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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第346回:流行り歌に寄せて No.151「恍惚のブルース」~昭和41年(1966年)

更新日2018/03/01


3回連続のハマクラ先生の曲です。
今回は他の曲をご紹介しようとしていたが、昭和41年の『第17回NHK紅白歌合戦』の出場リストを見ていて、取り上げたい曲が残っていたので、記していきたいと思う。発売順が前後することをご容赦いただきたい。

こうやって曲をご紹介していく中で、レコードが売り出された当時、よく聴いた曲と、当初はおぼろげにタイトルくらいは知っていたものの、それよりもかなり時間が経ってから聴き出した曲というのがある。この『恍惚のブルース』は、私にとって後者の好例である。

私が小学5年生になって間もなくの、6月21日の発売なのだから、この曲を熱心に聴いていたとすると、かなりませていたことになるが、残念ながらボンヤリとした子どもだったため、まったく関心がなかった。


「恍惚のブルース」 川内康範:作詞 浜口庫之助:作曲 寺岡真三:編曲 青江三奈:歌
 

1.
女の命は 恋だから

恋におぼれて 流されて

死ぬほどたのしい 夢を見た

あとはおぼろ あとはおぼろ

ああ 今宵また しのびよる

恍惚のブルースよ


2.
あたしをこんなに したあなた

ブルーシルクの 雨が降り

こころがしっとり 濡れていた

あとはおぼろ あとはおぼろ

ああ 今宵また しのびなく

恍惚のブルースよ


3.
あなたがこんなに したわたし

ブルーパールの 霧が降り

あたしは貝に なっていた

あとはおぼろ あとはおぼろ

ああ 今宵また すすり泣く

恍惚のブルースよ



曲作りが、まさに錚々(そうそう)たる方々である。川内康範、ハマクラ先生の大御所コンビ。そして編曲家の寺岡真三は、この曲から続く青江三奈の作品、フランク永井『君恋し』『夜霧の第二国道』、荒木一郎『いとしのマックス』、アン真理子『悲しみは駆け足でやってくる』など、まるでドラマがそこに見えてくるような曲の編み方のできる名手である。

クラブ歌手で鍛え、25歳(但し、プロフィールでは4歳若い21歳となっていた)という当時として少し遅咲きの青江三奈を、本気で売り出そうとするビクターレコードの姿勢が伺える。

さて、この曲を印象付ける“恍惚”と“(あとは)おぼろ”を手元の広辞苑で調べてみる。“恍惚”は「物事に心を奪われて、うっとりとするさま」「ぼんやりしてはっきりしないさま」とあり、“おぼろ=朧”は「はっきりしないさま、ほのかなさま、薄く曇るさま、ぼんやり、ほんのり、朦朧」とあり、「春の季語」としてある。

いずれも、実に意味深な響きを持つ言葉である。その間の歌詞“今宵また”しのび寄ったり、しのび泣いたり、すすり泣いたりするわけだから、これはかなり艶っぽいことになってくるのである。それを青江三奈は、妖しい色気だけではなく、ある種の哀しみを伴って歌っていく。お色気歌手と実に乱暴な括り方をした人たちも少なくなかったが、彼女には情感を歌い上げる力がしっかりと備わっていた。だから、今現在聴いてみても、驚くほどこちらにその歌心が伝わってくる。

もともと『恍惚』は、川内康範が週刊新潮に連載していた長編小説のタイトルであり、その作中のヒロインである歌手の名前が「青江三奈」であったという。本名・井原静子が芸名として青江三奈という名を貰い『恍惚のブルース』という曲でデビューする。今ではドラマでしか描けない世界が、当時は実際にあったのである。
彼女のデビュー曲として意識したためなのか「ブルーシルク」「ブルーパール」など、青を使った言葉が出てくる。ここらへんは、あるいは川内康範の遊び心か。

この曲で、青江三奈は本格デビュー1年目でいきなりNHK紅白歌合戦に出場するという幸運を掴んだ。次の年は機会を逃したが、翌々年から16年間連続出場という輝かしい記録を持っている。彼女が真の実力の持ち主であることの証である。

それから7年のブランクがあったが、平成2年、その年12月に亡くなったハマクラ先生を偲んで『恍惚のブルース』を24年ぶりに紅白で披露している。そしてそれが、彼女の生涯最後の紅白出場となった。

-…つづく

 

 

第347回:流行り歌に寄せて No.152「哀愁の夜」~昭和41年(1966年)


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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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