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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第432回:暇つぶしの絶景 - 丹後浪漫2号 -

更新日2012/07/26



徒歩で天橋立駅に戻った。14時19分。豊岡発の列車で通過してから、ちょうど7時間が経過している。そして予定より1時間ほど早い。成相寺のバスが遅れてしまい、どこで予定を回復できるかと思案していたけれど、日程のゆとりが吸収してくれた。天橋立の徒歩渡りが意外と早かった。営業マン時代からの早歩きの癖と、身体が軽くなったせいだろうか。


天橋立駅

予定では16時38分発のタンゴリレー号に乗って福知山へ行き、そこで泊まる。つまり2時間も時間ができた。旅の半ばではあるけれど、土産物屋を見物し、バラマキ系の菓子などを買う。クッキーなどありきたりな品が多い中で、丹後ちりめんを題材とした菓子がある。とくに反物の姿を模した「ちりめん羊羹」が美しい。季節に寄って絵柄が変わるそうだ。

バラマキ系の土産はかさばる。羊羹は重い。そこで、土産物屋の並びにある郵便局に寄り、自宅へ送った。局員さんたちは親切で、ゆうパックの箱のサイズを試させてくれたし、ガムテープも貸してくれた。立体パズルのように箱を詰めていき、隙間には昨夜脱いだパンツやシャツを詰める。レジ袋に入れたとはいえ下着を同梱していいだろうか。いや、これは配りものであって、貰った側は知らないから問題なかろう。


国鉄型電車の京都行き特急はしだて

荷物を軽くしてもまだ1時間以上残っている。このくらいの時間は休憩にちょうどいい。ぼんやりと列車を眺めようと駅舎に入ろうとしたら、家族連れに「また会いましたね」と挨拶された。船でカモメにエサをやっていた人たちで、ビューランドのモノレールでも一緒になった。ほぼ私と同じコースを辿ったようだ。風光明媚な場所は子どもにとって退屈だろうけど、天橋立は乗り物も多く遊園地もある。完璧な観光地だ。

改札の向こうに金色の列車が見えた。タンゴエクスプローラーだ。たっぷり時間があるから見物しよう。この列車は豊岡からタンゴリレー28号として到着し、この天橋立駅で京都行きのはしだて6号に接続した。役目を終えたタンゴエクスプローラーは、ここから普通列車として西舞鶴へ行く。西舞鶴は15時55分着……あれ、乗れるかもしれない。


タンゴエクスプローラーを見物

時刻表をめくる。西舞鶴に着いたら、16時07分発の普通列車で戻れば、宮津に16時41分に着く。予定していた天橋立16時38分発の列車は、宮津駅を16時47分に発車する。なんと、間に合うではないか。それなら駅でぼんやり過ごす手はない。私は先頭車に乗り込み、運転台の後ろの展望席に座った。乗れないと思っていた特急車両に乗れた。フリーきっぷのおトク度が増した。上機嫌である。


ハイデッカーの車内

この普通列車は丹後浪漫2号という列車名がついている。女性車掌の案内放送があり、特急車利用を使う観光列車だという。途中の景勝地で徐行や停車をしてくれるそうだ。これはますます乗り得であった。ただし、先頭車の最前席の眺望は期待したほどではない。座席はハイデッカーで高い位置にある。しかし運転席が低いため、ガラスの位置も低く、真正面はほとんど天井である。


座席高が災いして眺望はいまひとつ

尻を前に出し、態度の悪い生徒のように座って視点を下げると、なんとか運転席越しの展望ができる。座高の低い子どものほうが楽しめそうだ。それでもハイデッカーだから、側窓の見晴らしはいい。車掌の予告通り、海岸の絶景ポイントで列車が停まった。白い岩、松の緑、海の青の重なる美しさ。奈具海岸というそうだ。遠くに見える島は冠島といい、天然記念物のオオミズナギドリの繁殖地とのこと。今朝の列車でも観たはずだけど、わざわざ停まって説明してもらえると印象に残る。


奈具海岸の景色

列車はさらに進み由良川の鉄橋を渡る。ここで安寿と厨子王にまつわるエピソードが紹介された。ああ、あの話の舞台はここだったかと思う。たしか誘拐されて人買いに得られた姉弟の話だった。姉の計らいで弟は脱出し出世し、京で出世して人買いを懲らしめる。しかし姉の消息はなく、海に入って亡くなったという。もうひとつ、姉も脱出したものの、山道で行き倒れになった説がある。その地には安寿塚という墓があり、慰霊の催しが伝えられているそうだ。


冠島(右)

暇つぶしのつもりで乗った列車だったけれど、良い体験ができた。フリーきっぷでタダ乗りして申し訳ないくらいだ。それにしても、こんなおもてなしが、世の中にあまり伝えられていない気がする。もったいない。北近畿タンゴ鉄道は名前の他にも残念なことが多い。いや、伝える役目は私だろう。機会をみつけて、どこかのコラムで紹介しよう。

西舞鶴で改札を出て、トイレに行って、また改札を通りぬける。今朝の駅員さんとは違う人がいた。帰りは水色のディーゼルカーだった。ここまで乗ってきた丹後浪漫2号は、特急車両の車両基地への回送を兼ねていたようだ。


帰りは普通車両で

また絶景ポイントを通る。半島の途中で工場らしき煙突が白煙を上げている。さっきはこの煙突の説明はなかった。調べてみると、関西電力の舞鶴発電所で、燃料は石炭。いまどき石炭か、と思ったら、2004年から稼働しているという。環境に配慮し、低コストで稼働できる、最新鋭の火力発電所であった。


火力発電所から白煙がのぼる

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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