■くらり、スペイン〜イベリア半島ふらりジカタビ、の巻

湯川 カナ
(ゆかわ・かな)


1973年、長崎生まれ。受験戦争→学生起業→Yahoo! JAPAN第一号サーファーと、お調子者系ベビーブーマー人生まっしぐら。のはずが、ITバブル長者のチャンスもフイにして、「太陽が呼んでいた」とウソぶきながらスペインへ移住。昼からワイン飲んでシエスタする、スロウな生活実践中。ほぼ日刊イトイ新聞の連載もよろしく! 著書『カナ式ラテン生活』。


番外編:もろモロッコ!(1)

番外編:もろモロッコ!(2)
番外編:もろモロッコ!(3)
番外編:もろモロッコ!(4)
番外編:もろモロッコ!(5)
番外編:もろモロッコ!(6)

 

■移住を選んだ12人のアミーガたち、の巻(連載完了分)

■イベリア半島ふらりジカタビ、の巻(連載完了分)

■更新予定日:毎週木曜日

番外編:もろモロッコ!(7)

更新日2004/04/01


12月31日

今日もカスバ街道をさらに東へと進むルート。目的地のエルフードは、サハラ砂漠への入り口の町なのだ。嗚呼、サハラ砂漠! 広大なアフリカの面積の1/3を占めるという、世界最大の砂漠。毎年夏にマドリードへ吹きつけては、気温40度以上に至らしめる熱風シロッコが生まれる場所。ついにそんなサハラ砂漠の入り口まで行けるのだー!

意気揚々とティネリールを出発。といきたいところだが、夜半にコータローの持病が再発してしまい、半ダウン。朝いちで、キャリーと薬局へ。これまたフランス語しか通じないが、フランス語と英語とついでにスペイン語は兄弟みたいなもの。とくに医学用語なんて、多少のスペルの違いはあるものの、ほぼそのままで通じることが少なくない。というわけで、無事に薬を入手できた。さらにホテルに居合わせた客に通訳を頼み、用法も確認。使えるものはフランス人でも使え、じゃなくて、袖すり合うも他生の縁、ね。


本日の寄りみち観光は、トドラ峡谷。川沿いの道を進むことしばし、両側に巨大な岩の壁が現れた。谷底から上を見上げた光景をイメージしてもらえたらだいたい近いと思うのだが、高さはなんと200m以上だぜ。新宿の三井ビル、センタービル、野村ビルあたりの高さ。こう考えると新宿もすごいが、トドラ峡谷もやはりすごいぞ。岩肌になんかゴマ粒みたいなのが動いていると思ったら、ロック・クライマーたちだった。新宿高層ビルの窓拭きにスカウトしろ!


午後4時、エルフード着。ガソリンスタンドで、道端で、誰もが「砂漠に行くかい?」と声を掛けてくる。日帰り砂漠ツアーが、この町のいちばんの収入源らしい。笑顔で「ノー・サンキュー」と言いながら、ホテルを見てまわる。ちなみにこれまでホテルはどこも快適だったけど、やっぱり暖房が足りないとか、逆に暖房は効くけど空気がえらく乾燥するとか、熱いシャワーが1分しか出ないとか朝出ないとか、南京虫にくわれた(初体験)とか、それぞれどこかなにかちょっと欠点があった。果たして今回は?

4つのホテルを見てまわり、それぞれ部屋も見せてもらってから、3人で相談。最後に見たのが最高なのだけど、値段も段違い。さらに大晦日スペシャルディナーのひとり1000DH(約1万円だな)を必ず頼まなければならないという。ど・う・し・よーう! 悩みに悩んだ結果、「10年前の貧乏旅行と違い、いまは毎日頑張って働いて稼いでから来たんだもん。たまにゃぜいたくしても、いいでしょー!」という結論に。ツインの2部屋をキープし、合計4840DH(約5万円、ディナー込み)。

しかしまぁ、なんて素晴らしいホテルなんでしょ。部屋はそれぞれ独立した平屋建てで、なんというか、温泉旅館の離れみたい。部屋は広く、それぞれクイーンサイズのベッドはスプリングも適度に効いて心地良く、コーナーには4、5人掛けられるソファがあり、トイレとバスは別で、お湯もざぶざぶ出る。シャンプーまであった。思いっきりリラックスして、大晦日の夕べをくつろぐ。


この間にキャリーと、仕事のこと、人生のこと、いろいろと話した。彼女は24歳のときに、なにも知らない日本にひとりでやってきた。それが長崎で、職場の高校で私たち兄妹と知り合った。いつか「兄貴の恋人」になっていた。私はキャリーが大好きだったし、父親(マドロスさんなので、1年のうち10ヶ月は家にいない)の代わりに面倒見てきてくれたコータローも幸せになったらいいなと思っていたので、飛び上がるほど嬉しかった。

3人でスキーや海水浴やバーベキューや、たくさん遊んだ。キャリーは明るくてとても前向きで、まるでカリフォルニアの太陽みたいなひとで、私はもちろん、英語をほとんど話せないうちのおかんも大ファンになった。ふたりで不動産屋さんまわりをしたこともあるという(ちなみに日本の不動産関係は、ガイジンにすごく冷たい)。その途中で一杯のコーンスープを分け合って飲んだことなど、楽しい思い出がたくさんあるらしい。

私が24歳で結婚とスペイン行きを決めたとき、キャリーは心から応援してくれた。おかんに「私は日本に来て幸せになったよ、そしてお母さんとも出会えました、カナにも同じチャンスをあげてください」と言ってくれたこともあった。キャリーはまた、おかんをも励まし続けた。「なんでも戦って、もっともっと幸せになってください」と言い続けた。きっとコータローも、いろいろ支えられているのだろう。ほんと、イイ女だ。

私が東京で麻雀とロックと男と勉強とアナグラ生活をしているとき、彼らは勤務先の高校をスパッとやめて世界一周に旅立った。コータローが通勤に使っていたオープンカー(曲はボブ・マーレイさ)も売って、バックパックをそれぞれ持って。10年前のことで、ときにコータロー、30歳。そしていま、私がちょうど同じ歳になったというわけだ。

良い大人だもん、本当にやりたいことはなんとかすればなんとかやれるのさ。そういうことを、彼らに教わった。明日死んでも悔いのないように精いっぱい楽しんで生きることも。キャリーほど、ただの「茹でトウモロコシを輪切りにする」という行為ですら楽しめてしまうひとを、私は知らないぞ。たぶん、いっぱい影響を受けている。この日の話でもまた、やたら元気づけられた。なんせ、自覚して生きている。嗚呼、サウイフモノニ、ワタシモ、ナリタイ、ぜ。


さて夕食のスペシャルディナーは、ルームサービスにしてもらった。高級ホテルのレストランに行くほどの服は持ってきてなかったし、それに部屋の方がくつろげるし。

テーブルいっぱいに、まず洗面器2杯分ほどのターキーのクリームスープが、それからオリーブ、サラダ、シュリンプ入りグラタンパイ、魚のソテー、メダイヨンステーキ、クッキー盛り合わせに「新年おめでとう」メッセージ入りスペシャルケーキが3人がかりで運ばれてきて並んだ。一昨日、加藤茶の店で買った1本350円のワインを開けて、飲んで、食べて、笑って、喋って、笑って、飲んで、転がって、あとなんだっけ、とにかく最高にひーひー楽しい大晦日の夜が過ぎていく。

あっ、そうだ! 私はフロントに行き、ファックスの送付を頼んだ。あて先は、マドリードの自宅。奴はまだ、仕事中だろうか。フロントから広い中庭を歩いて部屋に戻る。見上げる夜空に星がたくさん出ていて、これまで見たことないような、キラキラと硬い光を放っている。砂漠だからかなぁ。いつかツレアイと一緒に見よう、またこのホテルに泊まろう、ただし大晦日スペシャルディナー特別料金がないときに、と心に誓う。さぁ明日はいよいよ、サハラ砂漠で初日の出だぜ!


HOTEL DATA
 BELERE HOTEL
 ROUTE DE RISSANI, ERFOUD

 2ROOMS(DOUBLE & SINGLE USE)
WITH SPECIAL DINNER & BREAKFAST : 4840DH


−…つづく

 


 
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