第40回:チャイナタウン・エレジー・2 〜サイモン護衛任務
更新日2002/12/12
自分専用の部屋と電話のあるアパートでの暮らしは快適である。米国で生活することも、少しは若い米国人レベルになってきた矢先のことである。珍しく、夜中に私の電話が鳴った。出てみると、同じGUNショップで働くアレンだった。
「明日の夜、ちょっとしたアルバイトがあるんだ。一緒に来ない?」
との誘いだった。ちょっとしたアルバイトの内容とは、アレンの旧友である中国人のサイモンの身辺を護衛する仕事なのだった。
経緯はこうだった。彼には、今付き合っている中国人の彼女がいる。が、彼女の元彼がそれを許さないらしく、悪質なストーカー行為をしているらしいのだ。それは、日増しにエスカレートし、彼の車に傷を付けたり、脅迫電話をかけてきたりするので、サイモンもかなり精神的に参っている様子である。
さらに悪いことに、その元彼というのはシスコのチャイナマフィアに所属している若手で、このままでは身の危険も大いに懸念される。チャイナマフィアの歴史は古く、強大で、ファミリーは現在でもサンフランシスコの中国人社会を裏で牛耳っている強大な組織である。1980年代には、ベトナム系マフィアとチャイナタウンで、マシンガンや手りゅう弾までも使い、大規模な銃撃戦を何度も起こし、その命知らずの徹底した好戦ぶりを米国社会に知らしめていた。
通常、ストーカー行為程度の犯罪では、米国の警察は動いてはくれない。通常は武装した私立探偵やボディーガードがこういう仕事に付く訳で、その延長で信頼のある我々に仕事のオファーがあったのだ。
報酬は、僅か1日50ドル。今回雇われるのは、アレンとその現職の米国陸軍の友人と私の三人だった。シスコにいれば、必ず中国人の知り合いが多くなるが、サイモンは私も面識があり、何かといつも私たちの面倒を見てくれる友人でもあった。報酬はともかく、私の冒険心にも火が付いたことは、言うまでもない。伝説のチャイナ・マフィアと遣り合えるのは本望だった。
護衛当日、打ち合わせがアレンのアパートで行われた。私が、部屋に入るとすでに二人の準備ができている様子であった。まるでプロレスラーのような体をしている軍人のアレックスは、私を見るなり、
「冗談じゃないぜ…」
と両手を上げて一言漏らした。恐らく、いつも屈強な軍人たちと一緒に生活しているので、日本人の私の体が、よほどきゃしゃに見えたのであろう。
アレンも日本人であるが、米国生活の長い彼の体躯は、食べ物のせいか米国人のようにガッチリとしている。すかさずアレンはアレックスに、
「彼は、日本のスペシャルフォース(特殊部隊)出身だ。射撃の腕もいい。」
と私をフォローしてくれた。納得のいかない彼は、
「マーシャルアーツ(格闘技)はどうだ?」
と聞くので、言われた瞬間に、意表をついて、彼のコメカミを狙い、寸止めで素早い右フックを入れた。反則ではあるが、意外性のある攻撃こそが生き残るために必要な行動としてアピールしたのだ。それは、彼にも通じたらしく、
「まあ、いないよりは、ましか。」
と呟いた。
日本人のしかも実戦経験のない人間を危険な任務に付けるのは失敗の原因になる。中米パナマで、実戦経験のあるアレックスの気持ちが分からない訳ではなかった。そして、彼の険しい表情が、私が考える以上に、これから臨む任務の危険さを物語っていた。
作戦決行は今夜20:00。サイモンがサンフランシスコ大学の夜間部に車で通っているが、その授業中に、彼の車を狙って毎日行われる嫌がらせの現場を抑え、その場で確保・拘束し、警察に連行するという一見簡単な作戦であった。
我々は、サイモンの車からそれぞれ約50mの位置で潜伏し、小型CB無線を使い状況を相互に報告し、相手が一人の場合は、一気に3人で三方から、急襲して決着を付けるのだ。私の役目は、車の右サイドの監視とストーカーを捕まえる時の補助であった。
私たちは、ジャケットの下に通常の拳銃弾ならストップするレベル兇噺討个譴詼秒謄船腑奪を着て、ショルダータイプのホルスターに実弾入りの拳銃を装着した。さらに念のため、ブーツの中には、接近戦用のナイフも装着した。相手も武装している可能性が高いのだ。
夏時間の西海岸は、夜8時を過ぎてもまだ辺りは薄明るく、キャンパス内もまだ多くの学生たちが歩いていた。私が、もし米国の大学に留学していれば、今頃はあの楽しそうなキャンパスライフをエンジョイしていたのか、と思うと少しうらやましい気持ちになる。
9時を過ぎると、ようやく闇が辺りを包み出し、人影も少なくなったので、芝生の中にある薄暗い木立の中へ身を隠した。木立に入ると、ポケットからフェイスペイントを取り出して、肌の色が目立たないように顔に薄く塗った。そういうことは、自衛隊時代にはよくやっていたので苦ではなかった。
キャンパス内は、電灯が付いて意外と明るかった。サイモンの授業は10時30分まで。その時間までが、嫌がらせの現行犯を捕まえるチャンスだった。夕方からの霧が、濃くなり気温も急激に下がり、視界も悪くなり始めた。
万が一、銃撃戦になった時は、どうする? 実戦の場合、今までの射撃の練習の成果を発揮できるのであろうか。私は、自分の左脇の下にある実弾をフルに装填した1911A1の位置を確かめた。GUNは、自分の体温で暖かくなっていたが、それがまるで体の一部のようであった。「最後まで、俺を守ってくれよ。」と言いながら、安全装置がしっかり入っているのを指先で確認した。
時計は、10時を過ぎて後30分を残すだけとなった。「今日は、現れないかも。」と、安堵感にひたりそうになった時、霧の中から黒のロングコートを着た若い男が近付いてきたのだ。しかも、サイモンのホンダ・シビックの前に止まった。
「来たっ!」
「突入準備!」
CB無線のイヤホンからアレックスの声が聞こえた。
第41回:チャイナタウン・エレジー・3 〜突入!そして…