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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
第328回:砂丘と犬と軍事施設 -北陸鉄道浅野川線-
更新日2010/04/22


APAホテル金沢駅前店には、9時間未満の滞在で料金半額というプランがある。21時にチェックインして6時にチェックアウトすれば4000円。私のように、終電ちかくまで電車に乗り、始発で出発する旅人にはぴったりだ。ネットカフェの夜間パックよりちょっと高いだけで、バストイレつきのシングルルームを使える。私はベッドに直行し、8時間たっぷり眠ってシャワーを浴びて、すっきりと朝を迎えた。今日は北陸鉄道の2路線を踏破する予定である。


金沢駅もてなしドーム。

金沢駅は新幹線受け入れのために改築されて、まるで秘密基地のようなドーム建築になった。もてなしドームという名があるという。高さ29.5m、球面の直径180m。3019枚のガラスと6000本のフレームで作られているそうだ。駅前の地下道入り口はエスカレーターも階段も光の装飾があり、まるで宝塚のひな壇のよう。このエスカレーターは人が乗っていないときはゆっくり動く。人が通るとスピードを上げる。停まっていると動く方向がわからないので、わざとゆっくり動かしている。無粋な矢印を使わないですむというアイデアである。地下にも大きな広場があって、彫刻の作品展が行われていた。駅を街の中心にしようという思いが伝わってくる。


ドームの内側。

その広場に面して北陸鉄道浅野川線の改札口があった。その隣は採光を兼ねた吹き抜けの庭園だ。北鉄金沢駅は植木の緑を借景とした贅沢な地下駅で、広場の一角に並べた美術品であるかのように収まっている。電光掲示板は始発電車が06時22分発であると示しており、改札口の奥に電車が見えた。銀色の車体にオレンジ色のマスク。かつて京王電鉄井の頭線で走っていた車両である。2両編成と短くなって、かわいい姿になっていた。隣に同じ車両が停まっている。こちらのマスクもオレンジ色だ。井の頭線では色とりどりのマスクだったけれど、こちらでは統一されているらしい。先頭車の連結器の下に排雪板がついて、雪国の電車らしい面構えになっている。

始発電車の客は10人ほどだった。この時間は上り列車のほうが客が多いはずだから、まずまずの人数だろう。電車は地下を走り、すぐに切り通しとなったようけれど、もともと曇天でだったので気づかなかった。ゆるい左カーブを走り抜け、地上に出たな、とわかった時は背後に北陸新幹線の高架があった。北鉄金沢の次の駅は七ツ屋。いかにも街道の目印といった知名だ。しかし周囲は七つどころか住宅が密集している。駅から手が届きそうなところに家がある。巨大ドームの金沢駅から一駅で、もう郊外の住宅地であった。次の上諸江駅の近くで柿が実を下げていた。


浅野川は堤防の向こう。

この路線はずっとこの調子だった。上品な姿の一戸建て住宅が多く、単線であることを除けば井の頭線の雰囲気に似ている。電車が先に進むにつれて、家も敷地も広くなっていくような気がする。終点の内灘までは約17分。日中は上下とも30分間隔。もうすこし本数がほしいけれど、それなりに便利な電車ではある。

路線名の由来となった浅野川は金沢市南東の両白山地を水源とする。浅野川線とは河口付近の短い付き合いだ。しかも堤防にさえぎられて車窓からは見えない。見えないまま分かれてしまう。電車は粟ヶ崎駅の手前で鉄橋を渡るけれど、この川は浅野川ではなく大野川である。金沢から運転席の後ろに陣取ってカメラを構えていたおじさんが、粟ヶ崎で降りた。この路線唯一の鉄橋が浅野川線の見せ場のひとつであるようだ。帰りに寄ってみようと思う。


大野川を渡る。


粟ヶ崎駅から鉄橋を見る。

終点の内灘駅はホーム1本。留置線が1本と研修庫を備えている。駅舎は電車2両ぶんにつりあう建物だ。しかし庇が不釣り合いに大きく、駅前に向かって張り出している。この庇の大きさはなぜだろうと思い、外に出てみたら、乗車口には大勢のお客さんが行列を作っていた。朝6時台でこの人数なら、7時台、8時台はたいそう賑わうことだろう。

内灘は日本三大砂丘のひとつに数えられる。地図を見ると、内灘駅から約1kmである。コミュニティバスもあるらしいけれど、晴れてきたので散歩してみる。まっすぐの道のり。閑静な住宅街。どこからかパンを焼くいい香りが漂ってくる。サーフィンショップもあって、海辺の街らしくなってきた。道幅も広く、歩道もしっかり整備されており、高級住宅街なのだろう。丘を越えて下り坂になると海が見えてきた。海の近くに築堤があり、その手前には大きなショッピングセンターがある。まるでアメリカ西海岸のようではないか。道と築堤が交わるところがコンクリートの門のようになっていた。そこを潜り抜けると砂丘である。もっとも起伏はなくて、広い砂浜という印象ではある。


内灘砂丘 5月には「世界凧の祭典」が開かれる。

それにしても広大な景色だ。子供ならまっすく海に向かって走り出すだろう。砂時は硬くて歩きやすい。日本海の波は静かで、10メートル手前でやっと波の音が聞こえた。早朝だが車で訪れる人がいて、轍を目で追うと、誰もが犬を連れてきていた。たしかにここは犬の散歩の適地である。こちらに向かってミニチュアダックスフントが歩いてくる。私の服に犬の匂いがついているのだろう。くんくんと嗅ぎ出した。名前はハナちゃんだ。飼い主の男性に聞くと、昔は砂がやわらかく、車が入れるような場所ではなかったという。水を吸った砂は硬く、セメントのようである。

「左手奥の防波堤ができてから、こちらの砂浜は延びてましてね。右手奥のほうは逆に削られているんですよ」もしかしたら、住宅になっているところも昔は砂丘だったのだろうか。あの築堤は防砂壁かと聞くと、有料道路を作っているそうだ。防砂の意味もあるのかもしれないが、砂丘を仕切られてしまったようで残念でもある。
「昔の米軍施設があるそうですがご存知ですか」と聞いてみたが、知らないと言われた。クルマで来るくらいだから、地元の人ではないのかもしれない。ここは朝鮮戦争のころ、米軍の射撃訓練所になっていた。その設置に関する反対運動は大きく、「内灘闘争」として名を残している。米軍は撤収したけれど、射撃指揮所は残っているらしい。


射撃指揮所の跡。

見渡してもそれらしき建物は見えず、海の家のような建物があって、もしかしたらそこで何かわかるかもしれないと近寄ってみたら、その隣にある建物が射撃指揮所だった。窓が小さく、真四角で装飾もない。いかにも軍事施設といった小さな建物である。扉はもちろん開かない。しかし、鍵は新しくなっていて、倉庫として使われているようだ。

外階段を上って指揮所の上階に立つ。そこから景色を見渡したら満足した。駅に戻ろうと歩き出したら、ちょうどハナちゃんが乗った車が動き出すところだった。運転席の窓から顔を出している。ご主人のひざの上に乗って得意げである。うちの犬と同じだ。母に頼んで留守番させている我が犬を思い出し、なんだか申し訳ない気分になった。

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。月刊文藝春秋「乗り鉄うまい旅」連載。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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