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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第331回:ゆっくりとワープ -寝台特急北陸-
更新日2010/05/20


富山ライトレールの電車内に液晶画面があって、次の駅や広告を交互に表示していた。このように「電子的な張り紙を紙芝居のごとく自動的に入れ替えるシステム」をデジタルサイネージという。そこに何度も富山駅付近のラーメン屋が表示され、私の食欲を刺激した。その店は駅から少し離れていたけれど、私の足はまだ元気だ。ラーメンと牛スジのおでんという屋台メニューで満腹した。それが本日の夕食である。これから乗車する寝台特急「北陸」には食堂車がないし、あったとしても走行時間は8時間ほど。車内で食事をするよりも、たっぷりと眠りたい。


夜行列車に乗る前に腹を満たす。

金沢駅に戻り、改札口で駅員さんに「北陸」の入線時刻を聞く。21時49分とのこと。発車時刻は22時18分だから、それより約30分も早く車内に入れる。少しでも早く支度を済ませて眠りたいから、これはとてもありがたい。もっとわがままを言うと、実は北陸号は車庫を出てからいったん金沢駅を通り、その先で機関車を前後に付け替えて戻ってくる。昨日の夜、一度目の通過時刻が19時過ぎだとわかった。留置線の上で待機してもいいから、その時刻に乗せてもらいたい。かつて上野発の下り北陸は金沢到着時刻が早かったため、希望者は回送される駅まで乗車でき、2時間ほど過ごせたという。これは往時の利用者や鉄道ファンにはよく知られた話だ。国鉄というお堅い会社でも、融通を利かせる時代があった。

その後、国鉄は合理化され、民営化されて、便宜どころの話ではなくなった。しかし、そんな計らいがなくたって北陸は便利な列車である。夕食を含めすべての用事が終わった深夜に出発し、目的地には早朝に到着する。新幹線の乗り継ぎや飛行機ではできない日程を利用できる。同じ時間帯に座席急行の能登や夜行バスもあるけれど、北陸なら横になってぐっすり眠れる。翌朝の爽快感が違う。北陸なら新しい朝を迎えられる。急行やバスだと、それは昨日の続きの明るい時間でしかない。これほど便利な列車が半年後になくなってしまうなんて、この日の私はまだ知らない。


赤い機関車に牽かれて「北陸号」入線。

ホームで機関車から最後尾の客車まで眺めて、予約したB寝台個室に入った。下段だが贅沢はいえない。ほとんど寝るだけの行程である。ベッドに荷物を広げようとしたときに車掌さんが来た。検札を済ませ、シャワー券と洗面セットを所望する。あとで持ってきてくれるかと思ったら、その場で渡された。手品のように背中から出てきた。


歴史を感じるブルートレイン。

鞄の底から着替えの下着を引き出してシャワー室へ行くと、すでに2室とも使用中であった。早く用事を済ませて眠りたい。誰も考えることは同じである。仕方ない。いったん自室に戻り、荷物の整理を始めた。ゴッと音が鳴って、小さな揺れを感じた。ゆっくりとホームが後ろに流れていく。北陸の旅が始まり、私の旅が終わろうとしていた。

10分待ってシャワー室に行く。1室空いていた。初めて寝台特急のシャワールームを経験する。私は銭湯の孫の癖に風呂に関しては面倒くさがりだ。シャワーを使おうと思った理由は、汗を流したいというより好奇心であった。公共プールのシャワー室のようなところで、券を機械に入れると6分間だけお湯が出る。6分は短いようで意外と長い。1分ほどで湯の温度を整え、2分で全身を濡らし、栓を止めて石鹸とシャンプーで身体を洗い、2分で流した。1分も時間が余った。なんとなく壁に残った水滴を洗い流して終了。脱衣場のドライヤーで短髪を乾かす。脱衣着衣も合わせて10分。


B寝台個室で落ち着いた夜を過ごす。

自室に戻り、自販機で買った冷たいお茶で火照った身体を覚ました。ベッドに座ると、身体は進行方向と逆向きになる。窓の外は真っ暗。通路側の窓のカーテンを閉めて、足元のランプと読書灯を消すと、部屋の中も闇になった。これならぐっすり眠れそうだ。窓の外に明かりが増えて大きな町に着く。富山。静かな駅。ホームのアナウンスも個室までは聞こえない。私はすべての窓のカーテンを閉めて横になる。今回の旅の余韻を思うまもなく眠ったようだ。


通路側の窓から停車駅を確認。


闇の部屋から街の灯を眺める。

目覚めると窓の隙間から明かりが漏れていた。カーテンを開く。曇天である。自分がどこにいるのか。車窓に鉄道博物館が現れた。大宮である。大宮着は6時ちょっと前のはずだから、たっぷり7時間も眠れた。普段の暮らしより少し長いくらいである。ペットボトルに残ったお茶で喉を潤す。ひと口のつもりが一気に飲み干した。私の喉は渇きに対して鈍感で、何かを飲み始めたときに初めて「水分を欲していた」と気づく。もうすぐ胃袋も騒ぎ出すはずだ。喉よりも胃袋が鈍感になってくれたら、もっとすっきりした体型になっていただろうと思う。

列車が朝の街を走っている。大宮を出てしばらくして、青い貨物列車とすれ違った。トヨタロングパストレインという、トヨタ自動車専用の貨物便である。トヨタは名古屋港と岩手県の工場間の部品輸送を船で結んでいた。その貨物船の老朽化引退を受けて、列車輸送に切り替えたと聞いている。ちょうど貨物列車が見直され始めたころのニュースで、モーダルシフトの象徴とも評された列車である。これは珍しいものを見た、と得した気分だ。


目覚めれば大宮。


尾久車両センターを通過。

我が北陸号はゴールへ向かって疾走していた。長岡で列車の向きが変わったから、ベッドに座ると身体が進行方向向きになる。これはとても具合がよい。自分が新しい一日に向かっていると自覚できる。隣には京浜東北線の線路があって、駅が近づいては後ろに消えていく。ラッシュ時間帯にはまだ早いようで、ホームに立つ人も少ない。

ぼんやりとした頭がさえてくる。ここでもうひとつ、苦めのコーヒーでガツンと目覚めたいところだ。しかし残念ながら車内販売はない。しかし、もうすぐ上野駅に到着である。私は寝台の上で荷物をまとめ、床において、また少し寝台に横になった。旅が終わる。朝が始まる。今日は平日だ。家に帰って、最初の仕事はニュースのチェックと整理、それから犬の散歩に行って、戻って昼食、午後からまた仕事をして……。いつもと同じ、忙しい毎日がもう始まっている。旅の記録の整理は今夜になりそうだ。いや、週末になるかもしれない。


上野駅に到着。


2009年10月11-13日の新規乗車線区
JR:52.5Km
私鉄:91.8Km

累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):18,108.4Km (80.62%)
私鉄: 5,453.9Km (78.90%)

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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