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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第292回:緊急掲載 ラグビー・ワールド・カップ 2015 ~そして閉幕

更新日2015/11/19

決勝戦。ワラビーズ・ファンにとって、一瞬たりとも勝利をイメージできた時間はなかった。

後半の65分、テヴィタ・クリンドラニのトライ、バーナード・フォーリーのコンバージョン成功で、最少得点差の4点になった時でも、この後はオール・ブラックスを凌駕できるという思いにはなれなかったのである。

そんな気持ちを熟知しているかのように、70分、ダン・カーターのドロップ・ゴールは、ワラビーズのディフェンダーの頭上高く、美しい弧を描き、ゴールポストに吸い込まれて行った。この瞬間、極東のワラビーズ・ファンは、贔屓チームの敗北を確信した。

この日のヒーローであったダン・カーターは、試合後のインタビューで実に柔和な笑顔を見せてくれた。今まで私が見たことのない、穏やかな眼差しで、受け答えをしていたのである。

人気、実力ともに最高のファースト・ファイブ・エイズ(日本でいうスタンド・オフ)であるカーターだが、過去のW杯では怪我により活躍できていなかった。盟友、リッチー・マコウとともに決勝戦を戦い、自分の活躍で勝利したことは、おそらく彼のラグビー人生の中でも最高の日になったと思う。間違いなく、そういう表情をしていた。

ワラビーズ、悔しいけれど、まだオール・ブラックスに打ち勝つ実力は持ち得なかった。すべてがうまく行き、その上でもうプラスワンのゲームができない限り、今のオール・ブラックスには絶対と言って過言ではなく、勝てない。

さあ、次の日本でのW杯まで、ファンとしての美酒は待つことにしよう。

さて、今回のW杯のスポンサーであるソシエテ・ジュネラル(SOCIETE GENERAL)社の発表したドリーム・チーム(いわゆる、今大会の公式なベスト・フィフティーン)は以下の通りだった。※国名略号については末尾に記します。

1 マルコス・アイェルサ(ARG)
2 スティーブン・モーア(AUS)
3 ラミロ・エレーラ(ARG)
4 エベン・エツベス(RSA)
5 レオネ・ナカラワ(FJI)
6 マルカ・ゴルゴゼ(GEO)
7 スカルク・バーガー(RSA)
8 デイヴィッド・ポーコック(AUS)
9 グレイグ・レイドロー(SCO)
10 ニコラス・サンチェス(ARG)
11 ジュリアン・サヴェア(NZL)
12 マット・ギタウ(AUS)
13 コンラッド・スミス(NZL)
14 アダム・アシュリークーパー(AUS)
15 五郎丸 歩(JPN)

意外なことに、優勝したNZLはバックス(以下:BK)の二人のみ。反対にRSAはフォワード(以下:FW)の二人のみ。AUS及びARGは、FW、BK合わせて3人が選ばれている。

次に、私の独断と偏見(ステレオタイプ過ぎるか)で選んだベスト・フィフティーンを記したいと思う。私は、予選プールで敗退したチームについてはつぶさには知らないし、ジャパンの選手に関しては思い入れが強すぎるので、決勝トーナメントに残ったチームのメンバーに絞らせていただく。

そして、オールド・ファンゆえに、これが最後のW杯の選手たちに、惜別の思いを込めて選んでしまう傾向があることも、ご容赦いただきたい。

1 テンダイ・ムタワリラ(RSA)
   彼がボールを持つ瞬間「ビースト!(野獣)」の掛け声がかかるのには違和感があったが、
   暴れん坊の子どもの頃からのニック・ネームと知り、さすがという思いである。信頼のできる仕事人。
  (次点)
   マルコス・アイェルサ(ARG)
   世界最強のスクラムの立役者であり、相手の3番が、最も嫌がるタイプの選手である。

2 タタフ・ポロタ=ナウ(AUS)
   もちろん、キャプテンであるスティーブン・モーアのプレーとキャプテンシーには敬服するが、
   私はポロタ=ナウの地を這うようなゲインの仕方が大好きなのである。するすると5メートル以上前に進んでしまう。
  (次点)
   ケヴィン・メアラム(NZL)
    最年長の、まさに燻し銀。ハカの際の 厳しい表情が、眼に焼き付いて離れない。

3 ラミロ・エレーラ(ARG)
   この人が、AUSのスクラムの自信を完全に失わせた、私にとっては憎い存在だが、
   こういう人がチームにいるだけでどれだけ心強いだろう。生涯、後退りという言葉に縁がない人。
  (次点)
    ヤニー・デュプレッシー(RSA)
     ゴツく恐ろしい、この国のFWの象徴のような野性。

4 ブロディー・レタリック(NZL)
   
鬼の形相でピッチを走りまくる。昨年の世界最優秀選手も、今年に入って不調が囁かれたが、
    W杯で大暴れをした。前回のW杯時は消防士で、自国の優勝をテレビ観戦していたと言う。
   (次点)
    エベン・エツベス(RSA)
     これからのRSAのFWの核になっていくだろう若手。相手と揉み合いになったときの不敵な笑顔が魅力である。

5 ヴィクター・マットフィールド(RSA)
   何と言われようと、この人のグラウンドでの存在感は、私の知るロック・プレーヤーの中では抜きん出ている。
   史上最高といっても言い過ぎではない。あの風貌が、次のW杯で見られないというのは、限りなく寂しい。
  (次点)
    サム・ホワイトロック(NZL)
     この国のFWの強さの秘訣は、例えばこの寡黙な仕事人を、しっかり全試合に出場させていることだ。

6 スコット・ファーディー(AUS)
   全試合を通して、一瞬たりとも骨惜しみをしない生真面目さ。ARGとのゲームでのFWの劣勢を、
   何とか五分にまで持って行った底力は、真にリスペクトの対象である。顔面を流れる血が、恐ろしく似合う男。
  (次点)
    フランソワ・ロー(RSA)
     JPN戦の最後に映し出された放心した表情で、急激に日本でも知られた選手だが、質の高さは超一流である。

7 スカルク・バーガー(RSA)
   2大会前のW杯までは、私は顔も見るのも嫌なくらい嫌っていたヒールの代表の選手だったが、
   最近のふと見せる穏やかな表情が、心を氷解させた。 しかし、飽くまでプレーの激しさは増すばかりであり、恐ろしい。
  (次点)
    マイケル・フーパー(AUS)
     私が最も好きな選手であり、選びたかったが、次のW杯でのさらなる大ブレイクを期待して次点に。

8 デイヴィッド・ポーコック(AUS)
   私がいくつか見てきたベスト・フィフティーンの、すべてのナンバー・エイトのポジションに彼の名前がある。
   ラグビーのボール争奪戦が、これほど面白いものかと初心者にも思わせてしまう、スーパー・スターになった。
  (次点)
    キアラン・リード(NZL)
     マコウ、カーターと並び、国民的な支持を得ている、この国の大看板。今大会も活躍が光った。

9 グレイグ・レイドロー(SCO)
   スクラム・ハーフでキャプテン、しかもプレース・キッカーという、どれだけ重い荷物を背負わされているかという立場だが、
   彼は最高の形でその重責を果たし、この国のラグビーに自信を取り戻させた最高殊勲者である。
  (次点)
    フーリー・デュプレア(RSA)
     JPN戦で先発していたら、我が国の「ブライトンの奇跡」は絶対ありえなかったと断言できる存在である。

10 ダン・ビガー(WAL)
   大会前はほぼ無印だったこの男。開幕戦から絶望のリー・ハーフペニーを始め、けが人が続出、野戦病院のような
   この国にあって「死のグループ」を抜け出し、RSAを最後まで苦しめたのは、彼の功績があまりにも大きいい。
   落ち着きのないルート・インから一変、静かにキックを蹴り出す姿勢、積極果敢なラン攻撃、
   次回大会でも必ず会いたい選手の筆頭である。
  (次点)
    ニコラス・サンチェス(RSA)
     まさにラグビー界の大門未知子。「私、失敗しないので」という声が聞こえてきそうなキックの魔術師。

11 ブライアン・ハバナ(RCA)
   左のウイングの代名詞のような人。しなやかな、トライへの嗅覚はまったく衰えを知らない。
   彼の歴代最多トライ記録を猛タックルで阻止したARGのサンチェスに向けた、試合後の柔らかな笑顔が実に素敵だった。
  (次点)
    ドリュー・ミッチェル(AUS)
     僚友アシュリー=クーパーへと繋いだ彼のラン&パスはワラビーズ・ファンの誇りである。

12 マット・ギタウ(AUS)
   実は、私はボジション争いをする同国のカートリー・ビールの大ファンだが、2大会ぶりにこの人を戻したことにより
   ファイナルに進めたと言えるほどの活躍だった。ゲインの距離を稼ぐことは他の追従を許さない。
  (次点)
    マー・ノヌー(NZL)
     正確なパス、鋭く切り込むラン、激しいディフェンス、調子に乗らせたら手がつけられない。

13 コンラッド・スミス(NZL)
   事務及び法廷弁護士の資格を持ちながら、ワールド・クラスのセンター・プレーヤー。
   いつも攻守の起点には、この人がいる。NZL優勝の影の立役者と言える人。
  (次点)
    マルセロ・ボッシュ(ARG)
     センターというポジションには、実はラテンの血が最も似合うのではないかと思わせてしまう熱きプレーヤー。

14 アダム・アシュリー=クーパー(AUS)
   私がラグビーを観続ける限り、ずっと出場してもらいたい選手。抜群の身体能力の持ち主で、卓越した仕事人。
   芝の上を滑り込んでいくあのドヤ顔のトライは、何十回観ても飽きない。
  (次点)
    ネヘ・ミルナースカッダー(NZL)
     現在のラグビーではかなり小さく、昔ながらのすばしっこさを武器にしたウイングのような気がする。

15 ベン・スミス(NZL)
   ここに、イズラエル・フォラウの名前を入れることができれば、ワラビーズの優勝は現実的なものだったはず。
   彼の今大会、傑出したフル・バックは少なかったように思う。高いボールの処理能力でスミスを選ぶ。
  (次点)
    スチュアート・ホッグ(SCO)
     この国に再びラグビーのブームを呼び戻すとしたら、彼がきっと先頭を切ってくれるだろう。期待の男。

W杯は終わった。終わってしまった。何といってもジャパンの活躍はしっかりと国民の胸に刻まれた。ラグビーを半世紀近く観続けてきて、本当に幸せだったと思える大会だったと思う。

トップリーグも先週開幕し、次への一歩は踏み出された。ジャパンのラグビー、もう後戻りだけは、決してしてはならない。

 

※国名略号 掲載順
(ARG)アルゼンチン
(AUS)オーストラリア
(RSA)南アフリカ
(FJI)フィジー
(GEO)ジョージア
(SCO)スコットランド
(NZL)ニュージーランド
(JPN)日本
(WAL)ウエールズ

-…つづく

 

 

第293回:流行り歌に寄せて No.93 「高校三年生」~昭和38年(1963年)

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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