■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

金井 和宏
(かない・かずひろ)

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice

 


第1回:I'm a “Barman”.
第2回: Save the Last Pass for Me.
第3回:Chim chim cherry.
第4回:Smoke Doesn't Get in My Eyes.
第5回:"T" For Two.
~私の「ジュリーとショーケン」考 (1)

第6回:"T" For Two.
~私の「ジュリーとショーケン」考 (2)

第7回:Blessed are the peacemakers.
-終戦記念日に寄せて-

第8回:Ting Ting Rider
~マイルドで行こう

第9回:One-Eyed Jacks
~石眼さんのこと

第10回:Is liquor tears, or a sigh?
~心の憂さの捨てどころ


■更新予定日:隔週木曜日

第11回:Hip, hip, hurrah! ~もうひとつのフットボールW杯開幕

更新日2003/10/09


最近、そわそわと落ち着かなく、仕事にも身が入らずに困っている。原因はよくわかっているのだが、どうしようもない。いよいよ10日から、本当に待ちに待った4年に1度の夢の祭典、ワールド・カップがオーストラリアで始まる。ラグビー・フリークにとってはまさに狂喜の、1カ月半にわたるイベントの幕開けなのだ。

とても残念なことだが、巷ではこのラグビー・ワールド・カップについてはあまり知られていない。地元開催ということもあったが、昨年のサッカーの盛りあがりとは、大変な違いがあるのだ。ところで、ここでラグビー・ファンとして一つだけ能書きを言うことをお許しいただきたいと思う。一般的にはどうでもいいことのように思われるかも知れないが、私としては、結構大切なことと思っている。

そもそも、ラグビーは「サッカーの試合中にラグビー校のエリス少年がボールを持って走り出したのが始まり」と多くの人は聞かされているが、これは誤っている。元々は、サッカーとかラグビーに分かれる前のフットボールという球技(当初は11世紀初頭から始まった民族的な、いわばフォーク・ゲームだったという解釈が一般的)が、いろいろなルールの下イングランドのあちこちで行なわれていて、19世紀に入った頃、殊にパブリック・スクールで盛んになっていった。

初めは学内だけで行われていたものが、徐々にスクール間の交流も盛んになり、そうなると統一ルールも必要になってくる。そのルール制定を巡って、今のサッカーの形に近いフットボールのルールを主張するイートン校派と、今のラグビーに近いフットボール・ルールを提唱するラグビー校派が対立するようになった。

そして、イートン校派側が先に「Football Association」(フットボール協会)を組織し(1863年)、後に彼らのスタイルが協会のフットボール「Association Football」と呼ばれ、一方の「Rugby Football」とは別の球技として、各々が発展していくのである。

因みに、アメリカ英語圏(日本も含む)で言われるサッカー(Soccer)という言葉はAssociationが詰まってできた言葉のようだ。イングランドなど英国及びイギリス英語圏では、単にFootballという呼称を使っているが、その歴史を考えた時、ラグビー側からすれば「ちょっとおこがましいんじゃないか」と言いたいところではある。

さて、ワールド・カップ。今年で5回目を迎える。昨年17回を数えるサッカーに較べると非常に歴史は浅い。それは長い間、勝敗を決することよりも、対抗戦形式で試合を続けることを重んじてきたラグビーの性格によるもので、「世界一はどこのチームだ」を決めようとする意識が希薄だったからだろう。しかし現在のラグビー・プレーヤーやファンがNo.1を決したいという気持ちは、他のスポーツと同じように強い。

私は毎回、日本とスコットランドを応援している。今年は、両国がいきなり初戦から対戦するため頭の痛いところだ。実際何人かのお客さんに、「この試合でマスターはどっちを応援するの?」と迫られ、答えに窮している。現段階の力では、いかに決定力がないとはいえスコットランドの方が圧倒的に有利なので、判官贔屓で日本の応援にまわろうと思う。

今年の日本の実力はどうかと問われれば、思わず唸って首を傾げざるを得ない。過去の出場チームに較べて、個々の選手の力はかなり上回っていると思う。フォワード、バックスともにいい選手が多いのだ。ところがチームとしては、残念ながら機能していない。

ここ数試合組まれたテスト・マッチ(国と国の代表チーム同士の試合)でもミスを連発し、もっと悪いことには、次の試合でもそれを修正できずに同じミスを繰り返している。監督と選手の間に大きな意識の違いがあり、意志疎通がうまくいっていないのは、ある程度ラグビーを知っている人が見れば明らかにわかる。

日本は過去のワールド・カップ4大会に全て出場しているが、その戦績は1勝11敗で全大会予選敗退。唯一、第2回大会で勝つことができたジンバブエは、アパルトヘイト政策で国際大会に出場できなかった南アフリカが復帰する前のアフリカ代表で、南ア復帰の後はワールド・カップに姿を現していない。

今回の日本は予選プールBに配され、対戦国は前出のスコットランドの他、フランス、フィジー、アメリカで、まず何とか1勝することを念頭に置いている。一番可能性があるのは対アメリカ戦だが、今年5月のテスト・マッチでは、69-27と大敗しており、状況は厳しい。繰り返すが、日本には今までの大会の中でも最もいい選手が揃っている。文字通り死ぬ気で戦って、私たちの予想をいい意味で裏切る試合をしてもらいたいと思う。

もう一つの応援チーム、スコットランド。私は自分の店の壁に彼の国のレプリカ・ジャージを額入れして飾っているほどの力(りき)の入れ方だが、今年はかなり苦しいと思う。なかなかトライが取れないチームなのだ。

フランスとともに予選は突破できても、決勝トーナメントに入ると厳しい対戦相手ばかりだ。過去の大会の最高順位4位は越えたいところだが、残念ながらベスト8が限界のような気がする。こちらも、ぜひ私の予想を裏切って欲しい。

出場20ヵ国を、5ヵ国ずつABCD4つの予選プールに分けて行われる今回のワールド・カップ。優勝と目されているのは、ニュージーランドとイングランドの2ヵ国だ。その後に、フランス、そして私が南半球の中で最も好きなチーム、オーストラリアが続く。

「王国」ニュージーランドと「母国」イングランドの強さは、やはり傑出している。過去4回の大会の優勝は、オーストラリア2回、ニュージーランド、南アフリカが1回ずつ、すべて「後進国」南半球の国々だ。今までの大会の中で最高の状態に仕上がっている今回のイングランドは、母国としての威信を懸けて、初の北半球優勝を目指す。

同じイングランドのベッカムほどの派手さはないが、ラグビーの司令塔と言われるポジション、スタンド・オフのジョニー・ウイルキンソンは、プレーの良さ、容姿の良さで今大会一の人気プレーヤーである。アディダスのテレビCMで、ベッカムとラグビーのゴール・キックを蹴り合う場面が放映されたため、ご存じの方もいらっしゃると思う。

一方のニュージーランドでは、野生児のようなセンター・プレーヤー、タナ・ウマンガが人気の選手だ。ドレッド・ヘアーを振り乱し、獲物に襲いかかる獣のようなディフェンスの姿は、実に美しい。試合が途切れたときに一瞬見せる、はにかんだような笑顔はまるで別人で、このコントラストにも魅入られてしまう。

優勝はとても予想しにくいが、ニュージーランドが第1回大会以来、16年ぶり2回目の覇者になるような気がする。セレクションで前の大会で大活躍した現役バリバリのビッグ・ネームを惜しげもなく落とし、力のある若手を大胆に起用した。これは、経験が大きく物をいうワールド・カップではかなりのリスクを負うことにもなるが、結局は功を奏するのではないかと思う。

イングランドも強靱で老獪なフォワードを軸にしたとてつもなく強いチームだが、個人的な見解で言えばワールド・カップのような大会の形式は、どうもこの国のラグビー観にそぐわないような気がしてならない。

10月10日の開幕戦から11月22日の決勝戦までは、有頂天になっていて仕事どころではなく、大会が終わったら終わったで、腑抜けのようになり仕事が手につかなくなる。フリークという言葉には、「麻薬中毒者」という意味もあるらしい。

 

 

第12回:Missin’ On The Phone~私の電話履歴