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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第423回:"アフリカ系アメリカ人"受難の年

更新日2015/07/23



一昔前まで、平然と"ニガー"と呼んでいたのが、"ブラック"も偏見用語で、今では"アフリカ系のアメリカ人"と書き、呼ばなくてはなりません。新聞でもテレビでも、記者やレポーターがブラックとかニガーと呼ぼうものなら、即座に首が飛ぶことでしょう。しかし、呼び方をどう変えようが、アメリカ人の心の中は変わっていないようで、まだ黒人イコール奴隷、怠け者、教育がないという見方は、一昔前と何ら変わっていないようなのです。

この数年、黒人問題(アフリカ系アメリカ人と書かなければ、アメリカの出版、報道規定にひっかかり、仕事をさせてもらえなくなりますが、ここではノラリの編集者が寛大な心を持っていることを期待して、呼び慣れた黒人とします)が再燃し始めました。まるで、マーティン・ルーサー・キングが公民権運動を展開し、殺された1960年代に舞い戻った感じがします。

最近のボルティモアでの戒厳令は、フレディー・グレイさんが逮捕され、護送車で警察署に連行される途中、具合が悪くなり、行き先変更をして病院に担ぎ込まれましたが、そこで亡くなった事件がきっかけになり、暴動が起こり、ボルティモアの市長さんが戒厳令を発令しました。このため、大リーグの試合が前代未聞の観客ゼロで行なわれました。

ボルティモアの護送車は、"死の車"と呼ばれていたようで、知る人ぞ知る存在だったといいます。2011年から2014年の間に、ボルティモアの警察の暴力による犠牲者が100人にも及んだというニュースが流れ、火に油を注ぐことになりました。

今までも、相当酷いことを黒人に対して大っぴらに行ってきましたが、現在、壁に耳あり、障子に目ありで、90%以上の人が携帯電話を持っており、その携帯にカメラだけでなく、ビデオ動画が撮影できる機能が付いていますから、どこで誰が見ているかだけでなく、言い訳しようのない映像が撮られ、全米に、全世界に流れてしまい、黒人問題に極めて尻の重い政治家も、もはや無視できなくなりました。

しかしながら、護送車内には携帯カメラを構えた一般の人は乗れません。一般人の目を気にして堪えに堪えていた乱暴なお巡りさんが、ここぞとばかり存分に暴力をふるえる条件が密室護送車に整っていたわけです。

ボルティモアの騒動を黒人対白人の図式で捉えることは少し無理があります。第一、市長さんは黒人女性ですし、警察官の40パーセント以上が黒人です。教育でも、高校卒業率はうなぎ昇り(まだ全米平均より低いですが)で、著しい成果を挙げています。もちろん、黒人ゲットーと裕福な白人層が住む地域ははっきりと分かれていますが、成功した黒人はゲットーから脱出し、他の地区に引越していきます。

ボルティモアは一時人口100万人を超す大都会でしたが、今では60万人で、空き家が1万6000軒もあり、デトロイトのように急激な減少ではありませんが、ゆっくりと確実に下降線を辿っている街と言ってよいでしょう。

今回の暴動の特徴は、大半が18歳未満のゲットーの住人だったことでしょう。暴動が起こる数々の下地があったにしろ、それに乗じて商店を荒らし回り、モノを壊しまくったのは、ドラッグを扱う少年のギャング団で、それがまた数多くあり、神出鬼没のゲリラ戦よろしく、街を無政府状態に陥れました。

携帯電話時代になって、衝撃的な映像を誰でも撮影できるようになり、やっと警察が黒人に振るっていた暴力が暴露されてきました。でも、ショッキングな映像がマスコミに流れた事件は全体から観ればまだまだ極一部なのでしょう。映像が撮られ表面に現れた事件を羅列してみますと---

2014年02月09日 
アーネスト・セットーホワイトさん(黒人)、白人の警察官に拳銃で撃たれ死亡。

2014年04月30日
知的障害を持つドンテロ・ハミルトンさん(黒人)、ミルウォーキーの公園で白人の警官クリスファー・マニーが拳銃で14発撃ち、殺す。そんなに沢山弾の出るピストルがあるんですね。

2014年07月17日
エリック・ガーナーさん(黒人;43歳)、ニューヨークの街中で警察に首を絞められ、何度も「息ができないから放してくれ!」と叫んでいたにもかかわらず、警察官は首を締め上げ、窒息死させる。この映像は広く流れたので私も観ましたが、ガーナーさん、全く何の抵抗もしておらず、はっきりと彼の声を聞き取ることができました。

2014年08月05日
ジョン・クロフォードさん(黒人;22歳)、ウォルマートのなかで売り物の空気銃を手にとっていたところ、白人警官に撃ち殺される。アメリカではウォルマートのようなスーパーでピストルもライフルも買うことができます。

2014年08月09日
マイケル・ファーガソンさん(黒人;18歳)、白人警官に撃ち殺される。このセントルイスに隣接したファーガソンの事件は、全国的な黒人運動に発展していきました。

2014年09月04日
レーヴァー・ジョーンズさん(黒人;35歳)、ハイウェイパトロールにシートベルトをしていないことで停車させられ、その白人の交通警官に数発撃たれ死亡。ジョーンズさんはもちろん武器など何も持っていませんでした。このビデオ映像も全米に流れました。ジョーンズさん最初に撃たれた時、「どうして、私を撃つのだ?」と静かに抗議していた声が耳に残りました。それでも白人警官は、何発も撃ち続けてジョーンズさんを殺してしまいました。

2014年11月22日
タイマー・ライス君(12歳の黒人少年)、おもちゃの鉄砲を持って公園を歩いていたところ、警官が撃ち殺してしまいました。

2014年12月02日
ラメイン・ブリスボーンさん(黒人;34歳)、30歳の白人の麻薬取締官によって撃ち殺されました。ブリスボーンさんはドラッグとは無関係でした。

2015年03月01日
ロスのお巡りさん、黒人のホームレスを撃ち殺す。

2015年03月06日
ナエシュラス・ヴィンザントさん(黒人;37歳)、デンヴァー郊外で白人警察に撃ち殺される。 ヴィンザントさんは保釈中で逮捕歴がありましたが、殺された時には武器の類は何も持っていませんでした。

2015年03月06日
トニー・ロビンソンさん(黒人;19歳)、職務質問中に交通量の多い道路に飛び出し、逃げようとしたところを白人警察に撃ち殺される。

2015年03月09日
アンソニー・ヒルさん(黒人;27歳)、空軍の退役軍人で、彼のアパートを訪れた白人警察官が撃つ。ヒルさんは裸でした。即死。

2015年04月04日
ワルター・スコットさん(黒人;50歳)、白人の警官が背中を8発撃ち、殺す。これもショッキングな映像です。白人の警察官マイケル・スラッガーがまるで射撃練習でもするように、両手でピストルを構え、パンパンとスコットさんが倒れるまで撃ち続けていました。スコットさんは即死。


以上は、映像や写真、大きくマスコミに取り上げられた事件のみを拾ったもので、この何倍もの事件が起こっていることでしょう。携帯電話嫌いの私でも、電話とは別の映像を撮るという機能が黒人問題に果たしている役割を認めないわけにはいきません。これらの事件が、もし携帯電話のデジカメに映されなったら、悪者の黒人が抵抗したので、やむなく撃ち殺した、と処理されていたことでしょう。

闇に葬られた黒人へのリンチは1950年まで、大雑把ですが4,000件あります。リンチを行った人は、立派な殺人犯なのですが、白人たちは逮捕されることもなく、万が一、裁判に掛けらることはあったにしろ、白人ばかりの陪審員によって無罪になり、良き父親、良き夫として生涯を終えているのです。



※追記:ボルティモアのフレディー・グレイさんが死んだ(殺された?)事件で、市の検察庁長官、マリリン・ボスビーさんが6人の警察官を送検しました。検察庁長官のボスビーさんも黒人女性です。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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