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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第620回:両親の老後と老人ホーム

更新日2019/08/01



歳をとり、ボケがきている割にガンコになっていく父親を説得し、ゴリ押しするように、10エーカー(約1万2,000坪)もある土地と350㎡の地下に書斎、寝室、居間、台所を加えた、バカでかい家を放棄させ、やっとの思いで老人専用のコミュニティーに引越しさせました。ヤレヤレです。私たち4人の兄弟、姉妹、それに父の弟、ロン叔父さん、私のダンナさんを加えた総力戦でした。

モノに拘る人はモノに溺れるとよく言いますが、私の父はその典型で、およそというか絶対確実に自分に必要のないモノ、将来使う可能性ゼロのモノでも、タダなら貰ってくるし、それを捨てることができないのです。おまけに転居せずに、同じ地域に棲み続けていましたから、同級生、教会関係、親類一同が近くに棲んでおり、彼らの引越しだ、お葬式だと、ピックアップトラックで気軽に出かけ、彼らが要らなくなったもの、捨てたものを満載して帰ってくるのです。更に悪いことには、ほとんど飛行機格納庫サイズの納屋、物置が自宅にあるので、いくらでもモノを仕舞い込むことができるのです。

彼の双子の弟が亡くなり、そこから衣料品をはじめ道具類がゴソッと来て、さらに同じ地区に住んでいた彼のお姉さんとその旦那さんも亡くなり、大変なコレクターであったその義理の兄から膨大な量の“お宝”を引き継ぎ、まるでその場で古着屋、古道具屋、リサイクルショップを2、3軒開店できそうなほど、ガラクタに埋まっていました。いくらでもモノが入る巨大な器を持つことは、ナニモノも捨てることができない彼にとって、非常に危険なことなのです。

私たちだけではとても処理しきれないことが分かっていましたから、オークションの会社に全権委任の形でモノ処理を依頼しました。オークションの会社が中年の女性二人を派遣してくれましたが、彼女たち二人が掛かり切りでモノを仕分けするだけで、2週間もかかったほどです。

この手の仕事では、私はすっかりお父さんの信用をなくしてしまいました。亡くなったお父さんの又従姉妹に宛てた、彼女のお爺さんからの手紙の詰まったダンボール箱を私が捨て、それをお父さんが見つけてしまったのです。お父さんはそれまで、そんな手紙が入っている箱を25年以上開けたことがないことははっきりしていますが、一度、捨てたゴミの山に彼が会ったこともない大叔父が書いた又従姉妹に宛てた手紙を見つけたからたまりません。それを一枚一枚読み始めたのです。そんなことをしていたら、10年掛かっても引越しなんか終わりません。

お父さんの弟、ロン叔父さんとウチのダンナさんは、飛行機格納庫のような物置を担当しました。二人ともすぐに協約?を結び、バンバン捨てる作戦を立て、父がロン叔父さんにアレはどうしたと訪ねてきた時はウチのダンナさんが捨てた、ダンナさんに訊いてきた時には、ロン叔父さんが処分したと言うことにして、トラック4台分のお宝、足が3本しかない家具、骨董品になるまで100年は待たなければならないような農機具、馬のハーネス、大型の短波ラジオ、オープンリールのテープレコーダー、電気器具、小中学校の古い机や椅子(父は中学校の校長先生をやっていましたので)などを処分したのです。

両親が移り住んだ老人ホームは私たちの生活レベルに比べ唖然とするほど立派なところでした。コンドミニアム風に2軒長屋ですが、寝室二つ、大きな居間、コの字型をした広々とした台所、トイレ風呂も二つ、ガレージも車2台分と豪華版なのです。

食事はメインのビルディングまで50mほど歩き、そこのレストランで三食摂ります。これが、老人向けにポーションは少なめですが、バラエティーに富んだメニューで、しかも毎週変わります。2ページのメニューから選んで注文できるのです。

このような施設に入ることができたのは、全く幸運だったというべきでしょう。中学校の先生の年金と軍人年金で月々4,000ドル(44万円相当、三食、光熱費、ケーブルテレビ、週一回の掃除を含む)を何とか払えるのですから、とても恵まれています。 

私は両親がいつも貧乏だと思って来ましたし、私が育った時、両親は4人の子供を育てるのは大変だったと思います。しかし、彼らが老年になり、なんだか急にリッチになったように感じるのは、私の方が貧しくなったからでしょうか。私たち夫婦、今まで楽しむことばかり一生懸命にやって来ましたから、今になってそのツケが回ってきたと言えなくもありません。

私の両親は二人ともお百姓さんの出です。水呑み百姓とまでは言いませんが、相当な貧農でした。そんな環境で二人とも育ってきましたから、今の老人ホーム・コンドミニアムの生活は超豪華で、毎週電話するたびに、今日はレストランで何を食べたと詳しく報告し、ウェイター、ウェイトレスの誰それは、黙っていてもお気に入りの飲み物を持ってきてくれる、メインディッシュを二つ頼んでもいいんだよ、と興奮気味に、微に入り細に入り食べ物の話ばかりするのです。特別の機会以外、ファーストフッド以外のレストランに行ったことなどない貧しい生活をしてきた彼らにとって、毎日三食レストランで食事をするのだけでも、大変な贅沢なのです。

7月の始め、10日ばかり新しい生活を軌道に乗せるため、両親の元へ行って来ました。年金の自動振込み、施設への自動支払い、車の保険、健康保険、クレジットカード自動支払いなどなどを設定するためです。その時、冷蔵庫を開けてビックリしました。身についた貧しさというのは抜けないものなのでしょう、毎回、いつでもレストランで食事ができるのに、持ち帰った食べ残し(アメリカではドギーバッグ、犬用に持ち帰るといいながら、実際は人間様が食べるのですが…)がゴッソリと詰まっていたのです。

せっかく、兄弟4人で両親をかなり贅沢な施設に入れたのに、貧乏な百姓根性、モノを捨てることができない、まして食べ物を捨てるなんてことはできない精神構造は、いかんせん生涯、身について回るようなのです。

ありがたいことですが、私たちが散々苦労した、大きな家に詰まったお宝のことは、記憶からスッポリと抜け落ちたように、持ち出さないし、あれほどそこを離れるのを嫌っていた、思い入れの強い家と広大な庭のことも忘れ去っているのようなのです。

歳とともに、記憶の持続時間が短くなるのは、天が与えた救いなのかもしれませんね。両親、今のホームの生活が社会のすべてなのです。そして私も、両親が今日、何を食べただけを話の種にして、そこで生涯を終えるまで過ごすのが、一番良いかなと思っています。

-…つづく

 

 

第621回:現在も続く人身売買と性奴隷

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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