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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第547回:北九州の朝さんぽ - 西鉄バス、鹿児島本線 新北九州空港~門司港 -

更新日2015/04/09


北九州空港は海上の人口島にある。西鉄バスの小倉直行便は海上の長い橋を渡る。橋の長さは約2.1km。中央に緑色のアーチを持つ美しい橋だ。そのアーチの前後に門柱のような街路灯がズラリと並んでいる。橋を渡り終えると工場地帯。煙突から煙が見える。ふと、人吉駅で教わった坑木の話を思い出す。あれはまだひと月前の話だった。


新北九州空港から小倉駅行きの直行バス

高速道路に入り、高架から街を見おろす景色になった。東九州自動車道、九州自動車道、北九州都市高速道路を経由する。夜景も見たい車窓である。道路交通状況は順調。結び目を作りそうな立体交差で、下が在来線 上が新幹線。道路はカーブしている。線路と電車が見えるとほっとする。バスは定刻で小倉駅に到着した。


空港連絡橋のアーチが美しい

空港で撮影したメーテル人形の写真をバスの中でSNSにアップしたら、小倉駅にもメーテルやキャプテンハーロックがいるとコメントがついた。すぐに場所がわからず歩き回って、小倉駅の大きさを実感する。モノレールがある側かと思ったら、新幹線口のテラスのほうだった。あまり期待しないまま立ち寄ってみたら、こちらは原作に近い姿だった。ブロンズ一色で余計な色がついていないから、心の中のイメージが崩れなかったのかもしれない。

メーテルはベンチに座り、彼女を守るように鉄郎が立っている。孤高の男キャプテンハーロックは一人で立つ。背は低い。ハーロックと顔を並べて自撮りをしていたら、メーテルや鉄郎を撮影している女性がいた。「よかったらシャッターを押しましょうか」と声をかける。それは遠慮されたけれど、逆に私の写真を撮ってくれた。


小倉駅。メーテルに馴れ馴れしく寄り添うオヤジがいた

彼女はこれから北九州市漫画ミュージアムへ行くそうだ。そんな施設があったとは知らなかった。私も行きたかったけれど、今日は日帰りで予定は詰まっている。見に行くとしたらじっくり見物する時間を取りたいから、今回はやめた。次の機会のお楽しみである。次の機会……さあ、いつだろう。新しい関門トンネルか鉄橋を作るという話がある。構想によると九州側拠点は門司ではなく小倉だという。でもかなり先の話になりそうだ。

さあ電車に乗ろう。旅の始まりだ。小倉駅の切符販売機でSuicaにチャージ。領収書ボタンも押す。私は確定申告で使うつもりだけど、こうして各地でチャージすると、領収書が記念アイテムになるかもしれない。種村直樹さんは郵便局の旅行貯金を楽しんでいたけれど、IC乗車券の記念チャージは流行るだろうか。領収書の券片は大きいから、ご当地の絵柄を入れたらおもしろそうだ。


かしわ入りうどん。うまし

時刻は9時少し前。朝飯にしよう。駅構内の立ち食いそば屋で「かしわうどん」を食べる。もう30年前の高校生の頃、九州の駅でかけうどんやかけそばを頼むと、ネギの半分くらいの量で鶏肉が入っていた。もうそんなサービスはしていないようだ。5月になったばかりの北九州は暖かく、うどんの汁を飲み干すと汗ばむ。ホームへ階段を降りるとさらに汗が出る。上着を脱いで肌を風に晒すと気持ちがいい。

小倉から門司港までは鹿児島本線の電車で15分ほど。先頭車に行き、運転台の後ろから展望する。広大な貨物ヤードが現れ、門司駅に到着。以前、上り「はやぶさ」で停車した景色が脳裏に蘇る。夕刻のオレンジ色に染まった構内。その色味が褪せてこの風景になる。広い構内が寂しい。


九州鉄道記念館駅。40分前で人影もなく

門司駅は大規模な補修工事中である。広い駅前広場は工事用フェンスに囲われており中には入れない。レトロな駅舎も囲いの向こうだ。ここからは門司港レトロ観光列車「潮風号」に乗るつもりだけど、始発列車は10時である。駅は九州鉄道記念館のそば。行ってみたけれど、発車40分前は窓口のシャッターが降りている。人影もない。

平日とはいえゴールデンウィークの真ん中である。団体予約で満席になると個人の乗車はできない、しかも個人の予約は不可。乗れるまで並ぼうと込めた気合いが空振りになる。しばらく佇んでいると係員が現れた。まだ切符は売らないという。一番列車に団体予約はないと聞き、それなら並ばずとも良いと思って付近を散歩してみた。もっとも、10時前に開いている施設はないから、まさに歩き回るだけ。観光案内板に企救自然散歩道、風師山コースが示されていたけれど、そこまでの時間もない。それでも高倉健の映画『あなたへ』のロケ地の港やレトロを謳う建物のいくつかを見物できた。


門司港を散歩。健さんもここを歩いたかな

満足して駅に戻る道すがら、踏切警報器の音が聞こえた。このあたりの踏切は観光列車の線路だ。つまり潮風号の入線である。早足で駅に近づき、列車の写真を撮った。手前に踏み切り待ちの車が並び、あまりよい画角ではなかった。駅に戻ると列車が停まっていて、駅員の女性のほかに運転係員の男性も支度をしている。改札はまだという。行列用の庇の下は私だけである。


関門散策にクローバーきっぷがオススメ。800円。めかり絶景バスツアー50円引き券付き

しばらく人々の様子を見ていると窓口が開いた。“関門海峡クローバーきっぷ”を購入する。関門海峡の乗りもの、門司港レトロ観光列車、下関側のバス、関門汽船の片道切符のセットで800円。汽船は片道だけだけど、もう片道は関門人道トンネルを潜るか関門橋を徒歩で渡るという前提である。海底トンネルの徒歩も楽しみだ。


トロッコ列車、小さい機関車に大きな客車。アンバランスでおもしろい

きっぷの絵地図を眺めていたら、ホームの入り口にかかっていたチェーンが取り払われた。改札開始である。そしてなんと乗客は私だけだ。観光列車の行く末が不安になるけれど、おかけで車両をのんびり見物できた。ホームから列車の写真を撮っていたら、ファインダーにほかのお客さんが入ってきた。よかった。私だけの貸し切り列車にならなくて。


トロッコ客車の室内。短い乗車だけど座席はテーブル付き


機関車が小さいから前方の眺望も良し

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
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デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
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■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


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