第649回:振り子電車旅・JR型編 - ワイドビューしなの9号 3 -
中央本線は東京起点で、長野県の塩尻を経由して名古屋が終点。海寄りの東海道本線に対し、大砲射撃の被害があった場合の予備ルートとして建設されたという話もある。現状では迂回の役目で東京と名古屋を通して走る列車はない。塩尻駅を境界として、別の路線のような扱いだ。
国鉄時代から東京側を中央東線、名古屋側を中央西線と呼んでいた。ちなみに東京では"中央線"と呼ぶと通勤電車を指し、中央本線は中央東線の列車を指す。中央東線の特急が“あずさ”、中央西線の特急が“しなの”だ。どちらも伝統的な列車名である。
中津川駅に停車、ここからが振り子機構の本番
私は“ワイドビューしなの”と呼び、書いているけれども、正式な列車名は“しなの”で、“ワイドビュー”は窓が大きく眺望の良い車両という意味だ。現在の車両はすべて383系の“ワイドビュー”車両である。すべてこの形式でそろう前は、“ワイドビュー”ではない“しなの”も混じっていて、区別するために列車名を工夫したようだ。
名古屋を発車した“ワイドビューしなの9号”は、しばらく平坦な市街地を走った。岐阜県に入り、多治見、恵那、中津川と停まっていくと、市街地から田園風景に景色が変わる。中津川を出ると、遠くに見えていた山々が至近になって、列車は木曽谷に入る。
上り“ワイドビューしなの8号”とすれ違う
ここからが振り子電車の本領だ。曲線区間で振り子機構がない電車より4割増しくらいの速度を出す。ただし振り子といっても大きな揺れは感じない。自分が傾いているというより、景色が傾く。平衡感覚に敏感な人は、揺れより視覚、自分の身体と景色の角度の違いで酔うらしい。
コンピューターゲームでも、自分が動かず、画面の風景が動くと酔う人がいる。幸い、私は視覚ではなく揺れで酔うタイプのようだ。ゲームでも酔わないし、383系は揺れを感じない。私には心地よい。
木曽谷を行く
“しなの”は日本ではじめて振り子機構の電車が導入された列車だ。当時の車両は381系だ。昨日、私が乗った“やくも”の車両だ。“ワイドビューしなの”の383系は改良版である。国鉄時代の381系と、JR東海時代の383系、今回の旅は振り子電車の乗り比べ、という趣向もある。
381系は遠心力が発生すると車体を傾ける。しかも、直線区間で安定させるため振り子機構にストッパーがあって、曲線区間に入り、一定の速度に達して初めて傾く。この揺れで酔う人が多かったという。登場時は各座席に航空機のようなエチケット袋があった。現在はトイレの横の洗面台に備え付けられている。
前方、北アルプスに冠雪
383系はかなり進化しており、コンピューターにあらかじめ曲線区間を登録しておき、走行距離と走行時間を計測して、曲線区間に入ると同時か、少し前に、適切な角度に車体を傾ける。車輪も自動操舵装置が入って、常にレールに直角に接するという。鉄道なんてレールが操舵するものだと思うけれども、その上を行く。
寝覚ノ床の観光施設駐車場
こうした工夫で、大きな揺れもなく、心地よく車体を傾けていく。おかげで私は展望と左側の車窓に集中できた。松本に住んだ学生時代、何度か見た景色である。懐かしく、美しい。寝覚ノ床の奇岩も見えた。しかし写真撮影は失敗。列車が速かったからか、タイミングを逃した。木曽福島から先の国道は、軽自動車やスクーターで何度も走った。懐かしい。
木曽福島駅に停車、D51 775号機が保存されている
ワイドビュー383系は側面窓も大きい
景色を眺めて呆けていると、バッテラ氏が目覚めて話しかけてくる。
「小田急の青いロマンスカーあるでしょう」
「MSEですね」
「まあね、乗らないで文句を言うのもイカンと思って、乗ってみたんですよ」
「はぁ……」
「やっぱりダメでしたねぇアレは……」
またダメ出しの連続である。どうでも良いことばかりで辟易する。また止めるか。
「あの……、私、本当は小田急に勤めているんです」
「えっ」
「嘘です」
「びっくりしたあ、ほんとだったらボルトの件でいいたいことがあったんです」
懲りない男だ。
塩尻駅の手前、中央東線へ直通する線路が分岐する
塩尻駅に着いた。ここから先はJR東日本の篠ノ井線である。ワイドビューのグリーン車から、運転士交代の様子が見える。JR東日本の運転士は女性が二人。どちらも若いけれど、一人は研修だろうか。
塩尻駅に到着
「女の運転士はなあ、うまい人もたまにいるけど、だいたいヘタなんだよなあ」
バッテラ氏、まだ懲りないらしい。
「あの……私、実は女なんですが」
「えっ、て、それはないでしょう」
そろそろ、わかってくれないかな。
運転士が女性2名に代わった
-…つづく
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