■くらり、スペイン~イベリア半島ふらりジカタビ、の巻

湯川カナ
(ゆかわ・かな)


1973年、長崎生まれ。受験戦争→学生起業→Yahoo! JAPAN第一号サーファーと、お調子者系ベビーブーマー人生まっしぐら。のはずが、ITバブル長者のチャンスもフイにして、「太陽が呼んでいた」とウソぶきながらスペインへ移住。昼からワイン飲んでシエスタする、スロウな生活実践中。ほぼ日刊イトイ新聞の連載もよろしく! 著書『カナ式ラテン生活』。


■移住を選んだ12人のアミーガたち、の巻(連載完了分)

■イベリア半島ふらりジカタビ、の巻
第1回:旅立ち、0キロメートル地点にて
第2回:移動遊園地で、命を惜しむ
第3回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(1)
第4回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(2)
第5回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(3)
第6回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(1)
第7回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(2)
第8回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(3)
第9回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(4)
第10回:奇才の故郷に、ごめんくさーい(1)
第11回:奇才の故郷に、ごめんくさーい(2)
第12回:奇才の故郷に、ごめんくさーい(3)
第13回:奇才の故郷に、ごめんくさーい(4)
第14回:たいへん! ムール貝を、重油が覆う(1)
第15回:たいへん! ムール貝を、重油が覆う(2)
第16回:たいへん! ムール貝を、重油が覆う(3)

■更新予定日:毎週木曜日




第17回:たいへん! ムール貝を、重油が覆う(4)

 

更新日2003/02/20


テレビのニュース映像では何度も見ていたのだが、実際に重油まみれの海岸を目の当たりにすると、言葉はどこかへ消え去ってしまった。舗装直後のアスファルトの臭いが立ちこめるなか、あたり一面の岩を、黒、それも邪悪なまでにテラテラ光る黒い色が覆い尽くしている。

足元の砂浜には、遠くの波打ち際までずっと、さまざまな大きさをした黒の小さな点が、波の形を何本も描いていた。これらの点のひとつひとつが、「ビスケット」と呼ばれる重油塊なのだ。大きなものは手のひらくらいのサイズがあり、小さなものはまさに波しぶきの1滴ほどしかない。そのどれもが、曇天の下、テラリと鈍く光っている。

重油の回収作業は、満潮から波が引いていくのにあわせて行われているという。この浜では最初に流出重油が漂着してからこれまで1ヶ月間、連日300人ほどの個人ボランティアが、入れ代わり立ち代わり作業に取り組んでいる。今日も、4時間の作業が行われた。私が訪れたのはその直後だったのだが……、それで、この状態である。これは、たいへんだ。私は何度もつぶやいた。これは、たいへんだ。

そのうち、カモメが一羽、また一羽と飛んできた。真っ黒い岩にとまる、白いカモメ。あぁ、こんな岩のところにとまっちゃいかん、そう思うけれどもちろん伝える術はない。アミーガとふたり無言のままで浜を上がってくると、ボランティアが回収した重油や使い物にならなくなった長靴が積まれている場所で、カモメが乱舞していた。「見てみカナちゃん。このカモメ、お腹のところが汚れてる。あっ、あそこのも。あぁ」 

今回の活動で野鳥のことに詳しくなった彼女が、説明をしてくれた。

重油流出事故の際にとくに野鳥を気にかけるのは、単に野鳥がかわいそうだからという理由からではない。魚を食べる鳥、とくに渡り鳥の被害状況(たとえば重油が原因で死んだとしても、羽根が油まみれになった場合、胃の中に重油が溜まった場合、といろいろあるという)を調べることで、なかなか地上からは把握しづらい海の中での汚染状況が調べられるというのだ。ある類の渡り鳥は、決まった種類の魚しか食べない。だから、この時期にその魚がいる海域はこのあたりだから……と推測をすることができる。

流出重油は、ときに長さが数十km、厚さが1m以上に及ぶ帯状の塊になって、海を漂う。これは、風向きによって気まぐれに漂う方向を変える。さらに、重油塊は海岸近くでは水面に顔を出すが、沖合いではそれ自身の重さのために水中に沈んでしまうこともあるという。本当に、「後始末」の難しいものなのだ。そうして、漂ううちに魚や海亀や野鳥を殺し、養殖の筏を丸ごと駄目にし、海岸に着いては回収作業のひとたちを疲弊させる。あぁ、もう!


激しく吹きつける海風に押されるようにして、車に戻った。岬をまわり、灯台のある場所で再び降りて状況を見たところで日が暮れたので、ビゴの手前約20kmのポンテベドラという町へ向かう。今夜はここで、アミーガの長年の友人と落ち合って軽く夕食をとることにしているのだ。

今回の私の目的には、はじめて訪れるガリシアを「知る」ことも入っている。というのも、いまはまだ、誰か他人の傷だけを見て「まぁたいへん、かわいそうに」と通り一遍の感想を抱いているだけだと思うのだ。そうじゃなくて、私はそのひと自身を知りたかった。なんのためにかというと……。愛して、心底嘆いて、そのひとのためになにかしようと決意するために、かなぁ。それに、なんといっても腹は減るしね。


趣のある旧市街、白く塗られた木や鉄の枠にガラスが嵌め込まれたガリシア独特の可愛らしいバルコニーが並ぶ小路をしばらく歩き、同じく優しい色をした石のアーケードをくぐって、バルに入る。注文したのは、この地方リアス・バハス特産の白ワイン、アルバリーニョ。はじめて飲んだのだが、「スペインでいちばん美味しい白」という評判どおりの味。ちょうどさっき見てきたバルコニーのように繊細で優雅で、キリッとした透明感があって、それら全部を包み込む気品がある。思わず、1本購入。8ユーロ(約1000円)。

ワインを手に、同じ路地の違うバルへ。今度は地ビールを飲みつつ、念願だった地元のムール貝を頼む。実はそれまであまりムール貝を美味しいと思ったことはなかったのだが、名物は試さずに死ねるか、と、これはあくまで私の信条であるけれど。

「はいよ」 無愛想なおじさんが注文を受けると、隣のおばさんがやおらプラスチックのざるにムール貝をあけ、小さいナイフを器用に動かして下ごしらえをはじめた。そうして十分後に出てきたのは、これまで見たこともないようなムール貝。

まず、大きさがすごい。蒸したあとなのに、親指と中指で作った輪っかよりも大きい。厚みもたっぷりある。色は、薄く透き通ったオレンジ色。これまで見てきた濃い、塗りつぶしたようなオレンジ色とはまったく違う。形はどうも卑猥だが、それはムール貝のせいではない。100%の期待とともに、口に含む。口中に広がったのは、期待をさらに1000%上回る味。間違いなく、世の中で2番目に美味しい。感動してわぁわぁとまくしたてながらも、次々と口に運んだ。至福の12個、2.95ユーロ(約370円)なり。

「!」 点火した。こ、こんな美味いムール貝が次々と死んでいるとしたら、そ、そいつは本当にひでぇことだよ! 私はこれから、ガリシアの魚介類を全面的に応援するぜーっ!! まったく、この自分さえ良けりゃいいかとついつい思いがちな私にそう決意させるほど、このムール貝は美味しかった。その後さらに3軒のバルをはしごしながら、地元名物の白磁の杯で白ワインを飲み、同じく名物のタコの柔らか煮などを食べた。

すっかり、ガリシアに惚れた。流出重油が汚染したのは、こんな素晴らしい土地だったのか。その傷の大きさをはじめて実感し、あらためて、ショックを受けた。


アミーガによるレポート
「ガリシア沖重油タンカー沈没事故」

 

第18回:たいへん! ムール貝を、重油が覆う(5)