第416回:流行り歌に寄せて No.216 「あなたの心に」~昭和44年(1969年)
中山千夏という名前を聞いて、私が最初に思い浮かべるのが『ひょっこりひょうたん島』(昭和39年4月から44年4月まで放映)の「博士」役である。私は、小学生の頃、博士が大好きだった。
番組の中で、登場人物の寿命がわかるロウソクが出てくるシーンがあった。博士のロウソクがとても短かったのを見て、私は本当に悲しい気持ちになり、何かの間違いではないか、ドン・ガバチョのロウソクと取り替えることはできないのか、と真剣に考えていた。
また、店のお客さんの中には、ドラマ『お荷物小荷物』(昭和45年10月から46年2月にかけて放映)の「菊」役が印象深かったという方がいらっしゃるが、その方は私より2級先輩のため、このアバンギャルドなドラマの面白さが理解できていたのだろう。
もう少し若い世代になってくると、『じゃりん子チエ』の「チエ」役を挙げる人が多いかも知れない。父親のテツ役の西川のりおとの掛け合いは、抜群に面白かった。
さて、この『あなたの心に』は、最初に聴いた時から本当に良い曲だと思っていた。あなたの心にある「春の風」「青い空」「涙の海」に思い切り吹かれたり、上ったり、泳いだりしてみたいというストレートな想いが、こちらに伝わってきた。
メロディーも、とてもすんなりと心に沁みてきた。
けれども、まだ中学2年生だった私は「いつも笑っていてくれて、抱きしめてくれる」彼に、何をそれ以上望むのだろうか不思議な気持ちがしていた。充分ではないのかな、と思っていたのである。それから時間が経つごとに、それだけではいけないと考えるようになっていくのだが。
中山千夏、『ひょっこりひょうたん島』を卒業して半年の9月、まだ21歳になったばかりのデビュー作。子役でデビューして色々な役を見事に演じ、当時から多才であることをすでに世間が認めていたが、今度は自ら作詞をして歌ってしまうという、また新たな才女ぶりが発揮された曲であった。
「あなたの心に」 中山千夏:作詞 都倉俊一:作曲 大柿隆:編曲 中山千夏:歌
あなたの心に 風があるなら
そして それが 春の風なら
私ひとりで ふかれてみたいな
いつまでも いつまでも
あなたの心に 空があるなら
そして それが 青い空なら
私ひとりで のぼってみたいな
どこまでも どこまでも
だって いつも あなたは
笑って いるだけ
そして 私を 抱きしめるだけ
あなたの心に 海があるなら
そして それが 涙の海なら
私ひとりで およいでみたいな
いつまでもいつまでも
ルルル ルルル
ラララ ララララ
だって いつも あなたは
笑って いるだけ
そして 私を だきしめるだけ
今回驚いたことは、この曲が都倉俊一の作曲デビューであったことである。後に、山本リンダ、フォーリーブス、ピンク・レディー、狩人、山口百恵などの大ヒット曲を次々と作っていった、いわば歌謡界の大御所のはじめの一歩が、この曲だったのだ。
編曲の大柿隆は、村野武範の『一つの地球に生まれて』、中村雅俊の『ふれあい』など、日本テレビの青春ドラマ他、いずみたく作の編曲を手掛けた人である。アコースティックギターの叙情性を、本当に巧みに引き出していると思う。
これも、今回気付いたことだが(レコードを購入しない限りわからないこと)、この『あなたの心に』のB面の『ZEN ZEN ブルース』という曲が、A面とはまったく趣向が違い、遊び心に溢れたポップスであったのだ。
「恋人である女の子が僕に微笑んだり、泣いたりしながら話しかけるのだが、僕にはその言葉がゼンゼン判らない」という内容の歌詞で、作詞・作曲は、同じく千夏と都倉である。
中山千夏がコミカルに歌って、男声コーラスがそれにかぶせてくるというスタイル。A面曲もさることながら、このB面の曲に、若い二人の才能を強く感じる。この頃、こんな洒落た曲が作られていたとは実に楽しいことである。
因みに、この『ZEN ZEN ブルース』の編曲を手掛けたのが佐藤允彦。日本のジャズシーンを長く牽引してきたピアニストとして有名な人だ。この曲の独特の雰囲気作りをしたのは彼だろう。中山千夏とは、この曲ができた2年後の昭和46年に結婚し、53年に別れている。
『あなたの心に』は、この年のレコード大賞新人賞にノミネートされた。そしてその後、藍美代子、辛島美登里、岩崎宏美、石川ひとみなどの多くの歌手によりカヴァーされている。
幼い頃からその才能を発揮し、72歳になり、すっかり白髪で短髪にしている今になっても、中山千夏の活動を支えているのは旺盛な好奇心と、無類の人好きな性格だと思う。どのような場面でも、いつも臆することなく向かっていくその姿勢を、私は敬意を持って拝見している。
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