のらり 大好評連載中   
 
■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
第329回:静謐な駅 -北陸鉄道石川線-
更新日2010/05/06


北陸鉄道は浅野川線と石川線を運行する。しかしふたつの路線は接続していない。浅野川線は石川駅を起点駅としていた。石川線は中心部から離れた野町駅が起点駅である。かつて北陸鉄道は金沢市内で路面電車を運行し、金沢駅と野町駅を結んでいた。しかし路面電車は1967年2月に廃止された。ほとんどは私が生まれる前のことだから仕方ない。しかし、まもなく廃止される石川線の末端、鶴来-加賀一ノ宮間は乗っておきたい。それが今回の旅の目的だ。

すでに路面電車はないので、金沢駅から野町までは路線バスで行く。もうひとつのアイデアとして、石川線は途中の西金沢で北陸本線に接しており、そこで乗り換える手もある。が、なんとなく起点駅から終点までを乗り通すほうがすっきりする。私はもてなしドームの地上に出て、バスターミナルに向かった。通勤時間帯の終盤で、ロータリー式の停留所群から、各地へのバスが頻繁に発着している。野町方面行きは01、02、03系統で、行き先も経由地も違う。これは北鉄バスのWebサイトで調べてもわかりにくかった。現地に来てみれば、どのバスも野町を経由する。


もてなしドームから野町行きのバスに乗る。

野町駅は大通りから外れた住宅地の中にあった。遠くから見ると準備中のスーパーマーケットのようだ。時代に取り残された雰囲気でもある。意気揚々とこの路線を作り上げた創業者が見れば、市内中心部に乗り入れなかったことを悔いただろう。無理をしてでも国道157号線の下に地下新線を作り、金沢駅、せめて金沢城址までは伸ばしておくべきだった。いまさら言っても仕方ないことだが、時の経営者、市政者の失策と言わざるを得ない。

もっとも、もともと石川県は鉄道に対する評価が低いとも言える。能登半島の路線も縮小した。この石川線も蛸が足を食らうように短くなっていく。ライトレールで成功した富山県とは考え方が違う。鉄道を公共財産と見るか、営利事業のひとつと見るか。そんな石川県には、私のような素人が及ばないところに納得できる理由があるのだろう。それを受けて、北陸鉄道も軸足を鉄道からバスへ移してきたと言えそうだ。それは従順か、恭順か、苦渋だったか。


住宅街の中の野町駅。

ホームには銀色の電車が停まっていた。東急電鉄7000系の中古品だ。中間車に運転台を後付けしたようで、板をくりぬいてランプをつけただけ、のっぺりとした顔をしている。3両編成2本から2両編成3本を作る、といった勘定である。隣のホームでは保線係員たちが黄色いハシゴを線路に載せて、架線の点検をしていた。工事用車両ではなく手作業である。これを全線でやるのだろうか。そうだとしたら大変な手間である。それも廃止の一因かもしれない。……おっと、一部廃止路線に着たからといって、鉄道会社の懐具合を想像するとは失礼千万。旅を続けよう。

野町を発車した電車はすぐに右へカーブし、西へ向かう。住宅や町工場、倉庫などが雑然と並んでいる。道路が細い割には物流施設が多い気がする。このあたり、かつては鉄道貨物が主体だったかもしれない。それは新西金沢で石川線とJR北陸本線の線路が繋がっていることからも想像できた。石川線は新西金沢に停車すると、すぐにJR北陸本線から離れて左へ曲がった。大事な用事があるから無理にでも立ち寄りますよ、というような線路であった。

車窓は変わらず工場と倉庫、アパートが主体である。空が曇ってきたこともあって景色が暗い。浅野川線とは対照的な風景である。線路脇に大きなパチンコ屋が現れた。欲望を隠さず、逞しく生きていく人々の地域だろう。その先は一戸建ての家も多く、軽自動車よりも普通車が多い。金沢は総じて豊かな街である。町工場が続く車窓は旅の景色としては難ありだが、私はこういう風景も好きだ。金沢は加賀百万石の絢爛な土地。しかしその富を支えた人々は、農家と、ここに代々住んできた職人たちではないかと思う。こんな場所を覗けることもローカル線の旅の魅力である。


額住宅前ですれ違い。

そんな風景も野々市工大前駅で区切りがついた。ここからは畑が多くなった。駅に停まるたびにホームで列車を待つ客が増えていく。しかしこの電車には乗ってこない。ということは、もうすぐ逆方向の電車が来るのだと推測。だとすると、次の駅あたりで電車がすれ違うだろう……という予想が当たり、額住宅前駅に上り列車が待っていた。ピンクのマスク、元京王井の頭線の車両だった。浅野川線は元京王、石川線は元東急、そんなふうに統一したのかと思ったけれど、そうでもないらしい。同じ車両が走っても、ふたつの路線は離れているから、もとより乗り間違いの心配はない。

車窓の左手、畑の奥に巨大な白い工場が見えた。村田製作所と書いてある。その向こうに山が迫っている。その稜線の先にパーク獅子吼というリゾート型の公園があるはずで、少しずつ建物やロープウェイが見えてきた。あそこに登れば、石川線の電車が走る風景を見下ろせるだろう。私が心がける「終着駅付近散歩」の目的地としよう。


鶴来駅の車庫。

ダウンタウンとは異なる田園風景になった。やがて電車の留置線や修理工場、古い電車を使った除雪車が見えて、鶴来に着いた。もともと少なかったお客のほとんどがここで降りる。ここまでは当分安泰の路線。ここから先は今月いっぱいで廃止になる路線だ。電車に残ったお客は鉄道ファンばかり。そんななか、制服の女性が乗ってきた。運転室の直後に立ち、マイクで沿線案内を始めた。北陸鉄道もえちぜん鉄道のようなアテンダントを採用したらしい。たった二駅ではあるけれど、彼女は白山比朎鐓社や鶴来の沿線について語り、この区間も惜しまれつつ廃止になるのだと告げた。宣告されると無念が募る。一瞬、廃線跡のような小さい鉄橋が見えた。しかしそれの説明は、たぶんなかった。


廃線跡らしき鉄橋。

電車は手取川に寄り添って走り、加賀一ノ宮駅に到着。小さな集落に面して、背後は森。静謐な佇まいであった。まるで小さな寺に迷い込んだような、心の落ち着く駅である。好ましいが、裏を返せば活気のない、儲からない駅ということになってしまう。年に一度、初詣の時だけは大混雑するという。しかし、それ以外の300日以上は赤字。参詣として始まった鉄道は、沿線の人々の信心が薄れてしまえば廃れゆくという運命かもしれない。


がらんとした車内でアテンダントさんが活躍。


加賀一ノ宮駅に着いた。

私を含めて数人の鉄道ファンが電車や駅舎の写真を撮っている。無言である。その様子は年寄りの末期を労らうようでもあった。車でやってきて、駅舎の前で写真を撮って帰る中年夫婦もいた。ひととおりの儀式が終わると、ひとりは鶴来駅へ向かって歩き、またひとりは森のような公園を散策……と、それぞれの道へ歩き始めた。何人かは電車に乗って折り返していく。私は白山比朎鐓社の参道へ向かった。

次の列車は1時間後である。ささやかな賑わいが終わり、駅は静けさを取り戻した。
2009年10月13日。区間廃止の17日前のことであった。


ひっそりとした加賀一ノ宮駅。

-…つづく

このコラムの感想を書く


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
著者にメールを送る

1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。月刊文藝春秋「乗り鉄うまい旅」連載。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

■著書
新刊好評発売中!(6/23/2009)
『もっと知ればさらに面白い鉄道雑学256』
杉山 淳一 著(リイド文庫)


『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』
杉山 淳一 著(リイド文庫)


 

バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第101回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで

第301回:旅と日常の舞台
-神戸新交通ポートアイランド線-

第302回:車両を持たない鉄道会社
-神戸高速鉄道-

第303回:街から10分でダムの山
-神戸電鉄有馬線 1-

第304回:スパイラルと複線化工事
-神戸電鉄粟生線-

第305回:大学の先輩の取材顛末
-北条鉄道-

第306回:谷上駅の珍現象
-神戸電鉄有馬線2-

第307回:天狗、コンクリートタウンへ行く
-神戸電鉄三田線・公園都市線-

第308回:雨の温泉街
-神戸電鉄有馬線3・北神急行電鉄-

第309回:夜は地下鉄をぶらり
-阪神電鉄本線・大阪市営地下鉄-

第310回:思い出のメガライナー
-JRバス・青春メガドリーム号-

第311回:阿房新幹線が行く
-トワイライトエクスプレス1-

第312回:まずはロビーカーでのんびり
-トワイライトエクスプレス 2-

第313回:食堂車でランチを
-トワイライトエクスプレス 3-

第314回:寝台列車で眠れ
-トワイライトエクスプレス 4-

第315回:駒ヶ岳を眺めて朝食
-トワイライトエクスプレス 5-

第316回:幹線と閑散線の境界
-江差線1-

第317回:天の川駅の向こう
-江差線2-

第318回:30年ぶりのA寝台
-寝台特急日本海 1-

第319回:夜明けのミニ・ロビー
-寝台特急日本海 2-

第320回:模型にしたい景色
-福井鉄道1-

第321回:懐かしき時代のスクラップブック
-福井鉄道 2-

第322回:九頭竜川と恐竜
-えちぜん鉄道勝山永平寺線-

第323回:出迎えはイグアノドン
-えちぜん鉄道勝山永平寺線2-

第324回:大野城ウォーキング
-京福バス勝山大野線・越前大野駅-

第325回:地産地消で満腹満悦
-越美北線1

第326回:九頭竜湖サイクリング
-越美北線2-

第327回:奥様の親切に感謝
-えちぜん鉄道三国芦原線-

第328回:砂丘と犬と軍事施設
-北陸鉄道浅野川線-


■更新予定日:毎週木曜日



  TOP-トップページ》 《コラム一覧 》 《のらりインタビュー》 《コラム・バックナンバー
……………………………………現在連載コラム……………………………………
新・汽車旅日記 】 【店主の分け前 】 【イビサ物語
 【亜米利加よもやま通信 】 【ギュスターヴ・ドレとの対話 】 【よりみち
………………………………掲載完了イチオシコラム………………………………
[拳銃家業 ] [貿易風の吹く島から ] [ くらり、スペイン ] [グレートプレーンズのそよ風 ]  
  [フロンティア時代のアンチヒーローたち ]

    

このサイトに関するご意見・ご感想・お問い合わせはこちらまで。
Copyrights 2019 Norari