第777回:犯罪天国になってしまったアメリカ
身内に不幸があり、その葬儀のためカンサスシティーの東にある小さな町、ブルースプリングに行ってきました。偶然、ブルースプリングは父が入っている老人施設のあるところでしたから、父のところに泊まりました。父のいる施設は非常に豪華なところで、中央に5階建てのメインビルディングがあり、マンション形式の老人向きアパートが50~60戸、事務所、レストラン、図書館、広いサロン、重症者のための施設があり、その周囲をコンドミニアム形式の独立した一戸建てが取り巻いています。
父は寝室が二つ、ガレージも車2台が入るそのコンドミニアムに住んでいます。私たちがそこに着き、車から荷物を降ろしている最中だと思うのですが、車のトランクから工具バッグが消えたのです。これはダンナさんが長距離ドライブのためにレンチのセット、ドライバー、ブレーキオイル、ステアリングオイル、エンジンオイル、冷媒用のフレオンガス、パンクした時の応急セットなど、急場しのぎに必要な工具などなど、相当充実したセットで、10Kgくらいの重さがあったと思います。それが忽然と消えたのです。その施設、コンパウンドは200~300メートル四方ほどの広さで、塀などには囲まれていません。誰でも施設の道路を通行することができます。
当初は、よりによって私たちのボロ車から工具バックを盗む人がいるとは信じられませんでした。しかし、父によると、開け放したガレージから侵入し、盗難に遭うことが頻発しているし、車ももう何台も盗まれていると言うのです。ボケ老人が多いこんな施設ですから、泥棒さんにとっては簡単なシゴトなのでしょう。
そう言っているうちに、叔父さんがやってきて、自宅前に停めておいた新車が盗まれたと言うのです。ショールームから出てきたばかりのようなホンダ・アキュラのSUVでしたから、狙われていたのでしょう。どの車のメーカーも品薄で、注文してから何ヵ月も待たなければならないとこぼしていました。私たちの車はオンボロで盗まれる心配ゼロですから、その分安心でした。廃車、乗り捨ての車として大型ゴミに分類され、回収される可能性はありますが……。
その週末だけで、カンサスシティーで4件の殺人(銃による)があり、夕刻ジョギングをしていた34歳の母親が誘拐され、離れた林の中で死体になって見つかりました。もちろん性的暴行を加えられ、絞殺されたのです。これが一つの週末のことで、1年にどれだけの殺人が起こっていることでしょう。
そして致命的なことは、大きなニュースになる大量殺人ならともかく、窃盗、空き巣などの検挙率がとても低く、犯人はまず捕まらないことです。深刻なお巡りさん不足で、とてもそんな軽犯罪にまで手が回らないと言い訳しています。それでなくとも、アメリカの刑務所は満杯、満員御礼で、250万の囚人で溢れているのです。
以前住んでいた、プエルトリコ、そしてスペインも、泥棒、窃盗天国でした。それらの国では盗られる方が悪い、自分のモノは油断なく監視し、防犯対策をおさおさ怠りなく暮らすのを信条とすべし…と教えられました。車を盗まれ、暮らしていたヨットの中身を丸ごとゴッリ持っていかれ、高い授業料を払って学ばされた教訓です。
アメリカの田舎町なら、少しは安心して暮らせるだろうと、いとも甘い考えで移住してきたのですが、こんな中西部までもがプエルトリコ化現象が進んできているようなのです。
ワイルドウエストになってしまったと言ったところ、少し西部開拓時代の歴史に詳しいダンナさん、「ナニ言ってるんだ、西部開拓時代の方がもっともっと安全だったんだぞ。ガンファイトなんか数えるほどしか起こっていないし、第一、町に足を踏み入れるとき、拳銃は保安官事務所に預けることになっているところがほとんどだったんだぞ」と言うのです。
日本のサムライ時代も、戦時は別にして、腰にした刀を抜くことが、ましてや決闘なんか、珍事に属するほど少なかったようですね。
そして今、“ロンサムパイン”、これ私たちの地所に勝手に付けた名前ですが、夕方の散歩の時、人に襲われる心配はしなくて済んでいますが、熊、マウンテンライオンなどの野生の動物に対しての注意は充分払っています。言ってみれば、彼らが先住族で私たちが後から侵入してきたのですから、先住の熊、マウンテンライオン、鹿、ウサギ、狐、七面鳥などに敬意を払わなければなりません。
それにしても、アメリカの町、郊外に住み、気楽に散歩もできないとは、一体アメリカはどうなってしまったのだろうと思わずにはいられません。
-…つづく
第778回:町に降りてきた野生動物たち
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