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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第25回: ヒターノ集団は荒らし、逃げる?

更新日2018/06/21

 

イビサの町からサン・アントニオ、サンタ・エウラリア、サン・ミゲルなどの主だった町や村には定期バスが運行されている。バスターミナルのような洒落たモノはなく、郵便局の脇から、マアマア、時刻表どおりに出発する。
 
イビサの島自体が長い方で30キロ、細いところで15キロ程度、飛行場までも6キロだから、どこのビーチに出かけても、自分の車、バイク、自転車がある限り大した距離ではない。だが車もスクーターも持たないとなると、歩くにはシンドイ距離だ。そこにエアコンなしのオンボロバスの存在価値が出てくる。タクシーも飛行場、ホテル、中心街、港にタムロしている。

私の足はスクーターのヴェスパ、それが盗まれてからもモペットクラスの小さなバイクだった。 『カサ・デ・バンブー』から街のメルカード(Mercado;市場)まで1キロに満たない距離だから、チョッとした仕入れにはスクーターで充分だったが、サン・アントニオやサンタ・エウラリアまでの細くくねった山道を行くには馬力が足りなく、おまけにすぐにオーバーヒートしてしまうので、よくバスを使った。

イビサのバス停はヒターノの子供たちの稼ぎ場だった。そこで、バスの乗降客にモノ請いをするのだ。中には相当大きな乳飲み子を抱えたヒターノ叔母さんも、いかにも哀れみのこもった表情と物言いで手を差し出すのだ。乞食は3日やったら辞められないとよく言われる。ある時、バス停近くの裏路地で、ヒターノの餓鬼どもが3、4人でモノ請いした収穫を分けている場面を見かけた。

誰にでも気楽に声を掛け過ぎる傾向のある私は、「お前ら、よく稼いでいるな~」と上から覗くようにして言ったところ、それまでお金を等分に分けることに集中していた彼らは、キッと睨み返すように私を見上げ、広げていたお金を文字通り鷲掴みにして、脱兎のごとく駆け出して行ったのだ。相当な金額だったように思えた。

ヒターノの子供たちにアドケナサ、大人が子供に期待する無垢、純粋な表情はミジンも見られない。顔つき、目つき、表情が厳しく、天真爛漫にニッコリと微笑むことが少ない。言ってみれば、赤ちゃんの時から大人の顔つきをしているのだ。少年、少女の時から、現実を見る目、これから立ち向かわなければならない偏見、差別に対する用意が出来上がっているようにさえ見えるのだ。

そんなヒターノのことをカルメン叔母さんやアントニアに話したところ、「彼らは、ヒターノでも全く別の、悪いサングレ(Sangre;血)を持った流れ者、怠け者ヒターノなのよ。彼らは私たちからもモノを盗むし、全く信用できないヒターノなんだから…」と、混同されるは大迷惑だと言わんばかりなのだ。ヒターノの中にも幾種類かのアンダルシアの出身地に根ざしたクラン(氏族)があり、時に協調し合い、時に反目し合っていることを知ったのだった。

一度、偶然からヒターノのタクマシイ叔母さん同士が激しく争っているのを目撃したことがある。原因もイキサツも知らないながら、その激しさにド肝を抜かれたことだ。鼻先をつき合わすように大声でワメキ合っていたのが、片方が軽く相手の肩を小突いたのが引き金になり、あわやヘビー級の女子プロレスに発展するかと思われたが、その辺の呼吸をわきまえているのか、それまで傍観者になっていた両方の夫か、兄か親類かがスーッと割って入り、アワヤの激闘は流れた。

後で思い起こしてみると、始めから男衆はリングサイドにいたのだから、危機一髪の事態になるまで待たずに止めることができたはずだし、ヒターノ叔母さんらも、男衆が止めに入ってくれることを期待して、知っていて派手な大立ち回りを演じていたのではないかと思う。

私なりにイビサ旧市街の変遷を観てきた。港を城砦の間にある二つの小路、カジェ・マジョールとカジェ・デラ・ヴィルヘンは、夏場にはレストラン、ブティック、テキヤが軒を並べる賑やかな場所だが、中世の町並みの雰囲気を残した味わいある通りだ。

冬になると、イビサ島全体が静まりかえる。とりわけ、夏のシーズンに賑わったこの界隈は“ツワモノどもの夢のあと…”的な激変をみせる。開いている店は、胴長、短足のイギリス人マーティンがやっているバー『タベルナ(Taberna)』とこれもイギリス人の大男ロイがやっている『フィエスタ(Fiesta)』、フランス人の穴倉バー『ラ・フィンカ(La Finca)』の3軒だけで、それら3軒ともネオサインを出すでもなし、古臭い看板にボンヤリとした薄明かりを当てているだけで、そこにバーがあることを知らない人なら、容易に見逃してしまうような“間口一間”の店だ。オフシーズンのイビサはそれなりに情緒があるところなのだ。

だが、それもヒターノ集団が旧市街に侵入してくるまでのことだった。私が最初にイビサに来た時とそれから4、5年経てからの旧市街の変わりようは、語るのもおろか無残な状態になった。デトロイト、フリントなど自動車の町が不況とともにゲットー化した以上に、旧市街は汚れ、ゴミ捨て場になり、異様な臭気が漂うようになっていったのだ。それに加え、情緒ある旧市街に憧れて中世の家をアパートとして買った外国人は、通常、夏場しか来ないのだ。当然、そんな別荘やアパートは、ヒターノの悪餓鬼どもの格好の攻撃目標になり、ドア、窓はブチ壊され、盗まれ、荒らされることになった。

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No Basura;ゴミ捨て禁止! ヒターノ居住区は荒れてくる

カジェ・デラ・ヴィルヘンが海に突き出た崖の上で尽きるところに、さらに数メートル離れて岩が立っている。船でイビサに入る時、港の防波堤をくぐるはるか前からその崖の上に立っている白い家を目にすることになる。そこがギィスラー叔母さんの住まいで、建築家だった彼女の旦那さんが丹精こめて設計し、作り上げた天井楼閣なのだ。崖の上に館を建てるため、渡るために橋を架けたのだ。

私がギィスラー叔母さんと知り合った時、彼女はすでに寡婦で一人住まいをしていた。旦那さんが設計した家、別荘はイビサ島内にいくつもあるが、いずれも外観はイビサの古い農家を思わせ、イビサの景色に溶け込むように建てられている。ギィスラー叔母さんの楼閣からの景色は絶景と呼びたくなるほどのもので、南西には遮るものがない地中海が広がり、反対側は港が一望できるのだ。

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イビサ港の入口にある崖の上の白い館

橋を渡る前のところに大きく頑丈な門と木のドアがある小型の城砦の城門のような造りだった。ところが、その門と大きなドアは落書きだけでなく、石やガラスのビンを投げつけられ、満身傷だらけで、元の作りがよほど頑丈だったのだろう、どうにか持ちこたえている様相なのだ。

近所のヒターノの子供たちの仕業だった。石を積み上げ白い漆喰で固めた門と高い塀垣、落ちつた色合いの厚い木のドアは見る影もなく痛めつけられていた。ヒターノの餓鬼どもは、年寄りのギィスラー叔母さんが一人暮らしだと判ると、やりたい放題でゲイトを攻撃したのだろう。ゲイトを乗り越え、橋を渡って彼女の住居までは侵入しなかったのは救いだった。

ギィスラー叔母さんは、毎日、ヒターノに占領された細く、長い石畳のカジェ・デラ・ヴィルヘンを歩かなければどこにも行くことができないのだ。ギィスラー叔母さんは穏やかな性格のドイツ系ユダヤ人だが、ヒターノのことを語る時、怒りに震え、涙を浮かべるのだった。
「マイノリティーを批判するのは良くないと知っているのだけど、ところかまわずゴミを捨て、空き家と見ればただ壊すためだけに侵入する、教育ってものがまるでない…」と、抑えきれない感情の波に流されるのだった。

少しは市役所や市のお巡りさんに知り合いができていたので、私はギィスラー叔母さんの惨状を訴えに市役所に赴いたことがある。市役所では、「そこはお前の家か? 何か盗まれたり、ギィスラーさんに直接危害があったのか? そうでなければ、こちらからは何もできない。お前の言うことは分かるけど…」と、無駄足を踏んだだけだった。

それでも、何度か見回りのためにお巡りさんを送ってくれたようだが、ギィスラー叔母さんに言わせれば、お巡りさんが半歩足をカジェ・デラ・ヴィルヘンに踏み入れるや否や、ヒターノの餓鬼どもは蜘蛛の子を散らすように通りから姿を消すのだった。

-…つづく

 

 

第26回: 公爵夫人とアントニオ

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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第1回:白い島“イビサ”との出会い
第2回:ヴィッキー 1 “ヴィーナスの誕生”
第3回:ヴィッキー 2 “カフェの常連とツケ”
第4回:ヴィッキー 3 “悪い友達グループ”
第5回:ヴィッキー 4 “カフェテリアができるまで”
第6回:ヴィッキー 5 “誕生日パーティー”
第7回:ヴィッキー 6 “コルネリア”
第8回:ヴィッキー 7 “増えすぎた居候”
第9回:ヴィッキー 8 “変わり果てた姿”
第10回:ヴィッキー 9 “コルネリアからの絵葉書”
第11回:カサ・デ・バンブー ~グランド・オープニング 1
第12回:カサ・デ・バンブー ~グランド・オープニング 2
第13回:グラン・イナグラシオン(開店祝いパーティー)
第14回:ギュンター 1 “上階のドイツ人演劇監督”
第15回:ギュンター 2 “ホモセクシュアル御用達のバー”
第16回:ギュンター 3 “VIP招待しての昼食会”
第17回:ギュンター 4 “引退とイビサ永住の相談”
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第19回:ギュンター 6 “引退の現実と無言の別れ”
第20回: “元ナチスドイツSS隊員”のクルツさん
第21回: オスカー VS クルツさん、“過去は水に流すな”
第22回:“ドイツ女性はラテン系のマッチョがお好き”
第23回:ヒターノは踊る その1
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