■くらり、スペイン~イベリア半島ふらりジカタビ、の巻

湯川 カナ
(ゆかわ・かな)


1973年、長崎生まれ。受験戦争→学生起業→Yahoo! JAPAN第一号サーファーと、お調子者系ベビーブーマー人生まっしぐら。のはずが、ITバブル長者のチャンスもフイにして、「太陽が呼んでいた」とウソぶきながらスペインへ移住。昼からワイン飲んでシエスタする、スロウな生活実践中。ほぼ日刊イトイ新聞の連載もよろしく! 著書『カナ式ラテン生活』。


番外編:もろモロッコ!(1)

番外編:もろモロッコ!(2)
番外編:もろモロッコ!(3)
番外編:もろモロッコ!(4)
番外編:もろモロッコ!(5)
番外編:もろモロッコ!(6)
番外編:もろモロッコ!(7)
番外編:もろモロッコ!(8)

 

■移住を選んだ12人のアミーガたち、の巻(連載完了分)

■イベリア半島ふらりジカタビ、の巻(連載完了分)

■更新予定日:毎週木曜日

番外編:もろモロッコ!(9)

更新日2004/04/22



1月1日

サハラ砂漠でのスペクタクルな初日の出の興奮が覚めやらぬまま、4WDにドッカドッカ揺られながらいったんホテルに戻る。朝食はルームサービスにしてもらい、クレープ風の地元のパンなどを腹いっぱい、デニッシュやクッキーを袋いっぱいに詰め込んで、いざ出発。今日は砂漠の町エルフードからできるだけ北上し、明日の目的地であるフェズに向かってできるだけ近づく予定。と、エルフードの町を通っていて、こんな看板を発見。

「レストラン大阪」、日本語だ! なのに、タジン鍋を持っている絵!! すごーく気になりながらも、時間がなくて通り過ぎる。いまネットで調べてみると、南奈保子さんという日本人の女性がモロッコ人のご主人と経営するレストランで、日本食も出しているらしい。すごい。スペインのマドリードにいてすら日本食を作るのがどのくらい大変なのかがよく解るため、これを砂漠の町で続けるすごさには……脱帽。頑張ってください。


さて我々は、というか正確には交互にハンドルを握るキャリーとコータローがアクセルを踏んで前進するプジョー206は、青空の下、月面のような砂漠の真ん中をわしわしひたすら北上する。2時、ミデルトという交通の要衝の町で小休憩。「ここはイヤな思い出しかないですよー。10年前、バスターミナルから重いバックパック担いで、ホテル探して歩きました。いっぱいズルイひとが話しかけてきて、本当に疲れた」とキャリーが思い出を語り終える間もなく、笑顔の男性がひとり、またひとりと我々の席を囲んだ。

まず英語、次にフランス語で話しかけてくる。「こういうときは日本語で喋るに限るね」なんて言い合っていると、伝令が走ったのか、やおら「ニホンジンデスカ?」と日本語を話すひとが現れた。そのネットワークが怖いっちゅうねん。生返事をしながら聞くところによると、彼は東京に住んでいて、東京ミネラルという会社で働いていて(そら来た!)、良いミネラル(鉱石)を安くで売るよ、とのこと。買うつもりはないので、丁寧に断る。やがてスペイン語班もやってきたので、「私はヨーコ。ねぇケン、早く出発しよう」かなんか適当なことを言いながらそそくさと席を立つ。

それにしても、数年前にイスタンブールへ行ったときにも感じたのだが、商売するひとの日本語のうまさには本当に頭が下がる。イスタンブールでは日本語で話しかけてくる多くのひとが「東京出身ですか? 私、東京に住んでました。え、違う? 大阪ですか? 私の妹、大阪にいます。え、違う? 名古屋ですか? 私のお母さん、名古屋出身」と、こちらとの共通点を見つけ出すまで日本在住の親戚の数を次々に増やしていった。そのうち最後には、彼以外の家族は全員日本に住んでいることになってしまった。それでもめげずにガイドをしようとする。すごいよなぁ。これまた脱帽である。



ミデルトを抜けてしばらくすると、アトラス山脈越えの険しい山道が始まった。急なカーブをぐるんと曲がるたびに標高がどんどん上がっていき、車外の気温がどんどん下がっていく。あるカーブを曲がると、牧羊犬っぽい種類の犬が、じっとこっちに睨みをきかせていた。次のカーブでは、なんと親子連れで。その次も……と、30頭あたりまで数えて断念。近くに羊でもいるのかなぁ。でも急なカーブを抜けるたびにこちらを睨む犬が現れるというのは、なんか悪夢のような光景だった。

それから視界が開けたと思ったらいちばん標高が高いところで、そこでは道の両側が一面の雪に覆われていた。わー! 今朝は砂漠だったのに、昼には雪だぜ! これがモロッコなんだなー。感動。車を停め、銀色に輝く雪の前で写真を撮ったけど、浮かれていてすっかり露出アンダー。なんだー、チッ。


やがて山を越えると、いきなり雲が多くなった。行く手はすっかり厚い雲に覆われていて、まだ標高が高いためかそれが濃霧となって眼前に現れてくる。空が暗くなってきた。さて、そろそろ泊まるところを決めなくちゃ。

まず、アズルーという町で降りてみる。寒いので、とにかく暖房の効いた快適な部屋を探す。町で唯一の3つ星ホテルでは、空室はスイートしかないということだが、見てみるとガランとした修道院のような部屋で、なんせ寒いので断念。しかもフロントではスタッフとスペイン軍人とが激しく口論中だし。他のオテルにまわってみたものの、部屋を見たコータローとキャリーが「思わず10年前の東欧の安ホスタルを思い出したよ」というものだったので、これもアウト。諦めて、町を出る。

次は車で30分のところにある、イフレンという町へ。標高1650m、ヨーロッパ風のリゾートの町だというが、すっかり夜になっていて景色はわからない。市内地図もなく、焦りながらのホテルを探す。キャリーのガイドブックにも私のにも紹介されていた、値段がそれほど高くない5つ星ホテルを目指してみる。運良く丘の上のホテルはすぐみつかり、空室もあるというので、疲れていたしはじめて部屋も見ずにチェックイン。なんせ5つ星だから、だいじょうぶでしょ。準備ができるまで待つように言われる。一安心。


ところが! これが、最悪の一夜の始まりだったのだ。30分経っても呼びに来ないので病人がいるからと説明し、何度も頼み込んでようやくチェックインをしてもらう。客にはフロントにいる唯一のスタッフが対応するのだが、やたら態度が慇懃無礼。隣のグループは、私たちより前からずっと待たされている。そしていきなり、「パスポートをこちらで預かる」と言われた。そんな話、聞いたことない。パスポートは外国では生命線みたいなものだ。交渉の末に回避したが、なーんか、嫌な予感。

部屋は、ツインのふたつ続きなのだが、どちらも「町を見下ろすデラックス・ビュー」なはずの窓には半壊のシャッターが下りていて、どうやっても開かない。しかも入り口のドアチェーンは切られている。さらにテレビも壊れている。暖房とベッドだけは良いが、トイレの床からは水がじくじくと染み出てくる。昨夜のホテルが本当に良かったため、あまりの落差にがっくり気落ちするが、とにかく飯を食いに町へ出ようと部屋を出る。

もう車は運転したくないので、フロントでタクシーを呼んでもらうように頼む。と、できない、と言う。なんでかと聞くと、電話がないという。って、電話はちゃんとフロントの中に見えているのだ。隣では、さっきのグループが疲れきった顔でまだチェックイン待ち。私はここでプチリ、とキレてしまった。なんせ現代の若者だし、カルシウム不足だしー。いや、それほど態度がひどかったんだよ。彼がかなりスペイン語わかるのはわかっていたので、私はスペイン語でひとしきり激しく怒鳴りまくった。滅多にないことなのだけどさぁ。

あとでキャリーが「カナ、すごかったね、ワチャチャチャチャー!って、ものすごく怒ったね。びっくりしたー! スペインで強くなったね、私はできない」と、大きな目をさらに見開いて驚いていた。コータローも笑っていた。結局、その日は仕方なくホテルのレストランで食事をすることにしたが、隣の席になったイギリス人団体も、ものすごく怒っていた。このあたりの名物だというマスのソテーは美味かったけどね。

「明日の朝、この町のツーリスト・インフォメーションで苦情を言って、それからフェズにツーリスト・ポリスがあるからそこに行こう。そうして早く、忘れてしまおう。これで5つ星は、本当、ひどすぎる」というキャリーの意見に同意し、問題点のリストを作ってから就寝。まだフクフクフクと腹立ちが収まらなくて眠れるか心配だったのだが、腹がふくれて疲れていると人間なんて他愛もなく寝れるもんだね。翌朝まで、爆睡。こんな日もあるさ、ファッキン・ホテル!


HOTEL DATA

HOTL MICHLIFEN
BP 18, IFRANE

2ROOMS(DOUBLE & SINGLE USE)
WITH DINNER: 1627 DH


-…つづく

 


 
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