ
(ゆかわ・かな)


1973年、長崎生まれ。受験戦争→学生起業→Yahoo! JAPAN第一号サーファーと、お調子者系ベビーブーマー人生まっしぐら。のはずが、ITバブル長者のチャンスもフイにして、「太陽が呼んでいた」とウソぶきながらスペインへ移住。昼からワイン飲んでシエスタする、スロウな生活実践中。ほぼ日刊イトイ新聞の連載もよろしく! 著書『カナ式ラテン生活』。


■移住を選んだ12人のアミーガたち、の巻(連載完了分)

■イベリア半島ふらりジカタビ、の巻
第1回:旅立ち、0キロメートル地点にて
第2回:移動遊園地で、命を惜しむ
第3回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(1)
第4回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(2)
第5回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(3)
第6回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(1)
第7回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(2)
第8回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(3)
第9回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(4)
第10回:奇才の故郷に、ごめんくさーい(1)
第11回:奇才の故郷に、ごめんくさーい(2)
第12回:奇才の故郷に、ごめんくさーい(3)
第13回:奇才の故郷に、ごめんくさーい(4)
第14回:たいへん! ムール貝を、重油が覆う(1)

■更新予定日:毎週木曜日




第15回:たいへん! ムール貝を、重油が覆う(2)

更新日2003/02/06


11月中旬にタンカーがガリシア沖で難破したというニュースを聞いたとき、すぐに思い出したのは1997年に日本海で起きたナホトカ号沈没事故だった。地元のひとや全国からのボランテイアが浜辺で回収作業をする姿を、当時のニュースで見た。89年のアラスカ沖重油流出事故の際に報道された油まみれの海鳥の映像も、記憶に新しい。でもどちらも、どこか遠い場所の遠い話だった。当事者の方々には、本当に申し訳ないのだけれど。

だもんで、今回のニュースを聞いても、「あー、年末にかけて、ますます魚介類の値段が上がるなぁ」なんてことしか考えていなかった。スペインでは、クリスマスにエビをはじめ魚介類を食べる習慣がある。なので、いつも冬場になると、ただでさえ魚介類全般の価格が上昇するのだった。

12月になって、あるアミーガがガリシアへ行ったという話を耳にした。彼女は、日本から現地の水鳥救護センターに派遣された獣医師さんたちの活動をサポートしているという。それまで実は「野鳥とかトキとか別に絶滅してもあまりどうでも良いし」なんて思ってた非道な私だったが、彼女の姿に心を動かされた。そしてようやく、スペインで連日ニュースのトップを占めているこの事故のことをちゃんと知りたいと思うようになった。


調べてみると、本当にひどい事故だった。

たとえばあの日本海のナホトカ号が積んでいた重油が1万9千トンなのに対して、今回ガリシア沖のプレステージ号が積んでいたのは7万7千トン。難破し、船体をまっぷたつに割りながら沈没するまでに、すでに2万トンあまりが流出したと考えられている。

それらの重油は、「重油塊」あるいは「重油帯」となって海面を漂う。沈没の3日後にさっそくガリシアの海岸に漂着した重油は、ボランティアや軍や公的機関のスタッフによる連日の除去作業にもかかわらず、あるいは遠くの海岸線まで、あるいは同じ浜辺を何度も、真っ黒に染めつづけている。"marea negra"(マレア・ネグラ「黒い潮」)、スペインでは今回の事故をそう名づけた。

事故の翌週には、州政府により、汚染の深刻な沿岸でのあらゆる魚介類の漁が禁止されている。事故から半月経った12月に入ると、ついに、ヨーロッパ最大の養殖地リアス・バハスが、流出重油に汚染されてしまった。汚染地域はさらに広がる予定で、ポルトガルやフランスも自国の沿岸に漂着した場合の対策を進めている。

現在、水深3600メートルに沈む船体では、約20箇所の亀裂から引き続き重油が流出中という。船の中には、まだ約5万トンの重油が眠っている。一日100トンを超えるという重油流出がいつまで続くかは、わからない。


調べているうちに重油流出事故全般についてもっと知りたいと思って、インターネットでナホトカ号事件のことも検索した。しかし残念ながら、ほとんどがリンク切れとなっている。ガリシア沖の事故のことも、日本では本当に小さい扱いのようだ。そりゃそうだ、一方はもう5〜6年も前の話だし、もう一方は時差が8時間もあるところの話である。関心が低くなるのも、仕方ない。でも。日本ってガリシアの魚介類、わりと輸入してるのだよなぁ。

よし、行ってみるか。

ガリシア産のカキやウニは大好物で、これまで何度も食べている。まったく関係ない話ではない。私がなにかすぐに役に立てるってことはなさそうだけど、ガリシアのことを日本語で伝えるひとはそんなにいないだろう。日本とも、まったく無関係ではない話なのだから、とりあえずそこからはじめてみよう。


ところで、ガリシアは遠い。バスで片道8時間、夜行列車で10時間かかる。しかも重油汚染の現場は交通の便が悪く、日帰りでは無理だ。まずガリシアとの往復は飛行機にしよう。航空会社の格安チケットで往復99ユーロ(約12.500円)というのを見つけたので、これに決定。ホテルは二つ星で、ツインの1部屋で1泊40ユーロ(約5000円)。

実際に現地へ行ったアミーガに話をすると、彼女も自分のためにもう一度行くつもりだったから一緒に行こうと言ってくれる。有難いことに彼女が現場まで運転してくれるということで、レンタカーを2日間借りて約60ユーロ(7500円)。レンタカーとホテルの代金は折半にした。

思い立った週とその翌週はあいにく航空券が完売で、2002年最後の週末に予約を入れる。まったく思いがけないかたちだったが、こうして、いつか行きたいと思っていたガリシアへ、はじめて訪れることになった。でも、ボランティア、なんて偉そうなもんじゃない。なにかできることがあるかどうか、それよりもまずなにかをしたいと思うかどうか、それを確認したかった。ただ対岸の火事を黙ってみていたくなかったんだ、阪神大震災のときみたいに。

 

 

第16回:たいへん! ムール貝を、重油が覆う(3)

 
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